ポンコツ令嬢とゆく異世界逃避行

おもち丸

第1話 異世界転移と、巨大樹の世界

 今日、私の家は全壊した。それも、空から落ちてきた少女によって。


 そもそもどうしてそんな事が起こったのか。事の発端は1時間前に遡る。

 私の家は王都の一角にある。物心ついた時からこの街で暮らしてきた私は、しがない魔法使いとして平穏な日々を過ごしていた。

 

 そんな日の朝だった。久しぶりの休日ということで爆睡していた私は、家中に鳴り響いた鈍い音で目を覚ます。


 「う〜ん......なに?何の音?」

 眠い目を擦りながら1階に降りると、ようやく私はこの酷い状況に気がついた。

 「うわっ、何これ!!壁に穴空いてるし、食器とか全部割れてるし......」

 家の被害は相当なものだった。かろうじて2階は無事だったが、1階はボロボロになっている。

 外に出てみると、横から巨大な槍を突き刺したかのように、家が綺麗にくり抜かれていた。

 扉はもはや存在しない。ここで生活できるとしたら獣かモンスターの類である。


 「ふぅ......危なかったわね。防御魔法を使っていなければ即死でしたわ」


 見知らぬ声に反応し、家の奥を覗き込むと、瓦礫の下から16歳くらいの少女が出てきた。

 砂埃にまみれているが、ところどころに細かな刺繍が施された、高級そうな服を着ている。

 

 「女の子......?待って!今治癒魔法を......」

 私は不思議に思いつつも彼女の元に近づいていった。その時である。

 「ジークリエ!!」

 彼女の声と同時に、私たちの周りにバリアが張られていく。完全に半球が出来上がると、今度は四方八方から細長いトゲが飛んできた。

 人間の足くらいの大きさとはいえ、その威力は凄まじい。築30年の我が家にザクザク穴が空いていくのは正直辛かった。


 「これ以上は危険ね......そこの方!私に捕まっててちょうだい!一旦逃げるわよ!」

 彼女は私に向かって手を差し伸べる。

 「どうするつもりですか!?」

 「見てれば分かるわ、だから早く!」

 言われるがままに手を握ると、足元に複雑な紋様の魔法陣が現れる。しかしすぐに視界は眩い光で遮られ、空に浮いているかのような奇妙な感覚に包まれた。


 しばらくして目を開けると、そこは見知らぬ森の中だった。木々は異常に大きく、カラフルなキノコが宙を舞っている。

 だが身体が思うように動かない。強烈なめまいに襲われ、気づけば意識を失っていた。



 意識が戻った時には、何やら遺跡のような所で横たわっていた。石の上で寝ていたせいか、背中が少し痛い。

 「あら、目が覚めたみたいね。気分はどう?」

 少女は私の枕元に座り、リンゴに似た果実を食べていた。甘酸っぱい香りが辺りに漂う。

 「ここは......?」

 「そうね、正確な名前は分からないけれど......便宜上、異世界とでも言っておきましょうか」

 

 信じられないような話だが、さっきから空にフワフワ浮かんでいるキノコが信憑性を高める。

 木々だって普通はこんなに大きくない。王都にある城も相当巨大だが、ここにある木はその倍くらいの高さがある。


 「巻き込んじゃってごめんなさい。倒れたのはおそらく転移酔いのせいね。安心して、すぐ慣れるから」

 彼女はそう言うと、食べかけの果実を茂みに投げ入れた。中に小動物でもいたのか、ガサガサと音が鳴っている。

 「私はシーナ・ベルベット。魔法使い。助けてくれたことはありがとう。でもあなたは一体何者なの?いきなり家をふっ飛ばしたり、さっきから不思議な事が多すぎる」

 服についた土を払いながら私は聞いた。すると彼女は立ち上がり、堂々と答える。


 「ふふっ、よくぞ聞いてくれたわね。私はシルヴィア・ローズマリー。ローズマリー家の長女にして帝国一の魔法使いよ」


 シルヴィアと名乗る少女は、見た目の割に威厳のある喋り方をしていた。

 長い金髪とサファイアのような青い瞳が印象的で、時代が時代なら傾国の美女になれるような、美しい容貌をしている。


 「ところで1つ頼みがあるの」

 シルヴィアは私の手を握り、顔を近づけてこう言った。

 「実は私、命を狙われてるのよ。これも何かの縁だと思って、助けてくださる?」


 心臓の音が大きくなっていくのを感じる。歳下の少女とはいえ、額がくっつきそうになるほど近寄られると、無意識に目を逸らしてしまう。


 「た、助けるって言われても......」

 「側にいてくれるだけで良いの。私も貴女も、元の世界に帰らなくちゃならない。それは決して1人ではできないことよ」


 私が返事に詰まっていると、彼女は急に顔色が悪くなり、なぜか後ろを向いてしまった。


 「あの、大丈夫?どこか具合でも悪いの?」

 シルヴィアは口を抑えながら答える。

 「いえ、そんなことは......あっ、やばい」

 シルヴィアはものすごい勢いで食べた物を吐き出した。


 花のように美しく、高度な魔法を操る彼女にはまるで似合わないその光景。

 私は動揺しつつも彼女を横にさせ、気休め程度の治癒魔法をかけた。


 「森に生えてる物なんか食べるから......」

 「うぅ......だってリンゴは美味しいじゃない」

 

 私はここで初めて理解した。あんなに凄い魔法が使えるシルヴィアが、どうして私に助けを求めたのか。

 たぶん彼女は生粋のお嬢様なのだ。魔法や社交の知識さえあれど、他はそんなにだろう。

 

 「私が守らなきゃ......!」

 シルヴィアの背中をさすりながら、私は呟いた。


 

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