第59話 トーゲン村レベルアップ


「す、すごいニャ! あっという間に山が緑で、川もっ! 水さえあれば、い

まよりベリー類の安定供給が……っ!」

「にゃふぅ、今すぐ記事にしたいのである……トーゲン村の情報解禁いつにな

るのにゃ……」

 村長であるリィトも、花人族たちも出払っているためにお留守番を言い渡さ

れた猫人族コンビはそれぞれの商売に思いをはせていた。

 商人ギルド『黄金の道』所属の商人で、現在、高騰している赤ベリーの受注

量を間違えてしまったことによって窮地に立たされているミーア。

 ベリー類の安定供給は、彼女にとって文字通りの死活問題だ。

 発注元の創薬ギルドは、バックに多くの有力ギルドをつけている。ポーショ

ンや携帯食料ベイクなどの製造を担い、鎖国中にも帝国とつながりがあっ

た。

 つまりは、大口顧客かつ、絶対に敵に回したくない相手だ。

 創薬ギルドは、急に安定的かつ戦略的なベリー類の仕入れをはじめたミーア

に目をつけたようで、ミーアの弱みを握って参加にしようとしているらしい。

 なんとか、そのような状態にはなるまいと日々、根回しや調整に追われてい

たミーアだった。

 トーゲン村の抱えていた、ベリーの大量生産ができない唯一の不安要素だっ

た水不足が解消されたことは、ミーアにとって朗報以外の何物でもない。

 最高だ。

 首の皮が繋がった。

 安心で腰が抜けそうになるミーアが、マンマにもたれる。

 そのとき……村に花人族たちの気配が帰ってきた。



 ◆


 川に植えられた水草を育てながらトーゲン村に帰り着いたリィトと水精霊は、喝采の中で迎えられていた。

 水精霊と繋いでいた手をそっと離すと、今までになかった魔力の流れを感じる。ナビとのつながりほどではないけれど、水精霊との微弱な絆のようなものが発生している。

(……ふむ、魔力が同調する、ってやつか)

「マスター、表情が非常にアレです」

「ひっ」

 殺気に近い気配を発しているナビに、リィトは背筋を凍らせた。

 のどかなトーゲン村に、水精霊と修羅場が到来した瞬間であった。

 水精霊は、トーゲン村の風景を見まわしてたたずんでいる。

 神々しい風体に……というか、半透明の美女という異様な存在に、留守番を任されていた猫人族ズがてこてこと寄ってくる。

「こ、これが精霊であるか……っ」

「だから言ったのである、本当に水でできた美人さんだにゃ……」

「おおお……」

 興味津々の二人に、水精霊が視線を落とす。

 水晶玉のような瞳が、マンマとミーアをとらえた。

「……目覚めたときにも気になっていましたが、このモフモフとした生き物は、猫人族キャッタですか」

「ミーたちのことを知っているのかにゃっ!?」

「かつて、この地には多くの旅人がやってきました。どの旅団も猫人族をつれていましたが……なるほど、これはいいものですね」

 水精霊が、音もなく空中をすべりマンマを抱き上げた。

 マンマがじたばたと藻掻いた。

 その隣に立っている、目の下に濃いクマを作ったミーアが、ちょっと羨ましそうにマンマを眺めている。

 猫かわいがりされるのは気が引けるけれど、いざ可愛がられている他猫を見るとちょっと複雑な気分になる猫人族の性なのであった。

「ふにゃ!? 尻尾さわるの、よくないのであるっ」

「おお、あたたかくて柔らかい……」

「ふにゃあああ」

 水精霊は猫人族がとにかく珍しいらしく、マンマをモフモフとなで回していた。

「……君たちも可愛いとおもうぞ」

 それを遠巻きにして、ちょっと寂しそうな表情の魚人族たちの一団に、リィトは一応フォローをいれておいた。

 水精霊に可愛がられたい魚人族たちは、少しだけ落胆した様子で肩を落としていた。

「ぷぎゅっ!」

 魚人族のひとりが、何かに気がついて駆け出す。

 山の方から、花人族の一団が降りてきた。

 フラウがその先頭を歩いていて、大きく手を振っている。

「ぷぎゅっ!」

「おーい、ですっ! 大成功ですねっ」

 花人族たちが踊り出す。

 それに答えるように、魚人族たちがくねくねと体をくねらせる。

 声が聞こえないほどの遠方でも、ボディランゲージならば問題なく意思疎通がとれる。

 花人族たちは、プレーリードッグよろしくコロニー単位の群れを形成しているが、広大な土地で植物を育てて暮らしている。遠く離れた距離での意思疎通に適しているのがボディランゲージだったのだろう。

 魚人族たちが水中での意思疎通のために生み出したダンスと、花人族のそれが似通っているのは興味深い。

「おかえり、みんな」

「ただいまですっ、リィト様」

「フラウ、ありがとう。通訳がなければ、植物魔導を花人族に教えるなんて、できなかった」

「はいっ!」

 照れくさそうに笑うフラウ。

 実のところ、今回の作戦についてリィトが考えあぐねているときに、花人族たちに植物魔導を教えてはどうか、と提案をしてくれたのはフラウだった。

 彼らに植物魔導の適正があり、彼らをリィトのかわりに魔導を発動させる役割につかせる。

 そんな突拍子もない作戦を実行可能なレベルにできたのは、フラウの力がああったからこそだ。

 守るべき少女だったフラウが、背中を預け、ともに大きな作戦を実行するパートナーとして動いてくれた。

 花人族をひきつれて、小走りにこちらへ戻ってくるフラウに、リィトは目を細める。

 日差しの中で輝く笑顔は最高に可愛らしい。

「……頼もしいやら、寂しいやらだなぁ」

進言たとえば、ロマンシア帝国では領民の権限や能力を制限する施策をとる領主もいたかと記録していますが」

「いやいや! 俺、嬉しいからさ」

「……? 領民の能力向上は生産性の担保の反面、反乱および革命のリスクとなりえます」

「それでも、だよ。いつまでも何もできないようにしておくなんて、一番たちの悪い支配だよ」

 持ち場での仕事をやりきった花人族たちがぞろぞろと帰ってくるなり、畑に駆け込んでいく。

 彼らにとっては、何よりも自分たちが手塩にかけている畑や植物が大切なのだ。

 川の水に含まれている魔力は、畑にはまだ大きな影響を与えてはいないようだ。

「「「やーーーっ!」」」

 畑の作物の無事を確認した花人族たちは、川へと駆け出す。

 トーゲン村での生活用水や農業用水は、リィトが地下水をくみ出す水道を作ってまかなっていた。

 しかし、埋蔵水の枯渇を避けるために、必要最低限のくみ上げしかできない。正直、キツいところはあるのだ。

 半分は植物である花人族たちは、我先にと川に飛び込む。

 ざばん、ざばん!

 飛び込んだ花人族の身体に共生している植物が、次々に花開いていく。

 つぼみが花開くときには、「ぽん」と微かな音がする。

 あちらこちらか聞こえてくる、開花の音色がトーゲン村に響く。

 マンマをひとしきりモフりおえた水精霊がトーゲン村を見回して、満足そうに頷いた。

 その瞳には、慎ましやかながら美しく手入れされた畑と青い空が広がっている。

 清涼な水とわずかな水草とヒカリゴケのほかは何もない、清潔で寂しい水精霊神殿にはなかった、光と匂いに満ちている世界だ。

「ああ、美しい土地です……荒廃した地を、あなたは蘇らせてくださったのですね」

 風が吹く。

 畑の緑と、花人族たちの頭に咲いた花が、風にそよぐ。

「アリガトーッ!」

 全身で喜びを表現する花人族たち。

 その時だった。

「……世界樹が」

 村の片隅に植えられている世界樹の苗木が、淡い光を放っている。

 土に染みこんだ川の水が、世界樹に力を与えているのだ。

「ああ、あれが──」

「水精霊!?」

 輝く世界樹のほうへと、水精霊が駆けていく。

 涼やかで穏やかな表情をかなぐりすてて、まるで初恋の人との待ち合わせに向かう乙女のような表情だ。

「……っ」

 眩しいものを見上げるように、輝く世界樹の若木を見上げる。

 かつての美しく、豊かだった世界を懐かしむ水精霊を、リィトたちはそっと見守った。

 長い時間、そこに水精霊はたたずんでいた。

 その足下には、川からあがってきた魚人族たちが寄り添っている。

 きょとん、と不思議そうな表情が癒やされる。

「なんか乾いてきてるけど、大丈夫かな」

 近くに他ならぬ水精霊がいるから心配はないだろうが、眩しい日差しは魚人族たちにとっては初めて体験する脅威に違いない。

「リィト・リカルトよ、そなたはまことに世界を愛する者なのだな」

 長い沈黙ののちに、水精霊がリィトに微笑んだ。

「いや、そんなたいそうなものでは……」

「短き人の生に喜び、悲しみ、小さな愉しみを渇望する……それが世界を愛するということなのだ」

 そのへんに生えている植物を眺めるだけで数時間を喜び、作業ゲー的な生活を悲しみ、メシマズ世界でいつか美味い飯を食べる日を渇望する。

 たしかに、身に覚えはあるけれど。

 水精霊は柔らかく微笑んで、リィトに手を差し伸べる。

「わらわは、この地を再び愛そう。新たなる樹の芽吹いたこの地を」

「は、はぁ」

 急なファンタジー展開だ。

 なんか、小難しい言い回しで迫ってくる精霊、ものすごくファンタジーっぽいぞ。

 世界樹の光に同調するように、水精霊が光を放つ。

「ナビ、状況報告頼む」

「……。了解」

「えっ。何だよ、今の間」

「別に」

「別にって言っている人は、たいがい別にって思っていないんだよ……知ってるか、ナビ?」

解析完了これはすごい

「無視かよ……っ!」

 契約主マスターの扱い、雑すぎないだろうか。

「水精霊からリィト・リカルトへ、契約の申し入れです」

 契約。

 つまりは、リィトとナビのような関係になるということだ。

 リィトはナビに顕現に必要な『この世界との接点』を提供する。

 ナビはリィトに『自らの権能によるサポート』を提供する。

 両者の間には、破ってはならない誓いが交わされる。

 リィトとナビの間にあるのは、『互いを決して裏切らない』という誓いだ。

「水精霊、君の掲げる誓いはなんだ?」

「……リィト・リカルトが世界を愛し続けること。わらわは、それを望もう」

「そうだな、これからは楽しく生きる……ってことでいいのなら」

「ああ、それで十分だ。世界樹を芽吹かせたのは、そなたの得と力あってこそであろう。……草木を育て、愛でる者たちに水の祝福があらんことを」

 水精霊が差し伸べた手を、リィトがとる。

 瞬間、水精霊の放つ光が大樹のように空へと伸びる。

 呼応するように、世界樹が光り輝き、同じように空へ伸びる光の柱となった。

 

「水は世界樹のまにまに世界を巡る──命を育み、再生と調和を司らん」


 水精霊の言葉とともに、トーゲン村が光に包まれた。

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