第61話 水精霊の新スキル
水精霊の契約の光が収まると、トーゲン村の様子は一変していた。
リィトの植物魔導や世界樹の祝福ですくすくと育っていたトーゲン村の作物に、瑞々しい露がおりている。
土には潤いがあり、生命力が大気に満ちている。
「す、すばらしいにゃ……っ!」
「ウニャーーーッ! こ、これだけ水があればっ!」
「ああ、そうだな」
リィトは畑の片隅にある蛇口に歩み寄る。
水不足のこの土地にやってきたときに、ベンリ草で作成した地下水をくみ上げる水道だ。
生活用水から農業用水まではまかなってくれていた、トーゲン村の生命線だ。雨のほとんど降らないこの土地で、豊かなスローライフを送れていたのはこの地下水のおかげだ。
地下水というのは、大昔に降った雨が植物たちの力で地中に流れ込み、途方もない時間をかけて濾過され、ため込まれていくものだ。
ナビの解析の結果、この一帯の地下水は決して豊かではない。かつての自然の恵みを切り崩す行為を続けるのは、リィトとしては避けたいところ。
というわけで。
「今まで、ありがとうな」
リィトはそっと、蛇口を閉じた。
「……
指先が蛇口に触れた瞬間に、蛇口は枯れて朽ちて、土の一部となった。
蛇口としての役目を終えても、これはトーゲン村の土の一部となる。
植物は、生きている間はその根で土を支えて、死んでからも大地となる。そういう存在なのだ。
「……とはいえ、緑肥だけじゃ心許ないけどな」
農作物を作る際に使われる肥料は、大きく分けて「緑肥」と「堆肥」にわけられる。緑肥は枯れた植物を肥料にしたもので、堆肥は動物の糞を発酵させたもの。緑肥であれば、
ゆくゆくは畜産もしてみたいところだ。水の心配がないというのは、そういった方向に村を発展させることも許されるということで。
「また楽しみが増えたな」
思わず、小さくガッツポーズをした。
「
「また称号か」
「戦いの日々よりも、このような土地にやってきてからのほうがステータスが上昇するとは……」
ナビが、なかば呆れたように言った。
──そのときだった。
「リィト様ぁああぁぁっ!」
「ほげっ!」
背後から猛烈な勢いで、リィトに抱きつく──いや、タックルをかます者がいた。
「あ、アデル……」
「先ほど、村で何やら不穏な光が! 何かあったのですか」
「あ、ああ……たぶん、水精霊の……」
「神殿の探索で何かあったのですか!? モンスター討伐であれば、このアデリア・ル・ロマンシアが全力で助太刀を」
「ち、ちが……」
直情的で純粋で熱血漢。
すぐれた筋肉の持ち主であるアデルは、思い込んだら止まらないタイプだ。
リィトの背骨がミシミシと音をあげていたとしても、アデルの重いは、いや、思いは止まらない。
「リィト様に何かあったらと思うと……胸筋が引きつりそうでしたわ」
「そ、それは心臓が張り裂けそう、かな……?」
「とにかく心配でした!」
ぎゅうぎゅうと締め上げられて、落ちる寸前のリィトを救ったのは、水精霊だった。
「そなたは我が契約者を害する者か、人の子よ」
「……人型のモンスターですわね」
アデルに殺気が宿る。
リィトは慌てて否定した。
「ち、ちがう。彼女は……水精霊だ」
「…………は、はい?」
「さよう。わらわは水精霊にして、リィト・リカルトと契約によって結ばれたこの地の清流の守護者なり」
「……なっ」
帝国と行き来しているアデルとは、リィトは長らく入れ違いが続いていて会えていなかった。
水精霊神殿の探索へ行く、というところまでは知っていたアデルだったが、まさか水精霊が発見されていたとか。
しかも、リィトがその水精霊の契約主になっているとか。
にわかには信じられなかった。
「な、なん!? ちょ、ちょ、ちょっとお待ちください! これは一体どのような状況で!?」
「えーと、話せば長いというか」
「……ふむ。敵対者ではないのか」
水精霊はアデルをじっと見つめて、ふいに興味を失ったようにそっぽを向いた。
「では、わらわは顕現を続ける必要もあるまい。神殿に帰る」
「ぷぎゅっ」
徐々に消えていく水精霊に、魚人族たちが不安そうに飛び跳ねる。
「案ずるな、わらわはお前たちとともにある。神殿に戻ればいつでも相まみえることができよう……」
水精霊の本体は、神殿にいることで最も効率的に力を回復できるらしい。
「我が契約者よ」
「うん」
「──わらわの権能の一部はそなたにあずけるぞ」
そう言い残して、水精霊は消えてしまった。
魚人族たちがきょろきょろと当たりを見回す。
姿は見えなくても、水精霊の気配は途切れていない。
リィトの治めるトーゲン村が、水精霊の加護の元にあるからだろう。
魚人族たちは、また安心したように村の中を興味深そうに散策しはじめた。彼らにとっては数世代ぶりの神殿外の世界。興味が尽きないようだ。
リィトは水精霊が言い残した言葉が気になっていた。
「……権能って?」
ナビが、即座にリィトのステータスを
「新スキルの獲得を確認しました」
「まぁ! リィト様が新たなるお力を!」
スキル『探羅万象』に続いて、新しいスキル。
称号『水精霊の契約者』を獲得した今、かなり期待が出来そうだ。
ファンタジー感あふれる格好いいスキルに違いない。
「……
「どうした?」
「……──新スキルの獲得を確認」
ナビの言葉に、全員が身を乗り出す。
「どんな新スキルなんだ?」
「にゃ?」
「ニャッ」
「…………うろ」
「え?」
ナビが、何故か恥ずかしそうに目をそらす。
「……新スキル『じょうろ』を獲得しました……」
しん、と。
静寂がトーゲン村を包んだ。
じょうろ。
……じょうろ?
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