後編

「県境をまたぐなんて、女子高校生にしては珍しいな。明確な目的地があったに違いない。でもどこのバス停で下りたか分からない、となれば……一度戻って、彼女の友人に聞き込みをします」

「賢明な判断だね」

 父から新たなヒントを受け取り、千晴はさらに言う。

「女子高校生は何かSNSをやっていましたか?」

「ああ、もちろん」

 すぐにまたカードを取り出し、千晴へ差し出した。

 一度に三つものヒントを得た千晴は考える。

「友人の証言、付き合っている人がいる。さらにSNSで彼氏の存在を匂わせる投稿があった。そして行方不明になった後の投稿も……って、ここまで来ればもう簡単じゃないか。この最後の投稿の画像、パソコンで見られますか?」

「いいよ、少し待ちなさい」

 父はすぐに自分のパソコンを起動させ、画像を送信した。

 SNSに投稿された画像は夜の駅前と思しき景色のものだった。全体的に暗くてはっきりしないが、千晴は迷うこと無く画像編集ソフトを使って画像を鮮明にしていく。


「女子高校生が行きそうな場所と言えば都会よ、都会」

 一気に川崎駅前まで車を走らせた千雨だが、万桜は心配になって言う。

「当てずっぽうはダメだよ?」

「うっ……でも、バスの終点はここなんだし、ここで聞き込みをすればいいのよ」

「もう、お姉ちゃんったら……」

 と、返すだけで万桜は封筒に手を入れなかった。

「え、嘘。聞き込みしても情報無し?」

「うん、その行動によるヒントは無しだよ」

「そんなぁ……じゃあ、えーと」

 頭を働かせて千雨はひらめく。

「高校の同級生に話を聞くのを忘れてたわ」

 万桜は封筒から一枚のカードを出して手渡した。

「はい」

「なになに……彼氏って、それもうよくあるやつじゃないの。まったく父さんてば、こんな見え透いた問題を」

 と、ため息をつくが万桜ははっきりと言う。

「ちゃんと最後のヒントを手に入れなきゃ終わらないよ」

「そうでした。じゃあ、次はー……そうね、SNSとか?」

「はい」

 と、万桜は二枚取り出して渡す。

「あら、二つ? ちょっと、行方不明になってからも投稿してたの!?」

 驚きの声を上げる姉へ万桜はただ苦笑いをする。

「うーん、この画像だけじゃちょっと……待って。この投稿、何か変だわ」

 カードに記載されたSNSの投稿をじっくりと観察する。

「迎えが来るのを待って、って何? そこは待ってる、じゃないの? 最後まで打ち終わらないうちに送信した? 何で?」


「場所は川崎駅前で間違いない。でも、迎えが来るのを待って……って、誰かにあてたものなのか? 彼氏? いや、女子高校生が迎えに行った、というのは妙な感じがするな」

 同じ頃、千晴も頭を悩ませていた。父は隣のデスクの椅子に座り、何も言わずに様子を見守っていた。

「ましてや隣の県に移動してるんだから、彼女に土地勘はないはず。ということは、この投稿は迎えが来るのを待ってる、と書きたかったに違いない。じゃあ、何で最後まで打たずに投稿されているんだろう?」

 千晴はおずおずと父の顔を見て慎重にたずねる。

「もしかしてこの事件、ただの家出ではないのでは?」

「さあ、どうだろうね」

 にこにこと父が笑い、千晴はぴんときた。

「この日の夜、川崎駅周辺で不審な人物がいた可能性は? ああ、不審な車でもいいです。防犯カメラ、ありますよね?」

 父は封筒へ手を入れた。


「ちょっとぉ……女子高校生の居場所を突き止めろって言ってたじゃない。ああもう、叙述トリックってやつ? あたし、あれ嫌いなのよ!」

 車内で千雨がヒステリックに叫び、万桜は何とも言えない気持ちになる。

 先ほど渡したカードにあった情報はこうだ。駅前の防犯カメラに女子高校生と思しき姿が男と歩いている様子を残していた。しかし姿はフェードアウトし、すぐ後に走り去っていくワゴン車があった。

「最悪。このワゴン車を追えってことでしょ? どっちの方向に行ったの?」

「はい」

 次のカードを取り出して渡し、万桜は姉の横顔をうかがう。

「南西の方向へ走っていくのが確認されているが……住宅街に入られたため見失う。つまり、その住宅街のどこかってことよね。分かった、落ち着いて地図を確認しましょう」

 再びスマートフォンで地図を呼び出し、南西方向にある住宅街に見当をつけるが。

「あら? いかにもっぽい工場跡があるわね」

「調べてみる?」

「ええ、もちろんよ」

 万桜は最後のカードを取り出して手渡し、すぐにスマートフォンを取り出した。

「もしもし、お父さん? こっち、終わったよ」


 スマートフォンを耳へあてた父は、もう片方の手に最後のカードを持っていた。

「おや、偶然だね。こちらもちょうど終わったところだ」

 千晴はがっかりして少し泣きそうな顔になる。

「そうだね、それじゃあ気を付けて帰っておいで。どれだけの情報を手に入れられたか、確認しないとならないからね。うん、また」

 父が通話を終えて千晴はため息をつく。

「同時ってことは引き分けじゃないですか」

「いや、まだ分からないよ。あちらがどれだけの情報を手に入れられたか、確かめないとならないからね」

 千晴は机の上へ乱雑に置いたカードを見やる。細かく情報を入手したつもりだが、あちらは実際に車を走らせて推理している。千晴には気付かなかったヒントがあったかもしれない。

「とにかくご苦労様。千雨と万桜が帰ってくるまで自由にしていていいよ」

「はい」

 カードはそのままにしてパソコンの電源を落とした。


 千雨たちが帰ったのは午後二時を過ぎたところだった。途中で昼食をとってきたため、少し遅くなったのだ。

「では、それぞれに手に入れたヒントの数を発表しよう」

 今朝と同じ、所長の机の前に並んで立ち、双子は互いに顔を見合わせる。

「では、まずは千晴から」

「僕は十個です」

「あたし九個」

 一呼吸も置かずに千雨が言い、その場にしゃがみこんだ。

「最悪、あたしは何を見落としたってのよ」

 万桜はすぐに封筒に残っていたカードを取り出した。

「住宅街を走っていくワゴン車、目撃者がいたんだよ」

「はあ? あーもう、終わり。今日はもう部屋で眠るから終わりにします、はい解散」

 と、千雨は誰の返事も待たず勝手に家へと戻って行った。

 父はやれやれと息をつき、千晴は万桜へたずねる。

「千雨、まともな推理できてた?」

「うーん、順序がちぐはぐだったかも」

「やっぱりね。生理中は考えが飛びがちなんだよ。悪く言うつもりはないけど、大変そうだなって思う」

 千晴が苦笑して見せ、万桜も苦い顔になりつつ返す。

「雨姉ちゃん負けず嫌いだし、次はどうなることやら……」

「ああ、うん……できれば争いたくないんだけどな」

 と、千晴は父の方をちらりと見た。

 父は「二人が切磋琢磨してくれるのを祈るよ」と、どこか曖昧あいまいに笑うのだった。

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第一回 女子高校生失踪事件 〜探偵の後継者争い〜 晴坂しずか @a-noiz

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