第2話 襲撃と、棘の魔法使い

 「さっきから何描いてんの?」

 魔法で出した水を飲んだ途端、急に元気になったシルヴィアは、何やら枝で地面に絵を描いていた。

 「見れば分かるでしょう?魔法陣よ。こうやってちゃんと術式を刻めば、お目当ての世界に転移できるわ」

 おそらく一気に円を描こうとしたのだろう。魔法陣は豪快に歪み、もはや楕円形になっていた。

 「いや〜、ちょっと雑すぎじゃない?」

 「効果は変わらないらしいわよ?ただ......」

 シルヴィアは手を止め、目を逸らす。

 「ただ?」

 「ものすごい酔う......」

 「描き直して」

 「はい」


 シルヴィアに杖を貸し、もっと綺麗な魔法陣を描かせている間、私は遺跡の周りを散策していた。

 苔に覆われて分かりにくくなっているが、壁一面に複雑な模様が彫られている。

 「たぶん神殿とかそういう建物だよね......なんでこんな森の中に建ってるんだろう」

 私はちょっとした好奇心で、遺跡の奥に進もうとした。

 しかしその時、上空から何やら人が降ってくるのに気づく。


 「うわぁ!!今日こんなのばっかり!!」

 巻き添えになるのはなんとか避けられたが、足を滑らせ、尻もちをついてしまった。

 落下音に反応したのか、シルヴィアが大きな声で私に呼びかける。

 「離れて!!まずいわね、こんなに早く見つかるなんて......!」

 私の元に駆け寄るシルヴィア。焦っている様子がここからでも分かる。

 「え、もしかしてシルヴィアが言ってた追手って......」

 「ええ、あいつがそうよ。私を殺すために送り込まれた刺客の1人。そのイカれた戦いっぷりから私の国ではカスと呼ばれていたわ」

 「なんか酷くない?」


 降ってきたのは長身の女だった。ふわっとした銀色の短髪に、雪のように真っ白なローブ。目つきはちょっと鋭いが、少なくともカスなんてあだ名を付けられるほどの狂人には見えない。


 「でしょ?ほんっと酷い言われようだよ。まぁでも相手はローズマリー家の令嬢だからね。礼儀として、ちゃんと名乗っておこう」

 女は白いローブの中から小さな杖を取り出すと、軽く息を整え、こう言った。


 「アタシは棘の魔法使い、ドルチェ・ヴィアランサー!!女王陛下の命により、あんたらを始末させてもらう」

 「私も!?」

 叫んだ時にはすでに杖が向けられていた。

 「ごめんね〜、関係なかったら後で必ず蘇生するから......ってことで喰らえ、グランザ!!」

 「うわっ、本当にカスだった!!」

 ドルチェの周りの地面がボコボコと隆起していく。やがてそれらが切り離され、鋭利な棘の形に変わると、数秒もしないうちに襲いかかってきた。

 

 「相変わらず芸がないわね。ジークリエ!!」

 私はシルヴィアの後ろに隠れようとしたが、放たれたトゲのうち1つが右脚に刺さる。激しい痛みと共に私は跪き、動けなくなってしまった。


 「痛っ......!!」

 「シーナ!?ごめんなさい、防ぎきれなくて」

 「大丈夫......!これくらいなら治癒魔法でなんとかできるから、シルヴィアは自分の戦いに集中して」


 シルヴィアは少し躊躇いつつも、ゆっくりと頷いた。そして棘の嵐が止むと、彼女は防御魔法を解き、前へと歩いてゆく。


 「私も名のある貴族の家に生まれたからには、礼儀を大事にしているのよ。身分に関わらず、誰に対しても敬意を持って接する。それがローズマリー家の思想ですもの。けれど......」

 シルヴィアは右腕を思いっきり前に突き出し、相手を指差した。

 「貴女はその価値すらない。ここで叩きのめす」

 ドルチェは笑みを浮かべて答えた。

 「良いね。戦いってのはこうじゃなくっちゃ」


 シルヴィアは拳を、ドルチェは杖を構え、再び戦闘体制に入る。

 傷の痛みと、治癒魔法の副作用で思考がぼやけていく私の頭でも、その異質さは理解できた。


 魔法使いにとって杖とは、魔法を操るだけのものではない。体内の魔力を効率よく変化させるための道具であり、いわば臓器に等しい。

 だがシルヴィアは杖なしで何度も魔法を使っている。常人ならとっくに魔力切れになっているはずなのに。


 そんな中、シルヴィアが口を開いた。

 「シーナ、安心して。私だって10年もの間研鑽を積んできた立派な魔法使いよ。これ以上長引かせたりはしないわ......一瞬で、終わらせる。」

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