ヒヨコと俺

青空爽

第1話

 十五年前。

 俺はまだ三歳のハナタレ小僧だった。

 その日も友達と陽が落ちるまで遊んだ俺は、泥んこになりながら家に帰る道を歩いていた。

 すると、前方で三匹のスライムがピョンピョン飛び跳ねていた。何をしているのかと思い目を凝らすと、三匹は黄色いヒヨコに向かって体当たりをしていた。

 体当たりされたヒヨコはペシャリと地面に転がった。頑張って立ち上がると、また体当たりされて転がる。その繰り返しだ。

 これは……イジメだ! あのスライムたち、ヒヨコをイジメている! 


「こらー!」


 怒った俺は、スライムたちに向かって突進した。すると、驚いたスライムたちは慌てて逃げていった。取り残されたヒヨコの元に向かって俺は走る。

 小さなヒヨコはぐったりしていた。


「大丈夫か?」


 ヒヨコをそっと手に載せて話しかけると、ヒヨコは『ピィ……』と小さく鳴いた。

 か、可愛い……!! フワフワな羽毛につぶらな瞳。可愛い……! 可愛すぎる!!

 俺はあまりのヒヨコの愛らしさに、一瞬でトリコになってしまった。


「お前、親はいないのか?」


「ピィ……」


「俺のうち、来るか?」


「ピィ!!」


 行く! と言われたような気がしたので、俺はニコニコとヒヨコにほおずりした。


「いいぞ! お前は今日から俺のペットだ! ピィピィ鳴くから名前はピィな!」


 ピィも嬉しそうに俺のほおに体を擦り付けた。

 可愛い! 


「ピィ。これから俺たちはずっと一緒だ!」


「ピィー!」


 嬉しそうにパタパタ羽を動かすピィを見ていたら、俺まで嬉しくなってきた。

 それから俺はピィを肩に乗せると、大喜びで家に帰ったのだった。


※※※※


 それから十五年の月日が経過した。

 俺は今、あの時ピィを連れ帰ったことを心底後悔している。なぜなら……。


「コウター。ほっぺスリスリしてー」


「ば、ばか! 仕事中に甘えるな!」


「コウタ、大好き」


「黙れよ、もう……」


 俺は頭を抱えた。

 なぜ後悔しているのか? それはピィが人型に変化したからだ。なんとびっくり、ピィはただのヒヨコではなく、鳥人の赤ちゃんだったのだ。

 ピィを拾って十四年間は楽しく過ごした。ピィは十四年経ってもヒヨコのままだったので、おや? っと思ったが、成長の遅い魔鳥の子供ならそれもあり得るなと思い、特に気にしていなかった。変化が起こったのは一年前。朝起きると、可愛かったピィが突然人間の女の子に変化していたのだ。いや、人間とはちょっと違うな。正確に言うと、羽の生えた女の子だ。

 羽の生えた裸の女の子が、俺のベッドに寝ていたのだ。俺はあまりの衝撃に『ギャーー!!』と叫んだのを覚えている。

 それから色々文献をあさり、ピィは魔鳥の子供ではなく、鳥人の子供だったのだと知った。

 俺はほとほと困り果てて、ピィを見つめた。


「ピィ。お前、鳥人だったのか……」


「うん。そうみたい」


「お前はこれからどうしたい? 街に出て、一人で暮らすか?」


「やだ。コウタと一緒にいたい」


「ピィ……」


 ピィが俺といたいと言うのなら、それでもいいか。なぁに、妹ができたようなものだ。なんとかなるだろう。などと軽い気持ちで考えていた。

 両親にもピィが鳥人だったことを話すと、最初はびっくりしていたが、すぐに『可愛い!』と言って大喜びで受け入れてくれた。

 それから両親と俺とピィの四人で、仲良く暮らし始めたのだ。

 そこまでは、良かった。

 俺が心底困っているのは、ピィの俺に対する態度についてだ。

 なぜだか知らないが、ピィは俺のことが大好きなのだ。どのくらい大好きなのかと言うと、俺のお嫁さんになりたいくらい大好きらしい。

 これには俺も面食らった。

 だってピィはあの可愛いピヨピヨ鳴くヒヨコだったのだぞ? それがいきなり鳥人に変化して、俺に好き好き言ってくるのだ。これで戸惑うなと言う方が無理だ。

 今日もピィは俺の仕事場までやって来て、ベタベタとまとわりついている。ちなみに俺の仕事は食堂のウェイターだ。料理を運ぶ俺の周りをピィがチョロチョロしているので、邪魔くさくてしょうがない。

 そんな俺たちを見て、客はニヤニヤと笑っている。


「コウタ。羨ましいぜ。こんな可愛い子にベタベタされてさぁ」


「勘弁して下さいよ……」


「ははは。結婚式には呼んでくれよー?」


 そう言って、客はガハハと笑ったのだった。


※※※※


 仕事が終わると、ピィと一緒に家に向かう。

 ピィはニコニコしながら俺と手を繋いで歩いている。


「コウタ。今日もお仕事お疲れ様ー」


「あぁ。お前が邪魔するから大変だったぞ」


「邪魔なんてしてないもん」


「いるだけで邪魔なんだよ」


 俺の言葉に、ピィはぷうっと頰を膨らませた。


「コウタ、最近冷たい! ピィがヒヨコのときは、いっぱい触ってくれたのに!」


「年頃の女の子にベタベタ触れたらダメだろう?」


「コウタはいいの! もっとベタベタして!」


 俺はハァーとため息を吐いた。

 あぁ……。なんでピィは人型になんてなってしまったんだ……。ヒヨコのままだったら、今も肩に載せたりほおずりすることが出来たのに……。


「俺……。まだ人型になったピィに慣れてないんだよ。だからそう言うこと言われると、困る」


「じゃあ、早く慣れて」


 ……無理だ。今だって、手を繋いだだけでこんなにドキドキしてるのに……。  

 ピィは背伸びしてジィッと俺の顔を見つめた。


「コウタはピィのこと嫌い?」


「そんなことないけど……」


 俺がモゴモゴ口を動かすと、ピィがグイッと俺の腕を引っ張った。引っ張られて体がふらついた。その隙をついて、ピィがチュッと俺の頰にキスをした。


「ピィはコウタのこと大好き! だから早くピィと同じ気持ちになってね」


 そう言って俺の腕を離すと、ピィは照れたように頰を染めて笑った。

 俺の顔が熱を持つ。多分、今俺の顔は猿のように真っ赤だろう。


 本当に困る。

 ピィが人型になってから、心臓がもたない。いつもドキドキして胸が苦しい。もしかして俺は、なにかの病気なのだろうか?


 それを恋だと知るのは、もう少し経ってからの話だ。



 


 


 

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