第21話 終幕 鳥籠の中で 6-1
桜咲春陽の短い人生を動物に例えるなら、きっと鳥だろう。
そう言うと、きっと大多数の人間は空を飛ぶ自由で気ままな鳩などを思い浮かべるかもしれないが、春陽の場合は違う。
――飛びたくても飛べない鳥。
平たく言ってしまえば、それだった。
別に飛ぶための羽がない……ストレートに言ってしまえば、身体的欠損とかがあった訳ではない。ただ、暗い鳥籠の中で生まれてしまったから、飛びたくても飛べないのだ。
どういうことかと言うと、春陽はとある悪神によって造られた人工的な生命体であり、ある場所から出ることを許されなかったのだ。
春陽を創った父親は、自分をアカ=マナフと名乗り、天子と呼ぶように言いつけた。
理由はない。ただなんとなく気分がいいから、天子なのだとふざけた調子で言っていた。
そんな
生まれたばかりの頃は、ほとんど自我みたいなものはなく、感情はないに等しかった。
だからそんな話を聞かされても、そうなんだ程度にしか思えなかった。
それをつまらないと思ったのだろう。
お喋り好きな天子は、春陽に感情を与えることにした。正確に言えば感情の下地となる自我を。
感情を育むために、色んなものを上げた。本だったり、ゲームだったり、玩具だったり。
中でも特に気に入っていたのは、テレビと小説だった。
自分の知らないものがある。それに興味が湧いた。
学校という春陽と同じぐらいの背格好の人間が通う場所があるらしい、学生たちは青春という不思議なものを体験するらしい、人間は互いに愛を育んで支え合って生きているらしい。
一方で、自分にとって人間とはなんだろう。
簡単だ、食事だ。春陽の体は定期的に人間の体を食らわねば保てない。
本当は人間の体よりも魂の方を必要としているのに、魂ではなく人間の体を食らわねば生きられないように設計するなど、天子は悪趣味だった。
食べなくていいのなら春陽だって食べたくない、だって美味しくないから。
本を読んで、テレビを見て、もし自分がそうだったらと夢想する。
それが春陽の日課となった。
そうしていく内に、だんだんと興味ばかりが募っていく。
いつしか外に出たい――学校へ行ってみたいと、そう思うようになった。
転機が訪れたのは、一年後。
夢想の日々を一年も送り続けて、ある日唐突に、天子から学校へ行ってもいいと言われた。
別に春陽に愛着が湧いたからとか、そんな理由ではない。
今まで信者を餌にしていたが、人数が減ってきてしまい、外の人間を食べるように言われたのだ。
嬉しさがこみ上げて、夜は眠れないほどだった。
周りと溶け込むための知識を調べて、他者から不快に思われず、好感的な印象を与える丁寧な喋り方も覚えた。そして戸籍の偽造や入学申請など色んなもの乗り越えて、入学式を迎えたその日に――枢摩燈と運命的な再会をした。
そう、運命だ。この出会いと再会を、桜咲春陽は運命と呼称する。
彼は覚えていないだろうが、実は入学式前に一度、燈は春陽とあっているのだ。
受験に際して開かれた高校見学、そこで当時中学生だった須藤たちに絡まれたいた別の学生を庇ったのが、燈だった。
必死に怯え、例え殴られても、引くことをせず誰かを守ろうとしていた。
弱いのにそんな行動にでる人間もいるのか、とそのときはそれだけだった。その日の帰りに、たまたま学校から少し離れた場所で燈を見つけた。
木から落ちた猫を助けるために、アスファルトの上でヘッドダイビングをしたところだった。
自分が傷付くことも厭わずそんなことができる燈に、少しだけ興味が湧き話しかけたのだ。
どうしてこんなことをするのか。そう聞くと、困ったように彼は笑って、
「わかんない」
と、そう頭をかいた。
理解ができなかった春陽は、再度聞き返す。
「善意、じゃないと思う。ただ困っている誰かを見捨てたら、後で助けた方がよかったんじゃないかとか、僕が見捨てたせいでなんかあったらどうしようとか、そんなことを考えちゃうから、それが嫌なんだ。だから結局は自分のためだよ」
そういって申し訳なさそうにしていたけれど、それを実際に実行できる人間は少ないと、後になって理解した。
髪型も話し方も変わっていたから燈は気付かなかっただろうが、入学式で再開したときは何故か分からないが少しだけ気持ちが弾んだ。
そうして一年を一緒に過ごす内に、燈に惹かれていった。
同時に、裏で自分がしていることの罪深さが分かった。
人を食らって己を保ち続ける。
大事だと思える相手ができて初めて、その行為が人道にも
――人を食らい生きる私は人ではない。
いつしかそんな自責の念じみた怖い、けれど純然たる事実が春陽の頭の中に横たわるようになった。
そして恐怖が膨らむのに比例して、なおのこと人間になりたいという願いも膨らんでいく。
酷い矛盾。そんなことをすればするほど、
後悔と矛盾と罪悪感を抱えて、ごめんなさいと泣きそうになりながら人間を食べる。
泣きたいのは食べられた方だというのに。
あるとき、燈の祖母の話になって、思わず羨ましいと言ってしまったことがある。
もし春陽が燈の家族だったなら、こんな自分を𠮟って味方してくれると思ってしまったのだ。
最悪の願い。
思わず聞かれてしまったときは、そんな家族がいないと、ある意味で本当のことを言って誤魔化した。
壊れそうになる日々を送って、遂に運命の日がやって来る。
春陽が捧げられる儀式の日。準備のために一ヶ月も前から引き戻された。
ただ少しだけ、いやかなり、胸の内のほとんどを占める割合で、燈と会えなくなると思うと寂しかった。
けれど来てしまった。
「やめろおおおおおお!」
必死の形相で自分に手を伸ばす燈が愛おしかった。
心臓が抜き取られて、こんな自分のために泣きそうになってくれる燈が好きだ。
春陽は思う。こんな自分が燈に触れて、好きだという資格があるのだろうか。
『んな……っざっけんなよ! どいつもこいつも! 皆そんなにこの子を殺したいのかよ! この子がなにをした! お前らに……ゴボッ、おばえらに、殺されなきゃいけないような、そんな、悪いことをしたのかよ!』
自分の所業を知り得ない少年に、思わず苦笑いが零れそうになる。
私は悪い子なんですよ、そう言いたかった。
暗闇の中、遠い場所で自分のために怒ってくれているあの少年を、自分は……。
春陽は願う。これから先、きっと自分のせいで燈は苦しむことになるだろう。
そういう世界へ、春陽は彼を誘ってしまった。
だからどうか聞き届けてほしい。
――彼を助けたい。
捧げられ、適合者となってしまっていた魂だけの少女は、そう願った。
だからこそ人類史上、初めて誕生した己の主人の願いを叶えるため、聖遺物――『開闢の光輪』は己の主人のために涙を流す少年を選ぶ。
『みんなみんな、全部――ぶっ壊してやる!』
――願いは聞き届けられる。
始まりの夜に、魔人が生まれた。
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