第2話 リカとの交流

 あの日以降、リカとは昼休みや放課後に時々会って話している。

 ボカロ以外にもアニメだったり声優さんだったりと、俺と彼女の好きなものは共通していた。

 それを知る度につい熱く語ってしまう。クチャクチャ、オタク特有の早口、コーナーで差をつけろ、などと言葉の後に付けたくなる程に。

「あ」とか「えと」とか言葉に詰まり、紡ぐべき言葉を探し、その結果時間が掛かり——しかし彼女はそれを気にした風は無く、こちらをじっと見て耳を傾けてくれた。

 そして彼女もまた、俺以上の熱量を言葉に乗せてぶつけてきてくれた。そんな熱い言葉がとても気持ち良かった。


 俺はこれまで趣味の合わない人とばかり話してきた。本来の自分を上辺で押し潰し、興味無いことよく分からないことに鈴のような相槌を返す——心の中で息苦しさを感じてしまうだけの会話。

 だけど彼女との会話は、自分を押し潰す必要が無かった。紡がれる言葉は止まることを知らず、そして鈴のように綺麗な音では無く、しかしだからこそ心地良かった。

 例え本来の自分が綺麗で無くとも、彼女にだけならそれを曝け出して良いと思えたが故に。


 このような経験は、出会いは、二度とあるものなのだろうか。


「いやぁまさか女児向けアニメで盛り上がるなんてねぇ……!」


 この日は放課後の人が少なくなった教室でリカと話していた。

 お気に入りのアニメの話をしていたら、途中から女児向けアニメの話が中心となったのだ。


 流石に女児向けアニメまで見ていることは意外だったのか、若干の苦笑を浮かべた顔で彼女は言った。

 こちとら妹の隣で何年も女児向けアニメを見てきた人間だ。知識量が凄い訳では無いが、ある程度は渡り合える自信がある。


「ま、まあ妹が見てるのを一緒に見てきたから」

「良い兄かよ」


 彼女は馬に乗るように座っていた椅子の背もたれを握り、背伸びするかのように体を逸らした。

 その体勢のまま、彼女は夕焼けに赤く染まる空と街を、過去をじっと眺めていた。


「……そういえば昔、よく変身の衣装を買って着てたなぁ。ほら、おもちゃ売り場でよく売ってる奴」


 女児向けのサイズにまで小さくした衣装のことだろう。結構目立つし、よくできていると思っていたので印象に残っている。


「アレかー。そういえば俺の妹、あんまり変身アイテムとか衣装とかに興味を示していなかったな」


 純粋に興味が無かったのか他に欲しいものがあったのか、たまに小物程度のグッズを買っていたくらいで、そういったものはうちには一個しか無い。

 思えば妹は別の女児向けアニメのゲームの廃人だったので、それに使いたかったのかもしれない。


「着ようか? あの頃から身長そんなに伸びていないから、まだイケると思うよ?」


 彼女は揶揄うような微笑を浮かべてこちらを見た。


「キッッッッッッツ。流石に一人でやってくれ……」


 聞いて想像し、「中学生には流石に無理がある」と吐き気の一歩手前の段階まで達してしまった。アレを着るのが許されるのは、小学校低学年くらいまでだ。

 せめてやるなら本格的なコスプレでやって欲しいものである。


 俺が呆れた声を出すと、彼女は椅子から降りて俺の隣にやってきて——


「とか言って〜! 本当は見たいんでしょ〜!?」


 そう言って彼女は肩を組んできた。腕だけでなく、体も僅かではあるが当たっている。


 リカはやたらと距離感が近い。近いと言うより近過ぎる。出会って数日、数十日の仲、普通なら柵とか塀とか越しに話すところを、それを突き破ってきている、と表現するべきか。

 他の人にもやるところを見たので好意は一切無いのだろうが、女性と触れ合ったことが碌に無い俺にとっては毒である。

 或いは他の人にもやっているところを見なければ、好意を抱いていたかもしれない。


「ちょっ、離れぃっ……!」


 そう言って彼女を離そうと押すも、彼女はただ可憐で意地悪な微笑を零すだけで離れようとしない。

 こういうことに余りにも慣れておらず、顔を覆う熱だけで頬と耳が酷く紅潮しているのがありありと感じ取れる。

 そんな俺を、彼女は変わらず笑みを浮かべたままじっと見ていた。


 しばらくして彼女は満足したのか、肩に組んでいた腕を、僅かに接していた体を離した。

 彼女は恥ずかしがっている風では無い。俺のように顔が紅潮している訳でも無い。昔からこんなことをやってきたのだろうか?


 彼女は先程座っていた椅子に再び座り、こちらに瞳を合わせてきた。

 思わずどきりと心臓が跳ねた。多少落ち着いた心臓の鼓動が再び速くなり、再び熱が顔を覆う。

 こちらの瞳をじっと見る彼女の、可憐な花のような微笑みが、瞳に、脳裏に焼き付けられた。


「……可愛いね、レイちゃん」


 彼女は再び意地悪な微笑を零してそう言った。


「……そりゃ……どうも……」


 思わず視線を逸らし、そう返答することしかできなかった。

 昔から何かにつけて「可愛い」と言われ続けてきたが、彼女のその「可愛い」は他のどの「可愛い」とも違うと感じられた。

 或いは俺が一方的に違うと感じているだけなのかもしれないけれど。


「弄り甲斐があって良いね」

「…………」


 ……まあどうせそういうところだろうと思っていたよ。

 俺は視線を逸らし、赤く燃える空を見ながら嘆息を零した。

 学校の外の景色には彼女の姿なんて無いのに、彼女の姿が、顔が、見えてしまった。

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かつて憎んでいた貴女へ 粟沿曼珠 @ManjuAwazoi

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