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 朝。ピピピ……と鳴るアラーム音でわたしは目を覚ました。布団から上半身を起こして、ううんと伸びをすると、窓の外から可愛らしい鳥の声が聞こえてきた。


 うん。今日もいい朝。


 いつもと同じ玉子とソーセージを炒めている空腹を誘う匂いと小気味いい音を聞きながら、わたしはキッチンへと向かう。寝たふりはもうしない。


「おはようっ仁美さん」


 元気よく挨拶をして台所で料理をしている仁美さんに勢いよく抱きつくと、仁美さんは肩をビクッと震わせてから、警戒するように体を翻した。


「お、おはよう、彩香。早いのね?」


「うんっ。今日も元気いっぱいだよっ」


 暗い顔で無理やりぎこちない笑顔を作る仁美さんとは対称的に、わたしは目一杯明るい声で答える。こっちまで暗くなったら、陰気臭くてしかたないもの。


 それに、わたしが明るくしていれば、きっといつかは仁美さんも笑ってくれるはずだから。


 相変わらず、わたしたちは狭い部屋で一緒に暮らしている。


 変わったことといえば、仁美さんが頬の大きな傷を隠すために大きなガーゼをつけていることと、男と別れたことくらい。ほら、わたしの言った通り、あの男は顔だけが目当てだった。傷が少しあったって、仁美さんは変わらず綺麗なのに。


「何かわたしも手伝うことある?」


 朝ご飯を任せっきりにするのは大変だからと、最近はわたしも手伝うようにしている。まあ、それ以上に仁美さんが早起きをして朝ご飯を作っちゃってるから、手伝えるのは盛り付けくらいなんだけど。


 制服は汚れるといけないから、パジャマのままで手伝う。ソーセージを切ってそのままになっていた包丁をどかすために握ると、隣でフライパンを握っていた仁美さんはあからさまに警戒して体を強張らせた。


 あれ以来、仁美さんは何かに付けてわたしを警戒して注視してくる。それはそれで仁美さんに見つめられているので悪いことばかりじゃないんだけど、あまりいい気分でもない。


「いつまでも心配しないで。もうあんなこと、しないつもりだから」


「……ええ」


「そんなことより」


 わたしは姿勢をぴしっと正して仁美さんに向き直る。


「これからもよろしくね。仁美さん」


 少しでも安心させてあげようとわたしは、にししと笑ってから、仁美さんの傷を優しく撫でた。すると仁美さんは、少し呆けてから俯いて、ボロボロと泣き出してしまった。


 どうして涙を流しているのか見当もつかなくて、わたしは困ってしまう。


 そんな顔をさせたいわけじゃない。仁美さんはニコニコと笑っているのが一番なのに、方法がわたしには分からない。一緒にいれば、いつかはまた前みたいに笑ってくれるのかな?


 でも、泣いている顔も綺麗だよ。仁美さん。

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わたしの幸せな部屋 師走 こなゆき @shiwasu_konayuki

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