第2話

 思い出すのは、彼女と付き合う前の日々。

 なぜこんな輝かしいアヤネと、ザ・マジメくんと言われるような僕が付き合うことになったのか、今でも不思議に思う。最初のきっかけは、高校生になって初めての定期考査にあった。

 僕と彼女はクラスが一緒で、出席番号が似通っていたため、席がそこそこ近かった。そんな教室で過ごしていた六月の頃、やってきたのが一学期中間考査。クラス順位が出て、結果はアヤネが二位で僕が一位だった。

テスト結果などは誰にも見られまいと思っていたが、結果が返ってくると陽キャかつ頭の悪いクラスメイトが順位の高い人を炙り出していこうと意気込んでいた。そんな彼らに太刀打ちできるわけもなく、僕の順位はみんなの順位と同様にクラス中に知れ渡る。最悪だ、最初はそう思っていたが、ある日その不幸は報われることとなった。


「シロってこの前のテスト、クラス一位だったんでしょ。」

前テストクラス二位のアヤネがそう話しかけてきた。文武両道、才色兼備の彼女はこの時すでにクラスの、いや学年の有名人であり、人気者であった。もちろん僕も彼女のことは知っている。全男子を惹きつける容姿をしているのだから、知らないという嘘は誰にも通用しない。

 まだ話したこともない初対面の人間に、「シロ」とあだ名で呼んでくるあたり、僕とは違うなと感じざるを得ない。

「え、うん、そうだけど。」

普段女子と話すときには決して感じないドキドキ感を味わいながら、僕は返事をする。いつもテレビの向こうにいる女優に話しかけられたような気分だ。

「数学もできる?ちょっとここ教えて欲しいんだけど。」

これが僕と彼女との最初の会話だった。一生忘れないであろうこの瞬間。

「ねぇ、インスタかライン教えてくれない?わからなかったことがあったらまた聞きたいんだけど。」

女子に連絡先を聞かれたことなんてこれが初めてだ。おどおどとしていた僕を、彼女はどう思っていたのだろう。それからというもの、数学の授業がある日はほとんど毎日話しかけられた。土日には大体数学の問題と一緒に『アヤネ』と名前の入った可愛らしいスタンプが送られてきた。

 「他に話す内容はないのか、」と少し不満に思いながらも僕はそれらの問題を必死で解いていた。好きな人にアピールするために頑張っていたわけではない。ただ、得体も死ぬ使命感に追われていた。この子のために、この問題を解いてわかりやすく説明してあげなければ、と。


 しばらく、僕たちの関係性は、勉強を教え教えられに留まった。一学期の期末テストで再びクラス一位を取った時、アヤネからお褒めのラインをいただき、思わず口がにやけてしまう。

『英語と古典と地理総合は私が勝ったよ!』

という文章が、クラス二位の成績表の写真とともに送られてきた。

『文系なのに現代文と歴史総合は俺に負けてるね、』

と少し煽り地味の僕は、まだ彼女との会話を終わらせたくなかった。


 そう、話す内容こそ広がらなかったものの、僕たちは確実に仲を深め合っていた。

 ここで、この時にはもうアヤネのことが好きだったのか?などという愚問はやめてほしい。僕たちの学年は、全男子アヤネと付き合いたいと思っている、という常識のもと成り立っている。今自分に問おても、僕がどのタイミングでアヤネのことが好きになったかはわからない。


 二学期に入ると、毎年我が校では文化祭が行われる。クラスも何か出し物をするために、色々な係わけが実施された。

 僕は、満場一致で会計係となった。数学が得意という、ただそれだけの理由であろう。そしてアヤネは満場一致でクラスリーダーとなった。これにも文句をいうものはいまい。全員の係が決まった日、僕らは初めて勉強以外の話をした。と言っても、事務的な会話のみに留まったのだが。


 リーダーと会計は話す機会が何かと多かった。何かしようと提案された時には必ずこの二人で話し合うからだ。放課後に二人だけの教室で話し合うなんてことも多くあった。そして、その後二人で帰るなんていうこともよくあった。さらには、夜中に電話をするなんてこともよくあった。

 いわゆる雑談をするようになったのはこの辺りからである。言わずもがな、とても楽しい毎日であった。授業の話、部活の話、家での話、誰にも言えない話。二人の時間は楽しい会話で飽和するにまでなった。

 今思えば、この時はまだ悩みを相談したり、アドバイスを求めたりと深い話はしていなかったのだが、雑談をしたという進展は大きかった。

「お前、ずるいぞ。最近アヤネお前と喋ってばっかじゃないかよ。」

友達にはこう言われるにまでなった。


 告白してきたのは、意外にもアヤネの方からだ。

 僕が一方的にアヤネと話すのが一番楽しいと感じている、ずっとそう思い込んでいた僕はまさに意表を突かれた。まさか、アヤネが僕に対してそのような感情を抱いていたとは。想像を超越した現実に、僕は思わず言葉を返せずにいた。

「ごめんね、急にこんなこと言い出しちゃって。もし気が向いたらラインで返信して。じゃあバイバイ!また明日ね。」

今日は、二人で文化祭の準備を終えて二人で一緒に帰る、いつも通りの日だとばかり思っていた。今日は「準備」ではなく「片付け」をしていたという事実を受け止められたのは、まさにこの瞬間であった。


 家に帰ってからしばらく、僕の口は力無く開いていた。これは、本当にあのアヤネから告白されたのだろうか。どうしよう、と頭は指示を出せずにいた。

もちろん、僕としては付き合いたい。しかし、どう話を切り出せばいいものか。ただ、このままの状態で文化祭当日を終えるのもいやだ。明日になったら、僕とアヤネで過ごした文化祭の日々は無かったことになってしまう、そんな気がしてならない。

かといって、今から電話をするのは憚られる。僕にそんな勇気はない。つまり、消去法によると今この瞬間、アヤネに何らかのメッセージを送るのが最適解だということになる。さあ、なんて送ろう。


『俺、アヤネのことが好きだから、もしよかったら付き合ってください。』

これが僕の出した結論であった。やはり、道端でされた告白は勘違いなのではないか、という気持ちがどこか拭えなかった。『いいよ、付き合おう』とか僕が送って、『え、なんのこと?』とかいう返信が来たら最悪だ。だから、念には念を入れて僕からも告白することにした。頭の中では、振られるシミュレーションまでできている。

『ん、笑 付き合お、今電話できる?』


 後日、僕たちの噂は学年を超えて学校中に響き渡ることになる。アヤネは友達に前々から僕のことで相談していたらしい。僕はみんなから『学年一の女の彼氏』というレッテルのみを貼られた。でもそれがまた、すみっコぐらしの僕を幾分か居心地良く感じさせた。


 この時の居心地の良さ、覚えている。あの時はてっきり、この居心地よさが続くとばかり思っていた。

 記憶の中で僕とアヤネが告白を終えてしまったため、僕は現実に引き戻されてしまった。

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