第21話 愛された人
部屋に戻ってからわたしは今日までに貰った贈り物たちを眺めていた。
父上と母上から頂いた帯、虎彦からもらった帯締め、2人の兄からもらった竹刀、使用人達からもらった豪華な夕食、そして儀三郎様からもらった羽織りと簪…
今日は本当に素敵な1日だった。
そう思うのと同時にもやもやしてくる。
これは紀子だから貰えたもの。
莉柰だったら貰えてなかっただろう。
そもそも、わたしは社会人になってから誰かと誕生日を祝ったことなんてあっただろうか。
平日だったら何も変わらず仕事をして、土日だったら平日で疲れきってただただ寝ていた。
誕生日にあったことは、離れている幼なじみや家族からのLINEと大量のスタバカード、同期からは夕飯や飲みに誘われていたが仕事が多すぎて全て断ってしまっていた。それが続いた結果、この時代に来る直前の同期や先輩、後輩からのプレゼントはタバコとコンビニデザートになっていた。
今考えると、ほんと、虚しい社会人生活送ってたんだなぁ…
そう考えながらわたしは縁側に移動し、寝転びながら星を見ていた。
いまの自分は自分ではなく、紀子ががんばって築いてきた関係。
そもそも、紀子がいい子じゃなかったら篠田家との縁談も無かっただろう。
なんせ目を覚ましてからすぐに決まったことだったから...
あぁ、この時代にもわたしのものがなくて、仮に元いた世界に戻っても、さすがに仕事も解雇されてるだろう。そんなことを考えてると自然と涙が出てきた。
「どうした、誕生日の夜だってのに何泣いておるのだ」
急に頭上からした声を辿り見上げると、父上がいた。
「ち、父上…!!」
わたしは急いで起き上がり、涙を勢い良く拭いた。
「食事をしてるときのおまえの顔が気になってな。来てみたら案の定泣いておったとは笑」
「お恥ずかしいところを…」
「どうした、父が話聞いてやるぞ」
父上はわたしの隣に座った。
「.....今日は、本当に幸せだったんです」
「そうか」
「でも、この幸せは以前の紀子が築いてきた世界で、私自身で切り開いた幸せではないんです。そして、私が元いた時代でわたしは仕事ばかりしていて誕生日もまともに祝ってませんでした。何も変わらないただの日常を過ごし、家に戻ると疲れきって寝ていました。そんなわたしが、紀子の世界でこんなにいい思いしてもいいものなのかと...そう考えておりました」
「ん......そうか」
父上はそれからしばらく無言だった。
沈黙が体感5分くらい続いた後、父上は話し始めた。
「お前は先の世界でもきっと、仕事ができて優秀な人材だったのであろう。自分の仕事に責任感を感じ、自分のやりたいことも我慢し、仕事をしてたんだな。違うか?」
「............」
「だがな、前の紀子もそんな感じだったぞ?」
「.....え?」
「いつだったかのぉ、一度母上と紀子が呉服屋に買い物に行くと言っていた日があってな。その日は元々、長正と寛四郎は日新館の稽古が無い日だったんだが、西郷殿が来校されるからと、急遽稽古になったときがあったんだ。そしたら紀子は『兄上達が学んでるなか、わたしは遊べません』といってタニとの約束も無かったことにして部屋で書物を読んでいたんだ」
「はぁ...」
「この時代では、おなごは仕事をしない。畑仕事ならやるものもいるだろうが、わしら良家と呼ばれるようなおなごは絶対な。恐らく紀子が仕事をする立場だったらお前と同じ選択肢を取るだろう。それに、前もいったと思うがお前は紀子だ。誰がなんて言おうと、わしの大事な娘の紀子なんだ。以前の紀子であれば、儀三郎とここまでいい仲になれなかったかもしれんぞ?虎彦も以前から紀子を慕っておったが、最近は片時も離れたくないと表情で物語っておるからな笑」
続いて父上はわたしの頭に手を置きながらこう言った。
「わたしも、今のお前のことは誰よりも信頼してる。自慢の娘だ。それだけは忘れるな」
「......ありがとうございます」
「実はな、紀子に聞きたいことがあるんだ」
「なんでしょう」
「しばらく城のもので考えたり、密偵を送ってるんだがなかなか進まなくてな。実は最近、長州が大人しいと殿から文が参った」
「長州ですか…」
「長州は去年、江戸から長州征伐の指示が出ていてな。長州が変な動きをしたら征伐をしようと言う話になっているんだが、やけに静かだと。紀子、何かわかるか」
きっと、薩長同盟に向けて動いてるのだろう。
そう、すぐにわかった。
「なぜ静かなのか、それは分かりません。ですが父上、私が以前、薩長と会津が戦になるとお伝えしたことは覚えていらっしゃいますでしょうか。恐らく年明けすぐ、西郷隆盛殿、小松帯刀殿、桂小五郎殿で後に薩長同盟と言われる薩摩と長州で同盟が組まれると思います。そしてその影にいるのは坂本龍馬殿です」
「なるほど、確かに以前言っておったな。失念しておった。にしても坂本龍馬なんてはじめて聞いたぞ…」
そりゃそうだろう。全国で名前が上がるようになったのは現代歴史での話。
その渦中にいるここ会津ではまだ名前は上がっていないはずだ。
「恐らく薩長同盟は止められないでしょう」
「そうか…とりあえず、何を企んでるのかが知れて良かった」
「およそ2年後、のちの世で鳥羽伏見の戦いと呼ばれる戦で、幕府軍として戦う会津藩は負けるでしょう。相手は最新型の銃を使ってます。1人でも多くの兵を守るために、守備を固めて欲しいです」
「わかった、何か策があるか、城のもので話してみる。助かった」
「いえ、、、」
「「.............」」
私は沈黙に耐えられずうつむいてしまった。
「.....紀子」
「はい....」
「もし、この会津が戦になったら、お前はどうする」
驚いた。以前この会話したときの父上は強気で、そんなこと起きても絶対負けない。という気持ちが見えていた。
それが今日は少し不安な様子がうかがえる。
それだけ戦というものが現実味を帯びてきていて、さらに相手の強さもわかったのだろう。
「....私は、この世界に来たのは、紀子さんの大切な人を守るためだと思ってます。今では私の大切な人でもある家族や使用人の皆さん、雪子様、修理様、そして儀三郎様...皆さんを守り、必ずや後の【日本】に送り出します」
「......うむ」
父上が以前と比べ、遠くをみながら話している。
それだけ戦の可能性が高まっているということだ。
雪子さん、大丈夫かな…
「...紀子」
「はい」
「...もしもの時は、家族を頼んだぞ」
先程まで遠くを見つめていた父上が真剣な眼差しでわたしを見ていた。
きっと、この人はこの先に起こり得る事態を理解してるのだろう。
これだけわたしが[家族を守りたい]
そう言っていることでなんとなく勘づいている。
直感でわたしはそう思った。
「...何があっても大切なものを守り抜きます」
わたしもまっすぐ父上を見つめながら言った。
「...どれ、わしもそろそろ寝るとするかな」
父上は立ち上がると同時にわたしの頭に手を置いた。
「父上、気にかけてくださってありがとうございます」
「娘1人の表情見抜けないで家老が務まるか笑
お前は1人じゃないからの、ゆっくり休みなさい」
「はい、お休みなさいませ」
「ん」
父上は短く返事をして自室へ戻られた。
そしてその背中をみながらわたしは感じた。
もしかしたら父上はもうすぐ戦に行くのかもしれない。と...
未来の娘 桜叶 @mihee
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