人間を知らず生きた庭

かなん

人間を知らず生きた庭







人間を知らず生きた庭






太陽が背伸びをし切り疲れた頃に突然、海の様に沢山の向日葵が僕を覆い包み込んだ。








人間を知らず生きた庭








夏の終わり、暑さに慣れ始め僕の住む街の忙しさとは裏腹に装いが変わりはじめる季節。

たまの休みも野暮用で消え去る不運な僕はこの時期に仕事を辞めた。


先の見えない長い休日が始まった。


計画的に行事をこなす国の偉い様達とは違い計らずも頓挫してしまう喜劇とも悲劇とも言えずどちらにも傾けられない所謂日陰者。

而立の歳に入り数年。世のテクノロジーに圧倒されアナログに堕ちていった時代遅れ。

そんな僕は普段、抑圧されていた気持ちのたがが外れたのか、僕の肌に合わない街と無相応な携帯を広くもなく、狭くもない部屋のテーブルに放ち旅に出た。


持ち物は短編小説と煙草ブックマッチ、それと少しの現金。

向かう先は土地勘って言葉が無い辺鄙なところであれば何処へでも、


いつもは残酷非道な時間が今日はやけに愛想がいい。

電車を乗り継ぎ、本日の最終列車に乗り込み車窓からの景色を横目に小説を読み進める。

気付けば何人かいた乗客も姿を消し終点へと着いた。


重い足取りと気持ちを列車の外に出す。


そこは見たことも聞いたこともない終着駅、僕の方位磁石は完全に狂っており役目も糞もない。

帰るのが億劫で酷、そう口走りそうになる程長い時間乗り物に揺られていた。

そんな悲観とも落胆とも言えない顔で終着駅の今にも崩れそうなベンチに腰をかけた。ベンチの足元を見ると苔がイキイキと生い茂っていたのに気がついた。

暫くすると煙草を咥えた車掌が運転席から顔を出し声をかけてくる。

「この駅で降りる人間を初めて見たよ。」

僕は何も言わない。

「45年この列車を動かしているが今日は槍でも降りそうだな。」

車掌の皮肉とも取れる嫌味に軽くため息をつき返答した。

「人がいなくてもこの駅まで走らせるんですか?」

「仕事だからな。」

車掌は短くなった煙草を運転席から飛ばし続けて口を開く

「ここにはなんもない。宿もなければ自販機もない終いにはこの列車も明日のこの時間までこない。」


「死ぬ気か?」


思わぬ言葉に脈を撃たれた音を感じた。


「ただ行ったことない所に来てみたくて、」


正直分からなかった。

死にたいなんて考えたことは無かった。

僕の歳は世間で言う働き盛り。

家を購入したり、大変な仕事をこなしながらも幸せな家庭を築き新しい車を買ったりする所謂この国を支える世代。

そんな時期に仕事を辞めた僕は無意識に身体が自死を選択していたのかもしれない。

ここまでくると死に方は選べないのか、

そう思う僕の気持ちを切り裂き車掌が最後に言い残す。


「ゆっくり時間潰しな。それじゃ。」


すると車掌は胸のポケットから煙草を取り出しライターで火をつけ汽笛を鳴らす。

数分もせず列車は小さくなり石炭から産まれる煙も雲と同化した。


終点を後にし暫く歩いた。


太陽が背伸びをし切り疲れた頃に突然、海の様な沢山の向日葵が僕を覆い包み込んだ。僕は言葉を失った。


少しの間立ち尽くし何も出来ずただ辺りを見渡していた。

そんな中に一点、僕の視線を集める小屋が"海"の先、中央にぼやけた輪郭ながらも佇む姿が見える。

息をつく間も無く向日葵たちをかき分け歩き始める僕は瞼を落とす事を忘れていた。

暫く経ち小屋の前に二本の足で立つ僕はこの小屋の姿を目に焼き付けていた。

至る所に風化し木材が紙のように千切れた様な痕が点在しており、屋根部分には太陽の光と水分の吸収を繰り返した結果、屋根の役目を果たしていない様が見受けられた。

屋根から抜け落ちた小さな穴達は限られた光を埃が漂う部屋内に暖かい灯りを落としていた。

中に入ると外気温との差は勿論無いはずなのだが、外より少し落ち着く気温だった。

至る所に散乱する藁達の中央にまとまった藁の塊がありそこに腰掛け一服をする。

行きの列車で読んでいた短編小説を思い出し後ろポケットに入っていた小説を取り出し続きを読み始める。


気付けばボロボロの屋根から落ちてきていた細い光達は姿を消しており、少しづつだが確実に文字は鮮明さを失っていた。

そこからもう一本煙草を胸のポケットから取り出し手慣れた手つきでブックマッチの火を片手でつける。

月光が紫煙の輪郭を強調し表現する。

流動的に流れる制御の効かない煙を見上げ錯綜する気持ちを整理し鎮める。

ブーツの底で火種を擦り吸い殻をズボンの裾に捲り入れ小屋を後にする僕は気持ちと足取りが心なしか軽くなった気がした。

帰りの列車は当然無いが問題はない。

小屋の横に立てかけてある錆びた二輪車、チェーンに目を配り

「少し弛んではいるが十分に走れそうだな」と呟く。

あくまで借りるつもりでいた僕は行きとは違う方向に身体を向け辛うじて目視できる細い路を年季の入った二輪車で走り出す。

中腹に差し掛かった頃、僕は振り返り人間嫌いな庭に自分にも聞こえない程の声の量で言う、






「また来るよ、その時は君の人間嫌いも治ってるといい」







暖かい追い風が僕の背中を押す。












人間を知らず生きた庭



















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人間を知らず生きた庭 かなん @katawarekanan

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