第一回 女子高校生失踪事件 〜探偵の後継者争い〜
晴坂しずか
前編
四月のある日曜日。大好きな特撮ヒーロー番組が終わって早々に、
「昨日話したことを覚えているね?」
と、休日にも関わらず皺一つないワイシャツにグレーのスラックスを履いた父が言う。
万桜ははっとしてうなずいた。
「うん、もちろんだよ」
先ほどまで見ていた推しの活躍を脳内で
「女子高校生失踪事件のことでしょ」
「ああ、そうだ。二人もそろそろ来る頃かな」
「そうだね」
万桜が入口の方を振り返ると、タイミングよく二人がやってきた。いかにも寝起きでぼーっとした顔の兄・
「おはよう。晴兄ちゃん、雨姉ちゃん」
と、万桜が声をかけると二人はそれぞれに眠たげな声を返した。
父は呆れて苦笑し、のろのろとこちらへ来た双子へ言う。
「探偵たるもの、休日も早起きしてくれるといいんだが」
ぱちくりとまばたきをしてから千晴が猫背をまっすぐに伸ばした。
「すみません、所長。昨夜は遅くまでゲームをしていたもので」
「あたしは生理二日目です」
と、千雨が臆面もなく言い、「はっきり言わなくていい」と、父をさらに苦笑させた。
万桜は困ってしまって視線をそらすが、千雨は幼い頃から一風変わった人だった。名探偵として日本中に名を知られる父の血か、頭の回転は早く推理力も見事なのだが、少々女性らしさに欠けており、気が強くて物怖じしない性格だった。
一方の千晴は男にしては気が弱く、細かいことによく気がつくために、中身を入れ替えたらちょうどいいのにとよく言われた。
「それで話というのは?」
と、千晴がうながし、父は咳払いを一つする。
「大事な話だから二人ともよく聞きなさい。二人には私の仕事を手伝ってもらっているが、いずれはどちらかに継がせたいと考えている」
はっと二人が息を呑む。事前に聞かされていた万桜は黙って見守った。
「つまり後継者を決めたいんだ。でも今すぐに決められるような話ではない。そこで、どちらが後継者にふさわしいか、今後しばらく様子を見させてもらいたいのだ」
「つまり、あたしたちに後継者争いをしろと?」
察しのいい千雨がたずね、父は重々しくうなずいた。
「ああ、そういうことだ」
「それなら、僕より千雨の方が」
と、双子の妹を見やる千晴へ父はすかさず返す。
「千晴、譲ればいいという話ではない。私は父親としてだけではなく、探偵として君たちの能力を評価しているんだ。できれば二人に継がせたいが、現実はそういうわけにもいかないだろう?」
探偵事務所の所長になれるのは一人だけだ。どうしたってどちらかを選ぶしかなかった。
「だからこそ、これからしばらくの間、見極める期間がほしい。今日はその第一回目として、簡単な問題に挑戦してもらう」
「えっ」
「ベッドに横になっていても解けるならやります」
心配そうにする千晴と裏腹に、千雨は無表情だ。片手を腹に置いているため、痛むのだろう。
「そうだね、頭を使えばクリアできるから、どんなやり方をしてくれてもかまわない。問題は過去にあった事件を元に、こちらで作成したものだ」
父は机の上に置いたファイルブックを開き、それぞれに一枚の紙を配った。
「事件の概要はそこにある通りだ。ある日の夕方、一人の女子高校生が家を出て以降、行方不明になった。警察に相談したが、一般的な家出として捜索はしてくれなかった。そこで我々に依頼が持ち込まれた」
上半分に女子高校生の自宅と通っている高校を含めた地図が記され、下部には女子高校生の外見の特徴や衣服、持ち物、家を出た時刻などの情報が書かれていた。
「これから二人にはこの事件を解決してほしい。それぞれの行動や推理に応じてヒントを渡す形式を取り、女子高校生の居場所を突き止められる最後のヒントを手に入れた時点で終了とする」
「擬似的に追え、ということですね」
「これならベッドの上でも出来そうだけど、ヒントを少しずつ集めて最後のヒントにたどりつけ、ってことですよね? それなら実際に街へ出て探しても?」
「ああ、やり方は好きにしてくれてかまわない。千晴には私が、千雨には万桜がつく。先に終わらせた方が勝ちだが、より多くのヒントを集めることも重要だ。当てずっぽうでクリアするのはダメだよ」
千雨は少し不満げに「分かりました」と、返した。持ち前の推理力だけではダメだと釘を差されたからだ。
「他に質問はないかい? では、さっそく始めようじゃないか」
父が万桜に厚みのある封筒を手渡し、机の隅に置いたデジタル時計を見た。
「よし、ちょうど十時二十分。では、始め」
千晴はすぐに自分のデスクへ向かい、パソコンを起動させた。
千雨はすぐに万桜へ言った。
「万桜ちゃん、外に出るわよ。すぐに出かける支度を」
「うん」
そして連れ立って自宅の方へと戻って行く。
早くも千晴はウェブで地図を開き、航空写真へ切り替えた。
「まずは自宅周辺の防犯カメラを確かめます」
「うん、いいね」
先ほど万桜に渡したのと同じ封筒を手にし、父は一枚のカードを取り出して渡した。
受け取った千晴はそこに書かれた情報を読み上げる。
「自宅を出てから五分後、駅とは反対方向の歩道を行く彼女の姿が見つかった」
マウスを使って地図の中心を動かす。
「反対方向には大きな通りがある。女子高校生が向かっていたのはどこだろう?」
メイクをテキトーに済ませ、千雨は自分の車に乗り込んだ。助手席には万桜が座り、シートベルトを装着したのを確かめてから走り出す。
「女子高校生の自宅があるのは隣町、車で五分とかからないわ」
「そうだね。でも、動いちゃって大丈夫? 辛くない?」
「車を降りなきゃいいのよ。途中、何回かトイレに寄るでしょうけど、私の方が頭がいいんだから余裕ね」
と、不敵な笑みを浮かべる姉へ、万桜は苦笑いを返すしかない。生理期間中のせいか、普段に増して自信過剰な発言だ。
女子高校生の自宅前へ到着し、千雨は窓越しにマンションを見ながら言う。
「まずは付近の防犯カメラを確認するでしょうね」
万桜は封筒からカードを出して姉へ渡した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
千晴の手に入れたのと同じ情報を見て、千雨はすぐに車を走らせる。
「反対方向ということは、先に大通りがあったはずね。そっちまで行ってみるわよ」
目的の大通りまで来たところで千雨は気付いた。
「あら、あんなところにコンビニがあったわね。女子高校生が寄った可能性は?」
「さすがお姉ちゃん」
と、万桜は二枚目のカードを取り出して渡す。
「自宅を出てから二十分後、コンビニで買い物をする女子高校生の姿があった。ということは、ここからまたどこかに行ったわけね」
コンビニの前を通り過ぎて間もなく見つけたのはバス停だ。
「まさか、バスに乗った?」
「はい」
万桜は三枚目のカードを出す。
「県境をまたぐバスに乗ったとなると、その停車場を一つ一つ当たっていくしか……」
千雨は軽く舌打ちをすると車を一度路肩に寄せて、スマートフォンでバスの情報を検索し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます