サダコの就職編。

kuzi-chan

サダコの就職編。(完)

<この物語は。映画。井戸から出てくる貞子シリーズへのオマージュ作品です>



4月1日の朝が来ました。


今日からサダコは。

住みなれた古い井戸を出て…社会人になります。

裸足の生活も。これで終わりです。

(さあ。行かなくちゃっ。電車…おくれちゃう……)

サダコは。

両手のツメに力をこめて。冷たい井戸の底から…ガリッガリッとのぼってゆきました。

(ああ。まぶしっ……)

サダコは。古い井戸の(へり)から顔を少しだけ出すと…あたりをキョロキョロ見てから。

ぎこちない。(例の動き)で井戸からはい出ると…スゥ〜〜ッと直立しました。


深い雑木林の中は新緑でした。

樹々の葉から。もれ来る真っすぐな太陽光をあびると……あれっ?

サダコは。

自分の。お気に入りの(白いワンピース)が…です。

年代物の古さと汚れで。(灰色のワンピース)に化けているのに気づきました。

でも…大丈夫です。

洗っておいた(替え)のワンピを…イチョウの木の枝からはずすと。

サダコは…キュンとはずかしそうに。

なんの(つい立て)もない。ガラ見えの古ぼけた井戸の横で…ちゃちゃっと。

頭からぬいで…頭から着ました。

洗いたてのフローラルな香りが…なつかしい。

すると。

まわりで見ていた野鳥たちが集まってきては…元気よく。さえずりの大合唱です♫

サダコを祝福しているのでした。


サダコは。

ネット通販で買っておいた黒のパンプスをはくと……。

その…美しい長い黒髪を。後ろでギュッとしばり。

さっそうと。レディースビジネスバッグを肩にかけました。

そして。

チラつく朝の光に目を細めながら……。

(もう二度と。地をはうことは…しませんっ)

と…かたく心にちかうのでした。


サダコは。

住みなれた古い井戸を薄暗い雑木林を。ズンズンと歩き…出ました。

もう。決して。戻ることは無い…と思うと。

もう一度だけ。最後に…もう一度だけ。

過去の自分に(お別れ)が言いたくなりました。

そして…サダコは。

朝日をあびても。しげって暗い雑木林のほうをふり向くと…目がしらを熱くして。

(さようなら。ありがとう。私の井戸さんっ……)と。

白く…はかない。日本人の笑顔で…ささやく小声で。お別れのあいさつをしました。


サダコの決意に足取りは軽く。

サッササッサと…前進に迷いはありませんでした。

と…首から下げたスマホに。たった今…メッセージがありました。

……本日入社式おめでとうございます。お気をつけて。来社お待ちしております……


うれしかった。

サダコは…うれしかった。

三度確認してからスマホをバッグにしまうと。

朝日を背に…元気に駅に向かうサダコでした。

(普通って…いいなあ。がんばろう……)

サダコは。朝食をぬいても…今のところ元気でした。

畑の向こうに。小田急線のロマンスカーが小さく見えました。

あこがれのロマンスカー。

(最初のお給料いただいたら。新宿から終点まで乗ってみようかなあ……)

サダコは。電車がとっても好きでした。


今朝は…町田まで。

急行で行くのですが…やっぱり。お腹がすいてきて…少し不安なサダコでした。

気がせっていたので早めに駅につき…10分以上…時間があります。

入社式の途中。お腹がグーッと鳴ったら大変なので…迷わずサダコは。

駅構内のコンビニで玉子サンドを買い。

自由通路の奥の(すみっこ)で。隠れて背中を見せながら…立ち食いしました。


でも…目立ちました。

後ろ向きとはいえ…朝の通勤通学の時間帯です。大勢です。

白いロングワンピースに黒のパンプス。

黒いレディースビジネスバッグに…むすんだ長い黒髪。

お腹にはブラ〜ンとたれてる…スマホが。

いやいや…その…いくら壁を向いてるとはいえ……。

一心不乱に玉子サンドを(ほおばる)若い女性の姿は…やっぱり目立ちました。

サダコは気づいていません。

無心で食べてるからです。

ちょっと…かわいいですね?って…感じる(お方)も…おられるようで?

数人のビジネスマンが。ニッコリと…見守っていました。ご苦労様です。


(お〜いお茶)で。

歯についた玉子サラダを流すと…改札に向かったサダコはとまどいました。

スマホにチャージ…してなかった。無理もありません。井戸住まいには…必要ないし。

あせったサダコは。

切符を。もたもたしながら…やっと買うと。ダッシュで階段をおりました。

間違いました!

反対のホームでした!

あせったサダコは。またダッシュして階段を上がると……。

通路の下に入ってくる急行が見えました。

あせったサダコは。

またまたダッシュして階段をおりました。

ホームから上がってくる群衆の群れっ。

ひるんではいけないっ。

ほんとはダメなんだけど(今回だけは。ゆるしてくださいっ)と…サダコは。

なんとかギリギリ。駆け込み乗車をして…セーフでした。

ほっとした…サダコでした。


町田は東京です。

でも。なんか。小田急線なんだから…神奈川でもいいんじゃない?

って…思っているサダコでした。


古井戸の中から出不精だったサダコにとって。町田は大都会でした。

この町から出なくても…生活には困らない。そう…思ったみたいです。納得です。

サダコは。

もう…ウキウキ感でいっぱいでした。鼻息が…フゥーッでした。

無理もありません。

長い間。暗く深い井戸の中で暮らしてきたんです。はじけたい年頃です……。


大都会に。クラクラしながら会社についた…サダコは。

大都会の裏通りに立つ。こじんまりとしたビル。雑居ビルの中へ入ってゆきました。

一階は。居酒屋とコンビニ。

二階は。昭和レトロな喫茶店と100円均一。

三階は。学習塾と不動産屋と美容室。

四階が。サダコの会社…小さな商社がありました。

ワンフロアに会議室が一つだけあって。そこで。これから…入社式が始まるのです。


新入社員は一人。サダコだけでした。


エントリーシートを150社に送り。一社だけ…サダコに興味を示してくれたのが?

目の前の(ハゲおやじ)…ノン…社長さんでした。ズボンがやたらと…短めでした。

イスにすわるとねっ。

ズボンの(すそ)がヒザまで上がって。スケスケの。薄い黒のくつ下が…これまた長くて。

社長さん本人は。

ちょい。ダンディー風なコーディネートだと…思ってるふしがあって。

イタリアの高級スーツは。確かに。高そうでしたが……。

サダコと(ハゲおやじ)…ノン…社長さんと二人いるだけで。会議室内は……。

お笑い芸人が…余興のために待機してるんじゃないかと錯覚するくらい。

爆笑エンターテイメントな空気に…満ち満ちていました。

二人のキャラは強烈でした……。


イスとテーブルをハジによせた会議室で…入社式が始まりました。

10人ほどの社員と社長さん。そして。部屋の角にヌーッと直立しているサダコ。


(ハゲおやじ)の社長さんが。

サダコの…向かい側の角から。サダコや社員さんたちに言いました。


「新入社員のサダコさんは。たいへん苦労をなされ。わが社にこられました」

「わが社には。女子寮があります。青森…岩手…秋田から来たお嬢さんたちです」

「サダコさんの出身は…古い井戸ですっ。下高井戸ではございませんっ」


どっと笑いがおきましたっ!

「ちなみに。電気もガスも…ございませんっ」

「水はっ…ございます。使い放題ですっ」


またまた。どっと笑いがおきましたっ!

サダコは。

(おい。こら。ハゲおやじっ。ふざけた野郎だ…)と…プンプンしましたが。

サダコも大人になりました。まあ…まあ…そのぐらいはね?…と。


ハゲおやじの社長さんは続けます。

「サダコさん。預貯金は。まったくありません…」

「ただ。時々。テレビの画面からヌーッと出てきては…」

「ビックリした住人の。落としていった財布から。ちょっぴりだけ…ハイシャクして」

「夕方の。値下げした…半額弁当やお惣菜。ゲットしたそうですっ」

「資格や特技は身を助ける……ですっ」


またまたまた。どっと笑いがおきました!

サダコは。

(なんだなんだ…ハゲおやじっ。3割引きの時だってあるんだ。バカにすんなっ)

と…プンプンしながらも納得してました。

その時。

目の前の…10人ほどの社員さんたちを見ていたサダコは。

笑顔…笑顔…笑顔の連続に接して。

(ああ。いいな〜〜。人の笑顔や笑い声。これが普通の生活。よし。私もっ)

と…そんな風に感じていた…サダコでした。


ハゲおやじの社長さんが。最後に…こう言いました。

「サダコさん?」

「いつでもいーです。こまった時は遠慮せず。まわりに助けを求めなさい…」

「だれひとり。あなたを。見捨てません。あなたは…もう。わが社の家族ですからっ」

「口論も良し。反発も良し。信頼があれば…すべて良しっ。以上です」


サダコは泣きました。

生まれてはじめて…人前で泣きました。


あたたかい拍手でした。

それは。たった一人の。かわいい新入社員のサダコへ向けられた…熱い拍手でした。

(ああ。ここで…生きてゆこう。)

そう。心にちかった…サダコでした。


外は。満開の桜でした……………。


<おわり>

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