なにゆえ花嫁は肉塊となり果てぬ

@fururi88888

第1話

「小屋には誰も近づけないように……。分かってる。村の皆には、必ず後から話をする。そう伝えておいてくれ」


年老いた村長は、外に残った男にそう声をかけて扉を閉めようとした。ここから見える老村長は細身で背も低く、彼の背中越しに外の男が不機嫌そうな表情をしているのがわかった。男は自分を追い出そうとする村長に食い下がっているようだった。老村長の小さな身体が、さらに萎縮して小さくなっていた。


(……なにか様子がおかしいな)


ゼルジアは村長の対応から不審なものを感じずにはいられなかった。

「アドルさん、どう思います?」

扉近くの二人には聞こえないよう、同行している今回の上司に小声で思うところを尋ねた。近づいても分かりづらいほど線のような細目をした彼だが、それでもその瞳の中にゼルジアと同じ不審の色があることはわかった。

「正直、嫌な予感がするよ」そういってアドルは困ったような表情を浮かべた。


ゼルジアにとってアドルは組むのが初めての相手だが、この片田舎までの道のりで多少なりとも親睦は深まったと思う。最初はわかりづらかった彼の表情も初対面のときよりは掴みやすくなっていた。どうやら視線よりも眉の形に注目した方が感情がわかりやすいようだ。形の良い眉が彼の困惑をゼルジアに教えてくれた。そして先ほどよりさらに小さな声で彼は続ける。


「もともとが不自然な報告なんだ。こんな片田舎に『魔術師がいる』なんて。本当に確度の高い情報だったなら僕ら二人だけなんてあり得ない。ハズレの確認をするだけ仕事だと思っていたけど、どうやら相当に厄介な事かもしれないね」

「厄介な事というと……」

「それはまだわからないよ。なんにせよ、村長から話を聞かないと」

アドルはそう言って視線を入口で揉めている老村長たちに向ける。ゼルジアもつられて入口の方を見た。老村長は先ほどの相手をなんとかなだめつつ、少し強引に扉を閉めようとしていた。外に追い出される壮年の男もまだ納得はしていないようだったが、今回は強く抵抗していないようだ。その様子に注視していると、扉が閉じられる一瞬、ゼルジアは外の男と目が合い、睨まれたような気がした。が、すぐにその姿は扉のむこうに消えていった。採光用の小さな窓しかない部屋の中が、より薄暗くなる。


「すみません。お恥ずかしいところを……。ああ、失礼しました。どうぞお掛けください」

そう言って老村長は二人に向き直り、席を勧める。席といっても台座代わりの大石が置かれ、それに粗末な椅子が並んでいるだけだ。


「この小屋は、炭作りをする人間のための泊まり小屋になっていましてな。お客様を迎えるには大変失礼な場所ではありますが、村外れで落ちついて話をできる場所がここしかないもので……。村の騒ぎをご覧になられたでしょう。泊まる家は別に準備させておりますので、どうかお話の間だけでもご不快を抑えていただけたらと」

「私は構いません」

「俺も別に気にしない」

アドルは鷹揚に、ゼルジアは無愛想に返答する。村長の気に障るようなことはなく、むしろ安心したようだ。少しだけ微笑んだ。年輪のように刻まれた彼のしわが深くなる。


「それで村長。あの騒ぎはなんだったのでしょう。いささか普通でない様子でしたが……」

さっそくアドルが村長に尋ねる。ゼルジアも気になっていたことだ。問われた村長は困った表情を浮かべ、長い顎髭をなでる。よく手入れしているのだろう、滑らかに皺指がすべっていく。


二人が村に到着をしてすぐのことだった。


最初の村人が二人に気がついて近づいてくると、わらわらと他の村人が寄ってきた。僻地にある村だ。訪問者の物珍しさから人が集まることは不自然ではない。しかし、その様子が尋常ではなかった。誰もが二人は何者だという誰何すいかをする。そして魔法庁の人間だと分かると途端に向けられたのは敵意と懇願。


片方では「何をしにきた」と威嚇され、もう片方では「あの件を解決してくれるのか」とすがるように尋ねられる。その誰もが鬼気迫る様子だった。


しまいには圧倒されている二人を横に、意見の違う村人同士で衝突に発展しかけたところで村長と先ほどの男が到着し、ようやく場を収めて解散となった。結局、わけもわからず巻き込まれたままの二人は、ここまで何の説明を受けていない。ただ案内されるままに、この村はずれの小屋に案内されて、今は粗末な椅子に腰を掛けている。


「皆、怖がっているのです。威勢よくしている者もおりますが、それも恐怖ゆえでしょう。仕方ありません」

村長はそう言ってため息をつく。彼からは他の村人にあった恐怖のような感情は感じられなかった。その代わり重い疲労のようなものがまとわる空気からにじみ出ている。


「ご挨拶がまだでしたな。あらためましてこの村で長をさせていただいております、ホルトンと申します。お二人はウルマス英下爵様の御使いということでよろしかったでしょうか」

村長の質問にアドルが頷く。

「厳密にはウルマス様より依頼を受け、派遣された地方政府官ですね。魔法庁のアドルと申します。こちらは部下のゼルジア」

紹介を受けてゼルジアも紹介をする。

「ゼルジア三等官だ。よろしく」

「おお、よろしくお願いします」村長は二人の紹介に破顔する。しかし次のアドルの言葉でその笑顔はすぐに消え去った。


「それで、何があったのですか。我々は『魔法による事件が発生した可能性がある』と、かなり曖昧な情報しか聞かされていません。しかし、あの様子を見るとただの事件ではなさそうですが」

もちろん、魔法事件だとしても村にとってはただごとではないだろう。それでも村人たちの反応はゼルジアたちにとって少し説明しがたいものだった。


魔法使いの数は少ない。このような場所では目にする機会も多くないはずだ。理解できないものへの恐れは想像できる。だが村民の様子は、それとはどこか違ったものを感じさせた。村に危険人物がいる、といった目の前の危機に対する恐怖ではない。何かに見張られているような、どこか自分たちの背中を気にするような、見えないものへの恐怖だった。


「……『魔法による事件』? そのように伝わっているのですか?」

ホルトンは一瞬、ゼルジアたちをさぐるような目つきを送ってくる。ひげを触り、少し考え込む仕草を見せた。アドルはその様子を訝しげに思ったのか、ゼルジアに顔をあわせてくる。だがゼルジアも同じように不審に思うだけで答えは持たない。首を小さく振った。


「その……お二人は『魔法』についてお詳しいのでしょうか」

どこか警戒するような響きをもたせながら村長は尋ねた。

「そうですね。専門家という訳ではありませんが、一般の人間より多少は」

アドルもその様子に気がついているだろうが、知らぬふりをして返事をしていた。

「そうですか……。それは、とても心強いですな。なるほど……」

ホルトンは考え込む仕草を見せる。村で起きたことも、今ホルトンが何を考えているかも話を始めようとする気配はない。


ゼルジアはじれて、少し語気を強めて尋ねた。

「それで結局、何があったんだ? 言い淀む理由でも?」

ホルトンは慌てて手を振る。

「いえ、そうではなく。私はただ……その……私は『魔法』というものに詳しくないもので……。このような辺境の村ですから、知識のある者もおりません」

そう言って、ちらりとゼルジアの様子を伺ってくる。

「ウルマス英下爵様には『我々には既知外のできごとが起きたので、どうかお助けしてほしい』とお伝えしていたのです。それで何と言いますか、そのときに起きたこともお伝えしていたはずなのですが、そのお話をお二人は?」

「聞いていませんね」アドルは首肯し、ゼルジアも続くように頷いた。


つまりホルトンは自分たちが本当に力になれるのかを疑っているのだろう。「不可思議な事件」が起きた。それにただの官吏が解決できるのか。しかも事情を全く知らない。せめて優秀な人間ならば大丈夫か。そう考えるのは無理のない話ではあるが、こちらを見定めるような言動は、あまり気持ちの良いものではなかった。


なによりホルトンや先の村民の反応からして、もう明らかに「ただの魔法事件」ではない。

魔法使いが僻地の村に現れて悪さをした。それだけの事件ならば、ここまで言い淀むこともないだろうし、ホルトンは二人に対して知識よりも、魔法使いに対抗できるだけの腕っぷしがあるかを気にする方が自然だろう。

ゼルジアに良い予感は一切しなかった。アドルもそうなのだろう。ため息を吐く。


「村からウルマス英下爵へ。ウルマス英下爵から地方政府へ。地方政府から魔法庁へ。そして魔法庁から私たちへ。間にかなりの人間が入っていますからね。どこかで手落ちがあったのでしょう。不確実なことを伝えられるよりは良しとすべきか、それでも間違っていても良いからおおよその情報を求めるべきだったのか、難しいところではありますが、仕方ありません。最初からお聞かせ願えますか?」

ここにいる人間の誰も悪くないのだ。村長も悩ましげな表情をしながら顎髭をなでていた。手癖なのかもしれない。


「はい。とはいえあまりにも信じがたいことでして……。この村の娘が、亡くなったのです」

そこで数瞬、村長は言葉を止める。

「それもただの亡くなり方ではありません。なんというか……その……彼女は血だらけの肉塊になったのです。それも突然に。あれは……本当に巷で聞く『魔法』によるものだったのでしょうか」


疲労の色しかなかった村長の顔に、初めて怯えが見えた。

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