第22話 終幕 鳥籠の中で 6-2


「……っ……」


 目が覚めると、そこはもう見慣れた天井だった。

 国会議事堂地下にある戦旗の本部、その医務室だ。

 上半身を起こす。

 何か夢を見ていた気がするが、思い出せない。

 暖かかくて冷たい、そんな感じの曖昧な夢。

 結局思い出せなくて、まあ夢なんてそんなものかと考えるのをやめる。


「よかった、ちゃんと生きてるみたいね~」


 間延びした声で冗談を叩いたのは、体に包帯を巻いた天華だった。


「天華さん、それ……」

「うん。あの神様、ヒルメちゃんが大禍津童子って言ってたんだけど、それのやつ」


 燈の視線は、天華の首と手に巻かれた包帯に注がれていた。

 戦旗にはマリアという名の、一級の看護師がいる。

 マリアは対象の怪我や聖遺物による病気、怪我を直す聖遺物を持っていて、基本的には傷など残らないため、包帯などはあまり使われなかった。


「流石は神様ね。マリアの聖遺物でも治癒に時間がかかるみたい」


 苦笑いを浮かべる天華。

 燈も自分の体を見てみると、患者服の下が包帯でぐるぐる巻きにされているのが分かった。

 気が付いたら確かに体は重いし、チクチクと小さな痛みを感じる。


「燈が一番の重傷だって、マリアが言っていたわよ」

「う、また後で何か言われそう……」

「ふふ、仕方ないんじゃないかしら。いつも怪我だらけで、ここに運ばれてくる筆頭患者だもの」


 こらー、と頬を膨らませて起こるシスター服の少女を思い出して、燈は微苦笑をした。

 にしてもなんだかんだで、ほぼ全快まで直されているのだから凄いものだと感嘆する。

 燈の体は、むしろなぜ生きているのかと思いたくなるほどの深手と、病死一歩手前の大量の疾患で侵されていたはずだ。

 現代医学ではどうしようもないほどの、よく言っても半死人レベルの傷、それが見る影もない。改めてマリアの凄さを実感する。

 ふとそのとき、アーサーのことを思い出した。


「あの、天華さん」

「何かしら?」

「僕たちを助けてくれたのって、もしかして……」

「ええ、アーサー王よ」

「やっぱりそうですか」

「なんでも国会議事堂の前で放り投げて放置だったらしいわ」

「ええ……」


 アーサーは戦旗と敵対しているので、確かに直接基地に乗り込むことはできないだろうが、いくらなんでも重病人三人を国会前で捨てるのは、あまりにもあんまりだろう。

 周囲は騒然となったに違いない。

 目撃者の記憶操作や後処理など、雑務に追われている職員のことを思うと、申し訳なくなった。


「というか、アーサーはここのことを知っていたんですね」

「ええ。基地の場所が割れていると知って、本部は大慌てらしいわよ?」

「そんな他人事な。ヴァルゼナードさんは?」

「――かまわん、の一言だってヒルメちゃんが」


 似てない上司の物まねを披露しながら、天華は刀耶のことも教えてくれた。

 どうやら無理をして隔絶境界を連発しようとした反動で、深く寝込んでいるらしい。

 あと一日二日もすれば、マリアの聖遺物もあって無事目を覚ますだろうとのことだった。

 燈はベッドから降り立つ。


「どこに行くの?」

「春陽ちゃんのところに」

「そう」


 今はなんだか、無償に彼女に会いたかった。

 燈がそういうと、天華は穏やかな表情を見せた。


 *

 

 春陽の眠る病室、そこに行くと先約の姿があった。


「おや、起きたのですか」

「ヒルメちゃん」

「傷の方は?」

「もう大丈夫」

「体だけは丈夫になりましたね」

「あはは……それで、なんでヒルメちゃんはここに?」


 ヒルメの隣まで近付き、疑問に思っていたことを口に出す。


「私の張るこの保護結界に、僅かだけ妙な気配を感じたので、様子を見に来ました」

「妙な気配?」

「ええ、上手くは言葉にはできませんが、まるでこう蝋燭の火が揺れるような小さな鼓動、みたいなものです」


 よくわからない燈は、首を傾げた。


「この結界ってヒルメちゃんがやってくれてたんだ。てっきりマリアちゃんかと思ってた」

「マリアの聖遺物はあくまで他者を癒すものです。結界などは貼れません」

「そうなんだ。……ありがとうね、ヒルメちゃん」

「構いません。この程度なら、手間ではありませんからね」

「それでも、だよ」


 もう一度だけヒルメに感謝を伝えると、そうですか、と不愛想にヒルメは受け取った。

 なにも異常は見受けられなかったのか、一通りの検査を終えると、ヒルメは首を傾げながら病室を出ていった。

 穏やかに眠り続ける胸に穴の開いた少女。

 燈は黙って傍に立ち続ける。


「春陽ちゃん、ありがとう」


 静かに言葉をかける。

 死に際に聞こえた春陽の声、あれをやっぱり幻聴だなんて思えなくて、いや例え幻聴だったとしても、春陽の存在に支えてもらったことに変わりはない。

 嬉しかったと同時に、情けないとも思う。

 燈は春陽を取り戻す決意してから、まともに戦えたためしがない。

 それはひとえに、燈が弱いのが原因だ。

 今回の大禍津童子も、結果的にみれば討伐に成功したが、アーサーがいなければ間違いなく燈は今ここにいなかっただろう。

 力が欲しいとは思わない。だけど、大切な人を取り戻せる強さが、欲しい。

 矛盾だ。けれど、それが今燈の胸の内にある本心。


「また、来るね」


 人になろうとした少女に、誓うように呟く。

 燈の黒い瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。

 そうだ。燈は必ず春陽を取り戻す。

 何気なかったはずのあの大切な人日々を。

 若き魔人は己自身に、そう誓うのだった。


 *


「そう餓鳴がなるな。なに、少し面白い男を見つけてな」


 東京スカイツリー、その展望回廊の屋根の上に座り、東京の夜景を一望しながら――剣王は含み笑った。

 見える人影はアーサーのみで、話し相手はこの場にいない。

 通信魔術による遠隔通話だった。


「ああ、俺好みの阿呆だ。おそらく、お前も気に入るぞ」


 通信魔術はこの業界においてポピュラーな魔術の一つだ。

 科学技術が発達し、今では誰もが遠くの相手と簡単に話せるようになった。

 そのせいで廃れつつある魔術の一つでもある。

 通信魔術は、携帯とは違って超遠距離で話すことは難しいのだ。

 だからこそ、今こうしてアーサーと話している人物は異常だった。

 なぜならアーサーの通話相手は、海を渡った先の国――ブリテン島にいるのだから。


「それとな、この国の組織と


 アーサーの脳裏に過るのは、結果的に自分と引き分けたヴァルゼナードの姿だった。

 全力でなかったとはいえ、あのとき、アーサーは紛れもなく本気で戦った。だが仕留めるに至らず、互いに痛み分けという形となった。


「鞘? ああ……おおよその見当はついた、明日……いや、三日後に取りに行く。ふ、この日本とやらは存外に楽しくてな。真面目にキャメロット日本支部を創ろうかと考えている」


 くつくつと喉で笑いを転がしながら、アーサーは立ち上がる。


「そちらも問題ないさ。――神代再生、千年前の続きと行こうか」


 剣王は世界の全てを睥睨して、高らかに歌うように言い放った。

 雲に隠れた月が次に姿を見せるころ、もうそこには誰もいなかった。



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あえかなる世界のツァラトゥストラ 桃原悠璃 @ryuu04

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