真理に至る扉 ~世界と世界を繋ぐ扉、彼女は数多の苦難を乗り越えて日常を掴み取る~
雪広ゆう
Stage0-Prologue スロベニア首都リャブリャナの扉
早朝六時、私は仕事に向かう為に自宅の玄関扉を開けると――見知らぬ海外の地が視界に飛び込んできた。
海外の何処なのか? 建築物からして欧州の何処か? いやいやいや……そんな事を冷静に考えてどうするよ。何故に私の家の玄関が海外に繋がっているのかと? 連日連夜の仕事漬けで、ようやく十四連勤明けの休日を謳歌した翌日の事、律儀に仕事に向かおうとする社畜の私には到底理解出来ない状況だ。
ああ、そうか私も幻覚を見る程度は精神を病んでしまったのか。それなら納得……じゃないわよ! でもそれ以外に眼前の光景を説明しろと言われても出来ないのも事実。私は通り過ぎる人々の摩訶不思議そうな視線に耐え切れず、そっと玄関扉を閉じて自室に戻る。
(うん、病院に行こう。それが良い)
そう咄嗟に思い立った私、きっとそれが正解……仕事場に休みの連絡を入れる。
状況を飲み込めない私の意味不明な説明に何かを察した上司は、普段では考えられない妙に優しげな声音で病欠を受け入れてくれた。まあ数ヶ月に数名は退職する過酷な職場だ。私みたいな従順な歯車が失われるのは惜しいのだろうし、今は五月蠅いご時世……自分で言ってて虚しくなるね。病気を治して、転職しよう。
とりあえず幻覚症状を鑑みるに、冗談抜きで精神疾患の可能性もある訳で、私は折角の休みだし二度寝をしてから昼過ぎに起床し、私服に着替えて身支度を済ませる。
(さすがに……時間も空けたし、大丈夫よね?)
玄関扉の先はマンションの渡り廊下、そうに違いない……と心に念じて、覚悟を決めてドアノブを捻って扉を開ける。でも現実は非情、寸分の狂いなく先程の街並みが視界に飛び込む。
茫然自失の私、と言うか結局のところ何処なのよ? 何故に自宅の玄関が海外のBARの入口と繋がっているの。訳が分からな過ぎて、何故か笑いが込み上げてきた。
街ゆく人々は、そんな不気味な笑顔を浮かべるアジア人の私を奇異な視線で流し見る。勿論だけれども全員が外国人、何処の国かを訪ねるのもおかしいけれど、それ以前に私は英語が一切喋れないと言うか中学英語すら怪しい。
どうするか途方に暮れていると、スマートフォンが短振動し通知を知らせる。
メッセージアプリに見知らぬ名前の謎の人物から通知が入った。私はアプリを起動して内容に目を通す。二行程度の簡潔な内容、『制限時間内に次の扉を探せ』と『探せなければお前は死ぬ』なんて物騒な言葉が飛び込む。その直後に次のメッセージが届き目を通す。
・ステージ0=スロベニア首都リャブリャナ
・難易度:初級(チュートリアル)
・ヒント:公園近くにある教育博物館の入口玄関
・所要制限時間:六〇分
そんな意味不明で理解不能な内容が送られてきた。
――はぁ? 私は冗談じゃないと。ふざけるなと言う感情に任せて、謎の人物に怒濤のメッセージ連投するけれども……既読は付いても応答がない。無視され続ける。
ざっけんじゃないわよ!! 少し冷静さを取り戻す為に、もう一度、自室に引き戻ろうとも考えたけれど、仮にそれをしたところで恐らく三度目も状況は変わらない。
何より通り過ぎる人々の視線が痛い……仕方ない。私は意を決して、見知らぬ海外の地に足を踏み出した。自宅の玄関扉が音を立てて閉まった瞬間、振り向くと玄関扉がBARの入口に変貌していた。その時に悟る……後戻りは出来ないと。
さて西洋建築の街並みが視界に広がる。スロベニアの知識なんて一切持ち合わせていない……なんなら何処にあるかも知らない。片側一車線の狭い道路、賑わうと言う程に人や車の往来が盛んな訳ではないけれども、ある程度はと言った感じ。
ただ問題は……ヒントを出されたところで、海外ローミングサービスを申し込みしていない為にスマートフォンの通信と通話が出来ない……。公衆Wi-Fiでもあればと思うけれども、それも無さそう。土地勘も一切無い場所で道具の頼りなく目的地に辿り着けって言われても――それこそ高難易度だと思うんですけれども。
そうして道端で考えに耽っていると、私の挙動に違和感を抱いた警察官らしき白人男性二人が言葉を掛けてきた。英語で話し掛けられても、さっぱり言葉が理解出来ない……ただ時折に笑顔を浮かべながら優しい口調で接してくれている点を見るに、異国の地で彷徨っているアジア人を助ける親切心で話し掛けてくれているのだろう。
でも今置かれている状況に半ば気が動転している私は、本当に馬鹿で血迷った行動を取る。やっぱりとち狂っていて精神疾患の恐れがありそう……理由もなく唐突に私は警察官から逃げる様に駆け出してしまった。
(な、なにやってんのよ、私!?)
踏み出した足は止まらない……と言うか後の事を考えると恐くて止められない。
当然の事ながら追い掛けて来る警察官を相手に、全力疾走で駆け走る。
BARの正面入口から見て右方向に進むと、メッセージにあった開けた小規模の公園が視界に映る。ただ今は気に留めている余裕もなくて、公園手前の交差点を更に右方向に曲がる。
学生時代は陸上部に所属していて、走りには多少の自信がある。
警察官との距離が開き始めると、左手に小振りな建造物を発見し、迷わずに扉を勢い良く開けて中に駆け込む。店内はパソコン関連の商品が陳列されている店舗で、私は警察官の四角になる場所を探すと身を隠した。
店員は突然の訪問者に呆然と言った様子、小窓から店外の状況を確認する。
警察官の姿は見えない。自分で逃げときながら逃げ切れるとは正直言って思いもしなかったので一先ず安堵する。いや別に何も罪を犯した訳ではないんだけれども……英語がちんぷんかんぷんな為に状況を上手に説明出来ない。
"What's wrong? Are you okay?"
「えっ、あっ……No, sorry, it's OK」
パソコンショップ店員の問い掛けに拙い英語で『問題ない』と返答する。
話を続けられても意思疎通が出来ないし、目的地の場所を訪ねる英語力もない。私は平身低頭で謝罪の言葉を繰り返しながら店舗を立ち去る。周囲を見渡しても警察官の姿は見当たらない。逃げ切れた……。
さて今からどうしたものか……とりあえず通信環境を確保しないと。だって目的地の場所も分からないし、てかパソコンショップ前なら公衆Wi-Fiが飛んでいるはず。
「ビンゴ、これで国際ローミングサービスを申し込めば……後は何とかなる」
海外で通信と通話が可能になる通信会社の海外ローミングサービスを申し込む。
およそ一〇分程度でモバイル通信が可能となる。これで大抵の国でも翻訳アプリを使って意思疎通も出来るし、マップアプリで目的地を容易に見つけられる。時刻を確認すると、午後五時七分と表示されている。となると謎の人物からのメッセージを受け取ってから既に三〇分以上が経過している計算になる。
――仮にあのメッセージ通り制限時間内に扉を見つけられなければどうなるの?
さすがに文章の内容を冗談だと信じたいけれども、只でさえ不可思議な状況に遭遇している以上、あながち冗談とも捉えられない可能性がある。正直言ってしまえば、財布には十分に現金もあるし、スマートフォンもあるので、現金を両替して飛行機で日本に飛び戻りたい。でも仮に冗談じゃない場合、私は死ぬ……賭けに出るか? 出ないか? と問われれば、恐らく出ない方が正解だと直感が訴え掛けている。
(なんなの……意味わかんない。それとも本当に私、頭が逝かれたの?)
そうも考える。私は今布団の中で悪夢を見ていて、まだ自宅で温々と眠りに就いている……なんて気持ち的には思いたい。
でも非情にも妙に現実感がある。そもそも夢と一蹴するにも判断材料が全くない。これは現実で、謎の人物の言葉通りになるのなら、現実逃避せずに黙って従った方が得策名な気がする。友人や家族に相談しようにも……恐らく精神科に行けか、冗談と鼻で笑われるだけね。
とりあえず従う以外に今の私が取れる選択肢はない……スマートフォンのマップアプリを起動するとGPSが現在地を測位し、私はヒントの言葉にある教育博物館と検索欄に入力する。するとスロベニア教育博物館と言う施設の詳細が表示される。
(近っ!? って目の前じゃん)
そう本当に目の前だった。道路を挟み身を隠した店舗の斜め向かいにある。
さてもうゴール自体は出来る。チュートリアルと言うだけの難易度……初海外で観光でもしたいと悠長な事を一瞬脳裏に過るけれども、そんな場合じゃ無いか。ステージ制ならば、恐らく最終ステージのクリアで全て終わる? 時間は二〇分残されている。私は謎の人物に何点か質問を投げ掛けてみる。
無視を決め込まれるかと思っていたけれども、意外にも律儀に返答してくれた。
まず制限時間内のクリアに失敗すれば死亡確定、でも推測通り全ステージを達成すれば元居た場所に帰すと。ただ肝心のステージ数は明確な回答は出来ないと、それってさじ加減次第で永遠に終わらない可能性もあるんじゃないの……。
今回に関してはサブミッションは課されないけれども、ステージによってはサブミッションが課されて、それを達成出来ない限り次の扉は開かないか、もしくは空間転移が機能しないのどちらかだと。また死亡原因は制限時間内にクリア出来ない以外にも、サブミッション達成過程やステージの特性上などの外的要因もある。ただ初見でクリア不可なステージもあり、基本的には合計五回までの死亡は再度ステージ出発地点の扉からリスタート可能となる。
一度失敗したからと言って即終了と言う訳ではないらしい。
ただ五回目以降の恩情は一切なくて、復活も出来ずにそのまま死に至る。
まるでゲーム感覚……ちなみにスマートフォンの使用や外部協力者の助力等、最重要なのは結果の成否のみであり、クリアの為ならあらゆる手段を取って構わない。
あと次のステージに繋がる扉は、その扉を閉じない限りは前回ステージとの往来が可能であるものの、その場合は前回ステージの滞在時間が約五分と制限される。
飽くまでも危険が迫った際の一時退避の手段でしかない。この条件に反した場合も死亡回数としてカウントされる。
ただ今回に限っては扉を開けてから自宅に数時間滞在していたけれども、そもそも説明前であったため特別にノーカウントらしい。
ああ、不安になってきた――今直ぐに帰りたい。てか何か私、悪い事でもした? 日頃の行いは良い筈なんだけれども……てか仕事どうしよう……。
時刻を確認すると制限時間が五分と迫る。
でも今、あれこれと考えたところで結論も出なければ、これと言った解決策も思い浮かばない。謎の人物がクリアさえすれば帰すと言っている限り従うしかない。
私は左右を確認して道路を渡ると、重厚感のある西洋建築のスロベニア教育博物館の玄関扉に意を決して手を伸ばす。そして扉を開けて次の世界へと向かう――。
真理に至る扉 ~世界と世界を繋ぐ扉、彼女は数多の苦難を乗り越えて日常を掴み取る~ 雪広ゆう @harvest7941
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。真理に至る扉 ~世界と世界を繋ぐ扉、彼女は数多の苦難を乗り越えて日常を掴み取る~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます