第3話 大穴と、威力3000倍の魔法

 「一瞬で終わらせるって......まさか、あれを使うつもり?」


 「えっ?何なのあれって」

 私が聞くと、シルヴィアは仰々しく後ろを振り向いて答えた。


 「ふふっ......実はローズマリー家には一子相伝の魔術があるのよ。後で教えてあげるわ」


 「一子相伝なのに?」


 そんなふざけたやり取りをしていると、いつのまにか地面が下に沈みつつあることに気づいた。

 周囲には巨大なトゲが何本も生えてきている。どうやら凹んだ地面の分だけ大きくなっているようで、すでにその大きさは私の身長を超えていた。

 

 「戦いの最中におしゃべりは良くないんじゃない?ましては敵に背中を見せるなんて、魔法使いのレベルも下がったもんだね」

 

 かろうじて声は聞こえるが、すでに私たちが立っているところは深い穴に変わってしまい、姿は全く見えない。


 「ちょっとまずいんじゃない!?どうしよう、防御魔法を使ったとしてもここから出られなきゃ意味がないし......」


 「まぁそう慌てないで。この勝負、私たちの勝ちよ」

 シルヴィアの左手には、さっきから彼女が使っているバリアの断片が集まっていた。


 「防御魔法ってのはその名の通り、攻撃を防ぐ力。その魔法を武器として運用するにはどうしたら良いと思う?」


 「う〜ん......なんかこう、防御魔法で身体を覆って突進するとか......」


 「惜しいっ!!1回やってみたけど重すぎてダメだったわ」


 「試したんだ」


 「正解はこれよ。小さなバリアを構築し、分解する。これを何度も繰り返すの。ジークリエ、解除、ジークリエ、解除、とまあこんな風に」


 シルヴィアの手の周りにバリアができたと思ったら、即座に崩れ、また元通りになっていく。

 ぱっと見よく分からなかったが、しっかり見てもよく分からない。


 「シルヴィア......つまりどういうこと?」


 シルヴィアは息を切らしながら答えた。

 「ハァ、ハァ、なんでか分からないけど、こうすると魔法がバグって......自分ごとどっかに飛んでいくの!!これで脱出しましょう」


 バグるという言葉の意味は理解できなかったが、とりあえず『なるほど』と言っておいた。時には理解を諦めることも大切なのだ。


 「さて、遺言は済んだか?安心しな、埋葬くらいはちゃんとしてやるから......埋まれっ!!ディアボロ・グランザ!!」


 上を見上げると、大穴を囲む巨大なトゲが一斉に宙に浮き、衝突と圧縮を繰り返しながら1つの物体へと変わっていくのが分かった。

 もはやトゲというより隕石である。

 とてもじゃないが避けられるようなサイズではない。


 「ちょっと!!ヤバいってあれ!!いくらなんでもオーバーキルすぎるでしょ!!」


 「落ち着いて、あともう少しで魔法が変化するはずよ......来たっ!シーナ、私にしっかり掴まってて。最悪死ぬから」


 シルヴィアは不安定なバリアを両手で握り締めると、小刻みに震え始めた。

 彼女のお腹周りをガッチリと抱きしめていた私にも、その振動がダイレクトに伝わってくる。


 「え、死ぬってどういう」

 「出力3000倍!!エル・ジークリエ!!」


 その瞬間、シルヴィアの手から凝縮された魔力が一気に放出され、その反動で私たちは上空へと吹っ飛んでいった。

 その勢いたるや凄まじいもので、あっという間に浮遊する土塊を飛び越えてしまった。


 「やったわー!!成功よ!!後はうまく着地するだけ......着地?」

 

 「考えてなかったの!?ていうか、その前に木にぶつかって死ぬんじゃ......あっ」

 

 想像通り、私たちは巨大樹の幹に思いっきりぶつかった。

 普通ならばここで死んでもおかしくない所だったが、シルヴィアが散々防御魔法をかけていたおかげで私たちの体はガチガチに強化されていた。

 当然ながら木の幹くらい余裕で貫通する。

 

 そうして私は怖がるシルヴィアを抱きかかえ、地面に落下していった。

 目の前には、見るからに嫌そうな顔をしたドルチェが立っている。

 あれほど大きかった土塊はすでに崩れ去っている。おそらく相手もかなり魔力を消耗しているのだろう。

 

 「参ったね......相手が誰であろうと全力を出すってのがアタシのポリシーなんだけど、裏目に出たかな」

 そう言いつつ、ドルチェは再び杖を構えた。しかし攻撃してくる様子はない。


 「どうする?私はできればあなたと戦いたくない。シルヴィアもさっきの魔法で気を失ってるし、あなただってほとんど魔力が残ってないはず。ここは一旦休戦としない?」


 ドルチェはしばらく無言で考えていたが、やがて杖を下ろし、大きなため息と共に返事をした。

 

 「そうだな。アタシも杖を捨てて殴りかかるような汚いやり口は嫌いでね。魔力が回復したらまた捕まえにいくよ」


 「じゃあ決まりだね。ほら行くよシルヴィア。うーん全然起きない」


 仕方なくシルヴィアを引きずって魔法陣の元へと進む。多少の罪悪感に目を瞑れば意外と楽に運べるらしい。


 「あれ、起きたの?」

  せっせとシルヴィアを運んでいると、急に足をジタバタさせて抵抗し始めた。

 不思議に思って後ろを向くと、牛一頭くらいの大きさを持つ太いトゲが、私めがけて飛んできていた。

 スピードは多少落ちているが、それでも岩を砕くほどの威力はあるようで、周りの地形を破壊しながらこっちに向かってくる。


 「確かにアタシの魔力は残りわずかだった。でも1発分くらいは残しておくのが普通だろ?あいにく情けをかけられるほど弱くはないんだ」

 

 しかしその時、ドルチェの頭上に巨大樹の枝が降ってきた。

 思わず彼女は体勢を崩し、その場に倒れる。

 「......そうきたかぁ」


 さっき幹に穴を開けた巨大樹がベキベキっと折れていくのが見えた。人間より遥かに大きな樹木にはさすがに彼女も耐えられず、呆気なく潰されてしまった。


 「実はずっと起きてたんでしょ?」

 そう言って私は気絶した振りをするシルヴィアの顔をつついた。


 「やっぱりバレてたのね。気を失ってたのは最初だけよ。すぐ目が覚めたわ」


 「そりゃあ相手も騙されるわけだ」


 どこまでが作戦だったのかは分からないが、何はともあれ命の危機からは抜け出せた。

 とりあえずそれで良しとしておこう。

 

 「そういえば......あの人は大丈夫?蘇生魔法くらいはかけといた方が良いよね?」


 「たぶん大丈夫よ。一流の魔法使いならフィジカルもしっかり鍛えているもの」


 「そういう問題なのかなぁ」

 

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ポンコツ令嬢とゆく異世界逃避行 おもち丸 @snowda1fuku

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