ある小説家へのインタビュー~挨拶に代えて~
泡沫 河童
第0話
「―なぜ小説を書くのかって?非常に凡庸な質問だね。しかし、非常に重要なことであるのは確かだ。」
「例えば君が旅に出たとしよう。空は晴天、気温は25℃、絶好の旅日和だ。そしてローカル線に乗ってみれば人は殆どおらず、君がするイヤホンから流れる音楽はマイルス・デイヴィスの『Blue in Green』だ。青い空と広がる田んぼの緑、その境目には薄灰色の山脈が列をなしている。その空間を感じながら、君は列車の心地良い揺れの中眠りにつくんだ。」
「ここまでの話は、私が今適当に思いついた情景だ。で、だ。人が旅に出たときに、自分の感動を誰かに共有したい思いが産まれ、はたまたそれ自体が旅の目的と化していたりするが、何かしらの媒体を使用して記録をしようとするわけだね。」
「ある人は写真を撮るかもしれない。それが一番手っ取り早いからね。しかし、写真には”音”と”時間”が入らない。それに移ろいゆく風景を一瞬の”光景”しか切り取れないから”雰囲気”を切り取ることはできない。いや、その行間を感じさせる撮影技術というものもあるんだろうけどね。」
「ある人はビデオを録画するかもしれない。これは音も入れることができるし風景も時間とともに記録できる。技術の革新というのは素晴らしいものだ。だが、”感情”はどうだろう?どれだけ光学的に記録できても、その時間に流れていた主観的な”感情”は記録できない。モノローグを発語し記録することも可能だが、でも、それはいささか冗長だね。」
「文章というのは不思議なものでね、風景を1から100まですべて記述することもできれば、表現をぼかしてあえて読者に想像させることで、読者の経験という記憶を引き出し、むしろよりその読者にとってリアリティの高い景色を見せることができる。」
「また、文章のもつ時間というのは一定の速度ではない。映像は1秒づつ、世界どこでも同じ速度で流れていく。それに対して、文章に起こすことによって、より情動が駆られた瞬間は長く、何もなかった瞬間は短く、筆者は”世界の時間”を操ることができるんだよ。そして、その表現技法を駆使して必要なフレームを描き、読者の想像力で補完させることで追体験させるんだ。それがエッセイだ。」
「想像力というものは素晴らしい。我々は夢想することで無限の世界へ旅をすることができる。ときには時間を引き伸ばし、時には感情を揺さぶり、その世界の一員となれる。作者の夢想の世界で素晴らしいと感じた情景を作者の視点とフィルターを通して文字として表現し、読者の想像力で補完させることで、あたかもその世界が実在し体験したかのような感覚にさせる、それが小説だ。」
「最初の質問に答えよう。私が小説を書くのは、「私という存在を文字を通して君たちの脳へと侵入させ、侵食する」ということに他ならない。」
「私の思い描く夢が読者諸君の脳へと入り込み、想像力に寄り添うことで私と諸君は同化することができるのだよ。それは私が私という個を超越して恒久的に存在し続けることができるという可能性を感じさせてくれるんだ。私は永久に諸君らの中で生き続けることができるんだ。」
「例えこの話を諸君らが忘却したとしても、もしかしたら君たちの以後の体験への視点や想像の形は既に私のフィルターで上書きされている可能性があるわけだ。君たちの背後には、常に私がいるのかもしれないよ。」
「読んでくれてありがとう。そして、これからもよろしく。」
「では、良い旅を。」
ある小説家へのインタビュー~挨拶に代えて~ 泡沫 河童 @kappa_utakata
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