第60話 筋肉皇女、ふたたび


 ◆


「ふぅ、特急竜車用の走竜とはいえ、長旅には違いありませんね」

 アデルことアデリア・ル・ロマンシア第六皇女は、トーゲン村に向かいなが

ら青空を見上げていた。

 もうすぐ到着だ。

 水精霊神殿の探索の日には一日中眠りこけてしまって蚊帳の外だった。

 帝国での公務の合間に、お忍びでトーゲン村に通う日々。

 肉体的には疲労がたまっているのだが、心が安まる瞬間のために行き来をや

められない。

「ヌシはどうしているでしょうか、楽しみです」

 東の山に生息していた猛虎型モンスター『ヌシ』をパワーと筋肉でねじ伏せ

てからというもの、すっかりヌシに懐かれている。

 もふもふの猫型モンスターは、敵に回れば脅威ではあるが、懐かれれば可愛

い。とても可愛い。

 はやく会いに行きたい。

 はやくもふりたい。

 そして、アデルの信奉するリィトが、今度はどんな面白いことをしてくれる

のか。水精霊神殿の探索では、どんな成果があったのだろう。

 遺跡であるから、たとえば水精霊の痕跡とか、宝物とか、新たな発見をして

いるかもしれない。

「……ん?」

 トーゲン村の方向に、巨大な光の柱が出現している。

 天まで届くほどに輝く光の柱が……二本。

「な、なんでしょうかアレは……!?」

 アデルは走竜の腹を蹴って、先を急ぐ。

 スホースの数倍の速度で走ることができる走竜(という名のトカゲ)

の大きな足が、地面をとらえて蹴っていく。

 土埃を巻き上げながら、トーゲン村まで急ぐアデル。

 ひゅっ、ひゅっ、と走竜が苦しげに呼吸をする。

 そもそも、日々筋トレを怠らないアデルは、艶やかな見た目とは裏腹にそれ

なりの重量がある。

 それに加えて、走竜は自分の能力の限界までを発揮して走っている。

 理由はひとつ。

 アデルが、そう望んでいるから。

「頑張ってくれてありがとう、走りましょう!」

 その一声が、走竜をさらに駆り立てる。

 幼い頃から動物に好かれていた。

 リィトが彼女のステータスを参照すれば、そこには称号『動物好き』が燦然

と輝いている。

 畜産農家や羊飼いなどに所持者が多い称号だが、何かのバリューがあるわけ

ではない。

 皇女という立場や名誉騎士団長という地位には、あまりマッチしていない称

号だったためにリィトはまったく気にかけていなかった。

 帝国内では、通常の動物よりもモンスターのほうが多く生息していたため、

友好な能力でもなかった。

 しかし、リィトの活躍によって対魔百年戦争が終結した今、帝国内でも徐々

に家畜や愛玩動物への注目が高まっている。

 アデルは、強い。

 鍛えげられた肉体による、圧倒的な強さ──それは、動物たちをアデルの味

方にする。

 動物たちは、本能的に強い者に惹かれる。

 そして、まっすぐで心優しい存在を慕う。

「あの光の柱……悪しきものではなさそうですが」

 リィトを心配するアデルを乗せた走竜は、力の限り爆走する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る