第62話 如雨露であれ

「それ、どんなスキルなのにゃ……?」

 全員の純粋な疑問のまなざしに、リィトは首をかしげる。

 じょうろって。

 あの、花に水やりをする? ぞうさんの形にデフォルメされがちな?

 頭の中に、水精霊の声が響く。


 ──この地を潤すのに、力のほとんどを使ってしまった……再び力を蓄えるまでは、そなたに託せる権能はそれだ。

(えええ……せめて『如雨露』とか、そういう当て字で……)

 リィトが新スキルに戸惑っていると、

「あっ、だいじょぶ、ですか!?」

 フラウが慌てて駆けだした。

 その方向を見ると、魚人族の一匹が地面に倒れて目を回していた。

 どうやら、村のあちこちに咲いている小さな花が珍しく、じっと見ている間に干からびてしまったらしい。

 ぬめっとしていたはずの体表が干からびている。

 周囲の魚人族が慌てて助け起こそうとするが、彼らも水分不足で焦燥しているようだ。

「いけません、お助けしなくては」

「川に運ぶニャッ!? お魚くわえるのは得意だニャッ!」

「くわえちゃだめだろ」

 川までは走って数分。

 急いで運べば命に別状はないだろうが、一刻を争う。

 そもそも、この状態から水に放り込んでいいのだろうか。

 直射日光でほかほかになった体をひんやりした水に浸したら……うん、気持ちよさそうだ。

「……ん?」

 リィトは、あることに気がつく。

 倒れている魚人族の体は、触ってみるとまだ湿り気を帯びている。

 ただし。頭部に、丸いものがついている。

 日向の直射日光にさらされて、すっかり水気がなくなってしまっている。体表と同じ色味なのでわかりにくかったけれど。

「これ……か、カッパの皿……!?」

 そう。

 リィトにはなじみの深い、カッパの皿だ。

 河童カッパといえば、皿。その皿が乾くと動けなくなるやつ。

 そのとき、右腕に違和感を感じたリィトは、思わず右手首を掴んだ。

「み、右手が……う、うずっ!?」

「マスター、スキル発動の準備ができています──スキル『じょうろ』、発動まで三、二、一──」

 ナビの声と同時に、リィトの右手から──水があふれ出した。

「うわぁ!」

 干からびて倒れている魚人族の頭の皿に、リィトの手からあふれ出した水がじゃばじゃばと注がれていく。

 数秒もたたないうちに、魚人族がぱちりと目を開いた。

「ぴぎゅ……ぷぅ……?」

「き、気がついたかい?」

 何が起きたのかわかっていない魚人族が、むくりと起き上がってキョロキョロと周囲を見回して……リィトを見上げた。

「……ぴぎゅぷぅ~~~っ!!!」

 むぎゅっと魚人族に抱きつかれて、リィトはぎょっとする。

 陸上では意外と可愛らしい鳴き声をあげる魚人族が、リィトの周囲を取り囲む。

「ぴぎっ!」

「ぷぎゅ!」

「ぴきゅーっ!」

 リィトの手から水が出ることに気がついた彼らが、自分の皿にもかけてくれと頭を突き出して揺れている。

 モッシュピットの真ん中に棒立ちになっているロックスター的な絵面になりつつ、リィトは魚人族の頭に水をふりかける。

「……これ、もしかして際限なく出るのか?」

肯定はい、水の勢いは一定ですが、水精霊の魔力が枯渇しないかぎりはスキル『じょうろ』の発動に制限はありません」

「それは便利だな!」

 水の有無は本当に重要だ。

 植物だって人間だって、水がなければ生きていけないのだから。

「リィト様!?」

 アデルが驚愕に震えた。

「その……水を際限なく扱える能力を得たと言うことは……旅や進軍につきまとう制限がなくなったということですよ……!?」

「ニャああ……な、なんとぉ……ッ! こんなスキルがあったら行商可能な地域が増えるニャ……ッ!」

 アデルの言葉に、ミーアもコトの重大さに気がついたようで毛を逆立てて衝撃をうけている。

「あっ」

 そういえば。

 飲用水の確保というのは、あらゆる活動の基礎にある。

 進軍にせよ行商にせよ、水さえあれば……という状況は無数にある。

 いかに高位の水魔導師といえども、無から水を生み出すことはできないのだ。空気中の水分を凝固させて水を生み出す、という芸当もできるが、それこそ帝国で『賢者』とされる一握りの魔導師が隠し持っている奥の手というレベルだ。

「……ま、当面は使う必要はなさそうかな」

 となると、このスキルについてはあまり知られない方がよさそうだ。

 秘密をばらすような者はトーゲン村には出入りしていないが、念のため気を引き締めておこう。

「はーぁ……もったいないにゃあ……」

 マンマが溜息をつく。

 水精霊神殿での一件は、『嘘か真実か、ガルトランド都市伝説』という眉唾もののエピソードを集めた記事にすることなっているらしい。

「ふにゃ……この大発見も一切合切記事にできないオフレコなんて、まさに猫人族にパァルであるにゃあ……」

 リィトは改めて、トーゲン村を見回す。


 瑞々しい畑に、こぢんまりとした家々。

 その間を走り回る花人族と魚人族。

 光をまとった世界樹の苗木。

 そして、新たに得た水精霊の加護。


 「……水があれば、水耕ができる」

 リィトは震えた。

 そう。

 この異世界ハルモニアの一番の問題点。

 飯が不味い。

 それを解決する日がきたのだ。

「米が……米が作れる……っ!」

 トーゲン村の資源とリィトの植物魔導……今の状況ならば、豆も米も麦も作れるはずだ。

 バリエーションの少ない味の薄い料理とはおさらばだ。

 リィトは思わずあふれた涎を拭き取って、新たな可能性に思いをはせるのだった。


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宮廷をクビになった植物魔導師はスローライフを謳歌する〜のんびり世界樹を育てたら、最強領地ができました〜 蛙田アメコ @Shosetu_kakuyo

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