第2話
ホルトンの話はこうだった。
村にカイネという娘がいた。あまり家庭的に恵まれない身の上で、村のなかでは常に大人たちが気をかけていた娘だった。そんな娘が恋に落ちた。相手は村の外の人間で、ふた月に一度訪れる行商人の若者だった。
お互いが想い合っていることは誰の目にも明らかだったが、会える回数も多くない。若い恋は悲しい終わりを迎えるかもしれない。そんなこともあって、村の人間たちはますます彼女のことに心を配るようになった。
だが大人たちの考えは嬉しい形で裏切られることになる。行商人の若者は拠点をこの村に移し、二人は結婚するのだという。
村中が祝福の空気に包まれた。カイネのこともそうだが、村に新しい血が入るし、行商は続けるということで物流もずっと良くなる。
農繁期が近づいて来てはいたが、それでも村の人間総出での祝いをすることになった。
誰もが幸せだった。なにより主役である二人は言うまでもなかっただろう。
だが、悲劇が起きた。
突然、カイネが悲鳴を上げた。凄まじい声だったらしい。声は参列者たちの雑音を駆け抜け、すべての人間の耳に届いた。誰もが声の主に目を向けた。
そしてカイネが
体中にヒビが入り、少し膨らんだかと思った瞬間だったらしい。
一瞬で肉塊となった。
この日のためにしつらえた白い花嫁衣装は赤く染まり、肉片が散った。
会場は声を失った。
誰もが動けなかった。
ただ婚約者の行商人だけが狂ったように叫び、肉塊となったそれを必死に抱きしめていた。
次に何か起きるのではないか。そんな考えもあり、誰も二人に近づけなかったらしい。
むしろ近くにいた人間たちは遠ざかった。
だがそれでも、長い、と感じるだけの時間が経ち、行商人の身に何も起きず、彼の声も枯れ始めたとき、ようやく数人が動き出した。カイネから彼を引き剥がし、村人たちを落ち着かせ、その後にさまざまな処理をしていった。
大変な事態だったらしい。その時を語るホルトンの声は重く、ただただ暗かった。
対応がひととおり終わり、少しだけ落ち着く時間が生まれたが、それが逆に混乱を生んだ。
村人たちには深く恐怖が刻まれていた。
次はどうなる?
何も分からないなかで、必死に平静を保とうとする者、村から逃げ出そうとする者、逆に家に閉じこもり出てこない者。混乱というよりも、無秩序な状況だけが残った。
そしてようやく出た結論は領主であるウルマス英下爵に助けを仰ぐというものだった。というよりも、それしかできなかったというのが実情らしい。
まったく様子の変わってしまった村で、ただただ解決策を携えた人間が訪れるのを待つ日々となった。
ゼルジアたちが来るまで10日。その間には何もなく、少しずつではあるが落ち着きを取り戻していたようだが、到着の騒ぎを見ると理性で抑えていただけのようだ。
誰もが当時のことを口にしなかったが、ずっと心の奥にありつづけたのだろう。むしろ、ただ待つだけの日々がその恐怖を成長させていたのかもしれない。
どうか我々を助けて欲しい、ホルトンは最後にそう結んで頭を下げた。
それを見て、ゼルジアは思う。
ふざけるな。
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