7 逃走時を逸したかもしれない溺愛フラグ

「今更ですけど、レッドさんはどんな人なんです?」


 街中手繋ぎデートをしながらあたしは前々から気になっていたけど何だかんだで訊く機会のなかった疑問をぶつけた。

 ギルバートは言葉に詰まったようにして、どこか探るようにあたしを見つめてくる。


「ギル?」

「……一言で言うと、僕のヒーローだ」

「ヒーローですか。今は遠くに住んでいるんですよね?」

「……いや、そうでもない。だが何年も会っていなかった。捜したが、ずっと見つからなかったからな」

「そうだったんですか。だからギルは教会であんなに大喜びしていたんですね。私をその人だと思ったから」


 僅かに息を止めたような間があって、けれど気のせいだったのかギルバートは唇を緩めてしみじみとしたように目を伏せる。


「さすがにあの日は神の奇跡を信じたよ」

「奇跡、ですか」


 繋いだ手に、僅かに力が増した。


「……君は、たった一度の通りすがりを親切で助け起こすような出会いなど、忘れてしまうものか?」


 どこか寂しそうに問われた声に横を見上げる。


「うーんどうでしょう。状況や人によりますね」

「なら例えば、命を助けた誰かなんかはどうだ? それくらいは覚えているだろう?」

「確かに人を助けた経験はありますけど、うちの実家って周りが山ばっかりで、結構色んな人が遭難していたので、一人一人を細かく覚えてはないんですよね」

「そ、そうか。ではその者の外見がビックリするようなものなら?」

「ビックリ?」


 不意に脳裏に狼と大きな肉団子が過ぎったのは何故だろう。

 ギルバートは何かを期待するような目をしていたけど、それ以上何も連想できなかった。


「そういうギルはどうなんです? 通りすがりの、いわば袖振り合っただけの相手を覚えているものですか?」

「勿論だ。実を言うとレッドとは一度しか会った事がない」

「……うん?」

「しかも何年も前の子供の頃に」

「え、あの、本当に一回こっきりなんですか?」

「ああ」

「それでよくそこまで惚れ込んだものですね……って言うか、好きになります普通? 人違いするくらいに顔もろくろく覚えてもないのに?」


 セツナさんが「ギル様は普通ではありませんしねえ」とか失礼にも呟いていたが、激しく同意する暇もなく次の言葉を聞いた。


「僕は一度見たものは忘れない。嗅いだにおいも同様だ。正確には普段は忘れているが意図して思い出せる」


 あたしは開いた目を更に大きくした。


「す、すごい、ギルって天才だったんですね」

「天才かどうかは知らないが、記憶力に不自由はないな。だからレッドとの思い出は決して色褪せない。必然、想いも」


 彼は自身への確信に満ちた目を細めた。

 きっと何も知らない者が見たなら赤面して卒倒してしまうような、生き生きとして端麗で艶やかな笑み。


 はあ、その顔レッドさん本人に見せたらイチコロだったかもしれないのに気の毒。


 あれ? でも……?


「ならどうして未だに私とレッドさんを混同するんですか? ……もしかしてふざけてます?」


 少し責めるようにすれば、彼は小さな躊躇を見せた後で断言した。


「実を言うと、僕は君がレッドだと確信している」


 普段難しい事を考えている天才の頭脳は時々誤作動を起こすのかもしれない。スリッパで叩いたら正常になるかしらと考えたそんな時だ。


【逃走を開始しますか? はい いいえ】


 なんて画面が出た。


 え? 逃走? 何からもしくは誰からの?


 具体的な危機の対象表示がなくあたしは戸惑った。

 一番可能性があるのは王家シンパだけど、と辺りを見回すも怪しそうな人は見当たらない。

 選択しないと時間も進まず、わからないままなんだろう。周囲の人間は皆もれなく待機中のようになっている。


 一つ溜息をつくと「はい」を選択した。


 ここで「いいえ」を押しても少し後にまた同じ画面が出てくるだけだろう。しかも後回しにすればするだけ鬼からの逃走難易度が上がるだけで損しかない。

 状況によってはいいえを押して周囲を詳しくサーチするのもゲーム攻略には有効な手ではあるみたいだけど、あたしはしない。

 心構えをしつつ周囲の様子を見ていると、前方と横道からぞろぞろと沢山の男達が出てきて立ちはだかった。


「ギルバート殿下、目を覚まして下さい!」

「そうですよ、そんなちんちくりんのガキに騙されてはなりません!」


 後ろにいたセツナさんが横に来て警戒を滲ませる一方、ギルバートは慎重に問い掛ける。


「……君達は?」

「王家を敬愛して止まない者です、殿下」


 やっと王家シンパのお出ましだ。

 ただね、往来でこんな大所帯なのは些か予想外よ。十人ううん二十人はいる?


「どうか王家のためにも離婚して下さい!」

「断る。個人の問題に口を出さないでくれないか」

「個人ではありません! さてはそいつに良いように洗脳されたのですね! すぐに目を覚まさせて差し上げます!」


 へ? 嘘でしょ!? 集団で飛び掛かってきた。王家のためにって口々に叫びながら。全くどっちが洗脳されてるのよ!

 セツナさんに背後に追いやられギルバートもシンパを遮るようにあたしとの間に入る。

 当然揉み合いになって、あたしは加勢すべきか悩んだ。荒事が得意なわけではないからだ。むしろ逃げが専門なくらい。


「ベル! 馬車で先に帰るんだ!」


 ギルバートが叫んだ。

 一番危険に晒されているのはあたしだ。

 今もあたしを狙って飛び掛かろうとしているシンパの男を彼が押し止めてくれた。セツナさんも同じ。

 いくらセツナさんが凄腕でもこうも数が多いと網羅できない。

 あたしは言われた通りすぐに待機中の馬車を目指した。あたしの存在は状況を悪くするばかりだもの。

 走ってようやく辿り着いた馬車に乗り込もうとした矢先。


「――久しぶりだねえミラベル?」


 強く肩を掴まれ歩道へと引き戻された。不意の驚き以上にあたしは背筋が凍り付く。


 聞き覚えのある女の声があたしの本名を呼んだんだもの。


 一月何事もなかったから油断していた。でもやっぱりバレていたのね。

 振り返るとそこには想像通りの女の姿。


「――ドッセル婦人」

「お~やまあ~、わたくしの名前を覚えていてくれたのかい。光栄だねえ」


 芝居がかったわざとらしい台詞に、さすがに恨みつらみのあるあたしはこめかみにうっすらと青筋が浮いた。


「今までで一番印・象・的・なお客様でしたし、あなたみたいな大嘘つき、生涯忘れられるはずがないでしょう?」

「そりゃあ嬉しいねえ~!」


 太っちょ女ドッセルは弛んだ頬の肉を無理やり押し上げるようにしてにたにたと品のない笑みを浮かべた。


「で? 何の用です?」

「わかってるだろう?」


 こっちが冷たく問えば、相手は全く上機嫌な声で身内にでも対するような馴れ馴れしい声を出す。

 彼女はクッと真っ赤な唇の片端を吊り上げて、あたしの耳元に囁くようにした。


「わたくしと来な。さもないとお前は魔女ですってここで公言してやるよ」

「――!?」


 どうして知ってるの? 彼女はあたしを単なる孤独な小娘と思っていたはず。

 途端に強張ったあたしの表情に自分の優位を確信したんだろう、両目を三日月のようにした。


「ダーレクでの依頼に失敗して失意に沈んでいたわたくしの所に新たな依頼人が現れてね、その方は親切にもお前のせいで損した分まで補填できる額の成功報酬を約束してくれたのさ」

「はっ、あたしのせい? 笑わせないでよ。自業自得でしょ!」

「そんな生意気な口叩いていいのかい? いつだって叫ぶ用意はできてるんだ」


 ここでバレたらギルバートにもバレる。そうなれば報酬も住む所もきっと無くなる。


「それにしてもまあ上手い事取り入ったもんだね。そんなうぶそうな顔しておいてさ。本当は王子が男色家なんて嘘っぱちなんだろう?」

「は?」

「トボけなくてもいいだろう、お前を架空の男にしたのは、後々別れてもお前に悪い噂が付かないように、違うかい? ホントによくタラシ込んだもんだ」


 カッチーン!


「誰が好き好んで男装してしかも結婚式では思い出すのも屈辱的な初キスをするかってのよ!」


 そもそもこの女があたしに目を付けなければこんな事には……。元凶に対して改めて沸々とした怒りが込み上げる。


「バラしたければ好きにすれば? この守銭奴くっそババアッ!」

「んまッッ!」


 上下バサバサの付けまつげを大きく見開き、ドッセルはわなわなと震え出した。


「泣いても喚いてもお前はあの悪名高い魔女教に捕まるんだよ。あの報酬の良さじゃなかったらわたくしだって決して依頼を引き受けなかったさ!」

「なっ!? 依頼主は魔女教なの!?」

「ああそうさ」

「まさかあなたも魔女教?」

「馬鹿言ってんじゃないよ!」

「……違うならいいけど、相手が魔女教だろうと、あたしは絶対に捕まってやらないわ」


 あたしは馬車を諦めて別方向に走り出す。ギルバートと契約をどうするにしろ、まずはこの場を逃げ切るのが先決だ。


「んまっ、お待ちーッ!」


 後ろから憤怒の叫びが聞こえたけど、振り返らず角を曲がった。

 刹那、何かに足を引っ掛けられて派手に転んだ。

 路上に倒れ込むあたしの視界に誰か知らない複数人の脚が見える。痛みを我慢して視線だけで見上げると、見知らぬ男達だった。


「観念おし!」


 今曲がってきた角の向こうから余裕のドッセルが現れた。あたしを引っ掛けた男も得意気にして彼女の横に立つ。


「立たせておあげ」


 あたしは男二人から両脇を持ち上げられてその場に立たされる。正面のドッセルをきつく睨んだ。


「油断したわ。手下を潜ませてたのね」

「手下? まさか。彼らは王家シンパさ。偶然知り合ってねえ、協力してもらったんだ。わたくしの手下はほとんど皆ダーレクで捕まっちまってさ、わたくしと数人だけが逃げ隠れしながらこの街まで来れたのさ」


 警察め、と心底忌々しげに吐き捨てるドッセル。あたしは正直驚いた。一味の大半が捕まった? 嘘でしょ?

 それは実はギルバート達が手を回させたものだったとは後で知った事。


「だから尚更お前を逃がしてこの依頼を失敗するわけにはいかないんだよ!」


 観念しな、とドッセルが醜悪に笑う。


「なあ、こいつをあんたに引き渡せば、本当にギルバート殿下は目を覚まして離婚するんだろうな?」

「はん? 法律の事は知らないよ。結婚相手がいなくなりゃ離婚も同然だろ?」

「けっ、ババアめ……ちゃんと二度と殿下の前に現れないようにしろよ?」

「煩いね、わかってるよ!」

「おい、そいつを縛って早くそこの女にくれてやれ」


 はああ!? このまま捕まって堪るかーっ。


「同性婚は合法でしょ! 世の中に多様な主義主張があるのは結構だけど、一方的に意見を押し付けるのは違うんじゃないの!? こんな横暴、王家だって認めるはずない!」

「何をガキが偉っそうに……っ、我らの王家を侮辱するな!」


 激怒したシンパがあたしの頬を張った。


「……っ、殴ったって無駄! ギルが望まない限りは離婚なんてしない!」


 今度は反対の頬を張ろうと男が手を振り上げた。

 こうなったらもう魔法で反撃するしか――


「――レッド直伝キーック!!」


 ……は?


 目の前の男が吹っ飛んでいた。


 ギルバートが跳び蹴りを食らわせたからだ。

 セツナさんもその他を次々と再起不能と捩じ伏せていく。ドッセルだけは女性だからなのか足を引っ掛けられてドスンと尻餅をついていた。


「大丈夫かベル! ああ、頬が赤い。……どいつがやった?」


 傍に来て声を低めたギルバートの目が据わっている。宥めた方がいいかと思っていたら、頭ごと抱き寄せられた。


「護れなくてごめんっ。もう二度とこんな事は起こさせないから、だから、お願いだ、離婚は思い止まってくれっ!」

「へ、離婚? ええとそんな事は考えてもいませんけど」

「ほっ本当か!?」


 ギルバートはがばりと一度あたしを引き剥がすと、あたしが面食らいながらも頷くのを見て感極まってまた抱き締めてくる。

 でもよくよく考えてほしい。今はロマンスしている場合ではないと。


「ギル、一旦放してもらえません?」

「このままもう放したくない。……これからは契約ではなく本当の伴侶として生活しないか?」

「それはレッドさんに言って下さい」 

「だから、レッドは君だとっ」


 腕を解いて必死にギルバートが訴えたそんな時だ。


「ギル様! 上を!」


 その場全員をのし終えたセツナさんからいつにない警戒声が上がる。

 上……?

 あたしもギルバートも怪訝に首をもたげた。


「「は?」」


 そして固まった。

 あたし達だけではない。ドッセルもシンパも通行人も、誰もがあんぐりとして口を開けたまま見上げる先には、街の広範囲に影を落とす程に大きな城が浮かんでいた。


 空飛ぶ魔法の城?


 だけどどうしてこの街の上に浮かんでいるのかはわからない。ゲームでもこんな展開はなかった。

 通過するだけならいいんだけど……そうは問屋が卸さなかった。


「――ベル・ミラー! あんたを迎えに来たぜ~!」


 突如、空中に響くかのような音量で声が降ってきた。


「何であたしぃっ!?」


 思わず素であたしと言ってしまったけど、ギルバートは気付いてないようでホッとする。


「ベル・ミラー! どこだ~?」


 やっぱり明らかにあたしを探している。

 聞いた事のある声なのは不可解だけど、あんな凄い魔法を使ってまであたしを探しにくる相手なんて一つしかない。


 ――魔女教。


 本部だか支部だかは知らないけど、建物ごとやってくるなんて威圧や脅しのつもりなのね。悔しいけど今のあたしじゃ対抗できない。両親を助けられない。

 さっきの逃走表示はシンパやドッセルからではなくて、たぶんこの魔女教出現から逃げろって意味だったんだわ。

 理不尽にもいきなり難易度が跳ね上がってるじゃないのよー!


 あたしが姿を見せないとこの街に被害が出るのかもしれない。


 隣のギルバートを盗み見る。

 彼の努力を魔女教なんかに壊させたくない。


「ギル、ホントに放して。向こうが探しているのは私だから」

「何を言い出すんだ!」


 反射的にだろう、ギルバートはあたしをよりきつく抱き締めてどこにも行けないようにした。


「放してギル、あれは魔女教なの。行かないとこの街に何をされるかわからない」

「だからと言って君が犠牲になる理由はないだろう! 絶対行かせない!」


 ギルバートは震える声で言ってあたしの肩に顔を埋めた。

 その間も魔女教があたしを呼ぶ同じ声がしている。


 ここで先程から実は怪訝にしていたセツナさんがポツリと呟いた。


「この声は、やはりルーク?」

「あっそうですよね! やっぱりそう思いましたよね!?」


 もしかしてそうかな~とは薄ら思っていたのをいやいやないないと打ち消していたんだけど、セツナさんもそう思ったなら可能性は高い。

 するとドッセルが大袈裟な素振りであたしを指差した。


「魔法使い様ー! お探しの相手はここですー!」


 恐怖を堪えるのと点数稼ぎとで忙しいらしい彼女が声高に叫ぶと、ややあって上空から一つの影が降りてきた。


「ああいたいたベル、迎えに来たぜ~ん!」


 魔法使いのローブを纏い、今はどこか柔軟な猫を思わせる青年――ルークは、難なく両足で着地するとにへらっと歯を見せて笑った。


 案の定の顔見知りだったとわかっても、リラックスなんてできるわけもない。

 そんな様子にルークさんは楽しげにすると、何故かドッセルを魔法で縛った。


「な、魔法使い様!?」

「騙される気持ちがこれでわかったろ?」


 彼はあたしにウィンクする。え、もしやあたしの敵討ち? 真偽は不明だけど、ドッセルは悔しそうにキーッと喚いていた。


「あの、あたしを迎えにって、あなたは……魔女教なんですか?」

「まあな、生まれも育ちもな~」

「生まれも!? なら、正式な所属なんですか?」

「そっ」


 信じられない。悪名高い魔女教に彼みたいな魔法使いがいたなんて。

 ギルバートがあたしの前に出た。


「魔女教には魔女だけ、つまりは女性だけだと思っていたが、違うのか?」


 そこは尤もな質問だろう。世間的には魔女だけで、男性はいても魔女達をサポートするだけで正規の所属ではないとされている。


「ああ、何人か俺みたいな例外がいるんだよ。女だけじゃ子孫繁栄はできねえからな~」


 その意味する所を知って少し気の毒になった。

 ルークさん、あんな悩み無さそうに見えて種馬扱いされていたなんて……。しかもあたしみたいな魔女を捕まえにコキ使われているなんて、不憫過ぎる!


「ルークさんは恩人なのでなるべく対立はしたくないんですけど、あたしは捕まる気はありませんよ」


 対決もやむを得ないと見ていると、彼はどこか気まずげにポリポリと頬を掻いた。その頬がやや赤くなる。


「無理矢理捕まえる気はねえよ。俺はあんたを迎えに来たんだ」

「迎え?」

「そっ! 俺の結婚相手を」

「は、い?」


 彼はここ一番の笑みを閃かせた。


「――俺と結婚しよう、ミラベル!」


 このゲームはどうやら相当本筋からかけ離れてしまったみたいね。






「――ごめんなさいっしませんっお断りしますっ!」


 とは言え、あたしの返答は早かった。


「え……」


 瞬殺されたルークさんは一瞬で石になる。


「両親を追い詰めて攫うような組織に与するなんて真っ平御免ですよ! プロポーズするなら少なくとも両親を解放して謝罪するくらいの誠意を見せて下さい。それでもプロポーズは受けませんけどね!」


 過去の屋敷の襲撃はきっと彼がした事ではないのだろう。それでも同じ組織の人間と知って友好的に接する程あたしはお人好しではない。


 突き刺すように睨んでいると、ルークさんは戸惑った顔をして肩を落とした。


「わかった……うちがあんたの両親を捕まえてるのは知らなかった、そこはホントごめんな。だから、今日のところは帰るな~」


 彼はくるりと背を向けると小さく魔法呪文を唱えふわりと浮き上がる。途中、その背中が力んだ。


「俺さっ、ちゃーんとすっから! だからそん時にまたプロポーズする。待っててくれよな!」

「ええっ!?」


 彼はあっという間に空へと小さくなって、空の城も何事もなかったかのようにスススーと動いてどこかへと帰っていった。


【逃走に成功しました。おめでとうございます】


 何がおめでとうよ。それ以前に逃走区分なのこれ?

 電子画面には祝福の文言が出てきたけど、あたしにはどうしてもより厄介な展開に拗れたようにしか思えなかった。


 前代未聞の展開に、その場の誰もが暫くは口を利けないでいたものの、やや遠くから一部始終を見ていた街の誰かがとうとう最初の一石を投じた。


「み、皆見たか今の、魔女教を追い返した……殿下の結婚相手が、ミラー様が魔女教を撃退してこの街を救ってくれたぞ!」


 あたし達の会話内容こそ聞こえなかったけど、身振り手振りからあたしがルークさんに勝ったみたいには見えたんだろう。

 上空城の脅威をまざまざと身に受けて感じていた人々は、その感激と高揚と解放感が爆発的に高まったようだった。


 あたしベル・ミラー少年は即日のうちに街を救った英雄と騒がれた。







 歓喜する街の人々に囲まれてしまう前にと、セツナさんの判断であたしとギルバートは要塞城に戻った。

 反対に、街の警察にドッセルやシンパの捕縛を指示するだとかでセツナさんは残った。

 帰りの馬車で、あたしの頬を気にかけてはくれたけど、それ以外ギルバートはほとんど話さなかった。隣ではなく向かいからじっとあたしを見つめてはくる。だけど何かを考え込むように無言。何だか不穏。

 もしかしたら契約婚をもう止めようと思っているのかもしれない。

 城に到着して馬車を降りる時、彼は乗り込む時同様にあたしに手を差し出してくれたけど、降りた後もその手を放さなかった。


「ギル?」


 あたしをまだ見つめ、彼は握っていた手に力を込める。痛くはないけど不安のようなものが大きくなる。


「ベル、君は――女の子なんだな」

「……」


 問いではなく、確認だった。

 彼の眼差しはあたしが女なのを疑っていない。

 そんな、どこでバレたの?


「彼が、ルークと言うあの男が君をミラベルと呼んでいたし、魔女教のいわば婿養子が求婚する相手が男性など、あり得ない」


 そっか、ギルバートは情報を的確に分析したのね。

 確信した彼に最早下手な言い訳は通じないだろう。潔くもあたしは観念した。

 ポーン、と通知画面が出現する。


【ギルバート・ベルグランドに性別がバレました。回避失敗でペナルティーです】


 ええ、ええ、しかと甘んじるわ。

 契約解消で放り出されるんでしょどうせ。


「ごめんなさいギル。契約解消するなら、異論はありません」

「解消、だって? 冗談じゃない」

「え? でも……」


 ここでまた通知画面が出てきた。


【ペナルティー ギルバート・ベルグランドの願いを一つ叶えて下さい】


 へ? 願い?

 一人疑問符を浮かべていると、ギルバートがあたしの手を持ち上げて手の甲に口付ける。

 えっ!?


「ミラベル、楽にして。僕は君の性別も魔法の有無も重要ではないんだ。君が僕のレッドで、君が君だからこそ好きなんだよ」

「あたしがあたしでレッドさんで……って、本当の本当にあたしがレッドさんなの?」

「ああ。覚えていないか? 昔、狼から丸々太った少年を助けたのを」

「丸々太った少年……」


 記憶の鍵がカチリと嵌まってひきだしから一つの過去が現れる。


「あっもしかして屋敷近くの森での……なら、あっあなたあの時の男の子!? フード!?」


 ギルバートは肯定に両目を細めた。

 何それ、ホントのホントなの? あたしがレッドさん? そう言えば昔レッド伯爵なんて仮装をした記憶があるけど、でも……どうしよう、妙な安堵。

 それと、胸がきゅうっと痛んだ。

 決して悪い気分ではない。


 簡単に言うと、嬉しい。


 彼の想い人があたしで。


 でもどうしてそう感じるの?


「君には何気ない会話だったのかもしれないが、あの時のレッド伯爵の言葉が僕を変えてくれたんだ」


 だから、と彼は真剣な目を向けてくる。


「今は君に僕への気持ちがないのはわかっている。だからこそこの先、契約期間の間だけでも、僕とお試しでいいから恋人になってほしい。それで契約終了後、僕を好きと思ってくれたならどうか本当の伴侶になってくれないか?」


 彼の視線も想いも真っ直ぐで、あたしは少しも意識を逸らせない。

 ペナルティーを受けないとならないから、是と返すほかないんだろうけど、気が進まないわけでもないのがとても不思議だった。ぎこちなくも首肯する。


「わ、かりました。お試しで良ければ付き合いましょう」

「ホントか!? ありがとう! 不束者だがこんな僕を宜しく頼む!」


 ギルバートはこの上なく嬉しそうに笑ってくれた。

 こんな顔を見れるなら、お試しも悪くない?


 ポーン、とまた通知画面が浮かんだ。


【ペナルティー ギルバート・ベルグランドの本気溺愛モードが開始されました。このモードは解除できません】


 なんて文言が出た。


 は、本気溺愛モード!? 何のこっちゃ!? ちょっと待てシステムーーーーッ!!


 だけど、想像したら無性にドキドキしちゃったのはどうして???

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ミラベルは無難に暮らしたい まるめぐ @marumeguro

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