第11話 呪いの足音
「休暇の間の外出?構わないよ。…おや、エルマのところにみんなで行くのかい?気を付けて行ってきてね。…僕から皆に、お小遣いをあげたほうが良いだろうか?」
「だ、大丈夫です!先生!魔法陣依頼の報酬、ちゃんと貰ってますから!」
嘘の感じられない表情で生徒を気遣うニルに、どこか気まずい思いを感じながらも、無事外出許可を貰えた一同は安堵した。
「休暇まであと一週間か…汽車の予約もしたし、宿もエルマの母さんに許可が取れた」
「私はなんだか、毎日気を遣っているようで肩が凝りました…」
ユースティスの話を聞いてから既に半月が経過し、一番苦労したのはいつも通りに過ごす事だったであろう。
あなたを疑っているので接触を避けます、などと言える筈も無く、正直者なサーシアは特にボロが出そうで、ハイネやニルとの会話中に、グレイグが上手く誤魔化す事などしょっちゅうであった。
ユースティスは一切気にしていないといったところで、いつも通りであったが。
この間に出来る事は、資料を探して読み込む程度なもので、三人はしょっちゅう図書室に入り浸っている。
しかし、呪術に関する情報というのは数少なく、調査は難航していた。
「呪術って、こんなに研究が少ないものなんですか?」
「そうだなあ…やっぱ学問としても人気は無いし、危険とか禁忌とか、そういうイメージが強いかもなあ」
「魔王と呪術の関係が根深いなら、魔法協会の手が入ってるのかもね…でも、結局は使い方だよ。これ、簡単な術なら魔法契約より手軽で使い勝手がいい」
「えっ?!呪術…試したんですか?ユースティス先輩…?」
「うん」
淡々と返事をするユースティスに、グレイグはずいと身を乗り出して尋ねる。
「散々警戒するだなんだ言っておいて、お前!平気なのか?!」
「恐らく。二人を対象に呪術かけてるけど、何とも無いでしょ」
突拍子も無く出てきたその言葉に、二人の時間は一度止まる。
「へっ?わたし…たち…?」
「は、はあぁ?!事前に!言えよ!馬鹿!」
グレイグは抗議の意を込め、ユースティスの肩を掴み、思い切り揺らす。
「ど、同感ですが…グレイグ先輩、ユースティス先輩の頭が取れちゃいますよお…」
サーシアに制され、息を切らしながら席に付き直すグレイグ。
ユースティスは悪びれもせず話を続ける。
「所感としては、魔法契約は書面の同意で、呪術契約は"約束"って感じかな…」
「約束…?」
「思いの強さ、それが転じて呪いになってしまっただけで、本質は似ているかも…魔法もそうだけど、きちんとした決まりがある規則的なものに思えて、最終的に辿り着くところは、なんか…すごく感情的なんだ。不思議なものだよね」
「はぁ〜…そうですねえ」
「全く分かってないのに返事するな、サーシア。っていうか、早く呪術を解け」
気づけば賑やかに話をしている三人を見て、本を閉じ一息ついたエルマが呟く。
「あの三人、最近仲良いわね」
横にいたタオもまた一段落したところだったのか、笑いながら返事をする。
「なんだ、妬きもちか?エルマ」
「なっに、言ってるのよ…休暇中の話し相手が出来て良かったじゃない」
「俺達が帰省してしまって、毎年寂しがっていたからな」
「ユースティスも
「あれは…片付けは大変だったが圧巻だったな…だが、今年は休暇中も顔を合わせるんだろ?母君に挨拶が出来るじゃないか」
「挨拶って…別に友達呼ぶだけじゃない。みんなもいるし」
「ふうん…そうか、楽しみだな」
「何笑ってるのよ!」
「いやいや、何でもない。今度皆にもうちの国に来て欲しいな」
不本意そうなエルマを楽しそうに見ているタオだったが、一転して心配そうな顔をして呟いた。
「しかし…ハイネは最近部屋に篭もってばかりで心配だな」
「そうねえ…色々聞いても、大丈夫しか言わないし。根詰めてないと良いけど…」
####
時を同じくして、ハイネの自室。
そこには、魔法陣に向き合うハイネと、ニルの姿があった。
「うん、上出来だ。これが呪術の基本だよ。理解が早いね、ハイネ」
「は、はい…!」
ハイネは、いつもの穏やかな顔とは異なる、少し疲労が見える険しい顔で、ニルの話を熱心に聞いている。
「でも、ここからが本番だ。君がやろうとしていることは、とても難しい内容だし…危険も伴う。今回は僕が…」
「僕がやらなきゃならないんです。先生、お願いします」
「…分かった、その決意に順じよう。ただ、僕も昔同じ様な事をして、結局大きな代償を払ったから…上手くいったとして、ハイネもどうなるか分からないよ」
「構いません。…僕は、家族の為なら何でもします」
彼にしては珍しく、強く言い切ったその言葉に危うさを感じ、ニルは口を開く。
「…一つ忠告を。呪術は元々、強い思いから生まれてしまった術法なんだ。のめり込み過ぎてはいけないよ、逆に呪いに呑まれてしまうから。そうなると、取り返しがつかない…常に冷静に術を扱うことを忘れずにね」
ハイネは、疑問に思っていたが尋ねていなかった事を、つい口に出してしまう。
「…先生はなぜ、呪術に関しても…こんなに詳しいんですか?」
「…昔…ちょっとね。色々あって…」
言いにくそうに言葉を濁すニルに、ハイネは慌てて頭を下げた。
「すみません、余計なことを…」
「いや、いいんだ。じゃあ、続きをやろうか」
「はい、よろしくお願いします」
####
北方の都市、ハツェルス。
そこから更に北に向かった山間の小さな教会に、深く外套を被った長身の男が訪れていた。
朽ち果てた教会に生き物の気配は無く、逆に漂うのは、隠すことの出来ない死臭と、呪詛の残滓であった。
「はあ〜…また呪術…この叩き潰しても百年単位で毎回湧いてくる感じ、何?害虫?」
ぐるりと教会の中を見回し、痕跡を追う。
どこも濃い呪詛が残るものの、一際酷く呪いが漏れ出している祭壇を思い切り蹴破ると、地下へと続く隠し階段が現れる。
「いかにもってやつなァ…あ〜、気分悪…黒板を爪で引っ掻いた時みたいな不快感…」
暗く、狭い階段を下りる。
大昔、呪いに喰われそうになった時の事を思い出し、男は内臓が捩れるような感覚に身震いした。
「まあ、アレに比べれば大抵のものは…ああ、これだな…クソ、酷いもんだ」
地下にあったもの。予想は出来ていたが、気持ちの良いものでは無い。
デタラメな魔法陣らしきものと、折り重なり、骨なのか肉なのか、元の形も分からなくなった──"かつて人間だったもの"達に、男は祈りを捧げた。
「…万物に魔素は巡る。彼の者の慈愛は全てに訪れる。どうか安らかに。…こんな道を選んだあんたらには、気休めだろうが…」
丁寧に弔ってやりたい気持ちもあるが、まだこのままにしておくように指示を受けている。
これらを手引きした人間に関する手がかりが無いか辺りを見回すと、恐らく主導者であろう、身なりがそれらしい者が目に付く。
手元に落ちていた、汚れた紙の束を拾い上げた。
「えー…〈新たな救い〉…〈叛逆の力を〉…」
いくつかの単語をなぞっていくと、一際強調された、身に覚えのある一言が記されていた。
「…〈"魔王"の復活を 今〉─…」
呪いは伝搬する。強い強いその思いは、いつの時代でも、在るだけで人を狂わせる──
「…腐れ縁ってやつかねえ…」
溜息をつき、男は踵を返しその場を離れる。
教会を後にするその後ろ姿からは、ゆらりと黒い影が立ち昇り、彼を雁字搦めにするように巻き付いているのだった。
悠久の庭園と魔法教室 大倉 @0okura3
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