閑話:ある担当の記録
閑話:ある担当の記録
担当していた小説家が亡くなった。
体に大きすぎるハンデを抱えながらも、面白い作品を生み出す彼が大好きだった。
それだけにショックの大きさは相当なものだったのは言うまでもない。
亡くなったことを知ったのはテレビニュースを見ている時だった。
たまたま流し見していたニュース番組で速報がもたらされた。
とある病院にテロ組織が立て籠もり、医者や患者を盾に多額の身代金を要求している、と。
その後に映し出されたライブ映像に目が釘付けになった。
これは後から聞かされたことも含まれるが……。
数年前から度々テレビなどで見られるようになった怪しい新興宗教。
収入格差で下に見られるのは神に対する信仰心や献身が足りないからだとか、生まれながらにハンデを抱える人間は、生みの親が邪神教徒で我が子を生贄に捧げ体や精神の一部を奪われた呪われた子だとか、他にもメチャクチャな事を言っているらしい。
その新興宗教の末端中の末端、信者から搾取することしか考えていない最底辺幹部が一部の信者を洗脳、先導し起こした立て籠もり事件だった。
病院には医者という高収入者が多く居る、呪われた子も多く居る、我らが神への信仰心が無く怪我や病気になっている邪教徒が数多居る、病院とは教義に反する魔の巣窟である。
そんななんの根拠もなければ、正常な人間であれば誰が聞いても理解一つできない言葉で劣等感を煽り、嫌悪感を植え付け、宗教関係者以外に猜疑心を持たせるよう染め上げていく。
そして求められた身代金、これまで献身的に我らが神に仕えた信者へのご褒美だと言われたらしいが、なんとも身勝手すぎると言わざるおえない。
しかし彼らはそれが正しいことだと思い込み、突撃し、人一人殺したことにも気付かずあっさりと制圧、拘束されたのだった。
喚き散らす姿が映し出された時、彼女は焦りの気持ちでいっぱいであった。
この時はまだ病院を占拠していた立て籠もり犯達を拘束した、というだけだったため、彼の安否が分からなかったからだ。
ただ、銃声がしただとか悲鳴がしただとか、そういう報道はされていなかった。
大丈夫だよね、何もないよね、そう願いながらただ待つことしかできず、テレビから離れることも出来ずに居た。
それから暫く時間が経った頃、最悪の知らせを目にした。
『緊急速報です。 東京都豊島区○○病院が占拠された事件で、
こんな現実を突き付けられた人間がどうなってしまうのか。
彼女は血縁者ではないため、第三者としての悲しみ、悔しさ、恨み、どうしても第三者としてしかできない。
しかしこの時、感情の表面に浮かんできたのは第三者ではなかった。
大好きな兄が、大好きな家族が、
息がまともにできず、頭に血が上り、荒く息をしながら目の前が真っ白になっていくのを遠くに感じながら、まるで自分を俯瞰するかのように倒れる姿を見送った。
…………
……
軽快な音楽が静かに響く。
誰の耳にも届かない音が一度途切れ、二度途切れ、三度響き渡り雨になって降り注ぐ。
底なし沼から突き出された両の手が何かを探し始め、虚ろな瞳が光る何かを捉えた。
ズルリと全身が引きずり出たが、寒さから震えが止まらず、光る何かを掴もうとする手も言うことを聞かず、光を捕らえることは叶わなかった。
四度途切れ、五度途切れ……八度響き渡った時ようやくその手が光を掴んだ。
『
「あ……うぅ……
光りを失った瞳から涙が流れる。
泥を含んだ涙はボタボタと落ちていき、底なし沼の深みが更に深まっていく。
足掻くように伸ばされたその手は、行き場を失って沼に落ちていく。
頭から突っ込んだ哀れなイキモノは、ゴトリと音を立てて静寂を生み出した。
…………
……
どれだけの時間が経っただろうか。
気が付けばベッドに寝かされており、瞳にはよく知る天井が映し出されている。
働く女性然とした服を着ていたはずだが、今は締め付けのないゆったりとしたものを身にまとっているようだった。
「汀さん、体調は大丈夫かね」
「あ……七草さん……はい、大丈夫だと……思いますです……」
顔を横に向けると、椅子に座った彼の姉が座っていた。
泣き腫らしたであろう目が、心配そうに彼女の顔を真っ直ぐと見詰めている。
この時、本当の意味で現実を突き付けられたことに気が付き、子供のように声を上げて泣いた。
人前で泣くような性格はしていなかった。
いつもクールで、頼れるお姉さんで、変な語尾をしてるギャップが可愛くて、でも仕事はキッチリしてくれる。
それを知っているからこそ、七草は強く、強く、強く抱きしめて静かに涙を流した。
「先生が! 先生が! うぅ……なんで! うわああああああん! 先生! 先生! せんせいがあああああああああ! わああああああああん!」
「あぁ……悔しいな……悲しいな……ぐすっ……許せないな……苦しいな……ずずっ……」
そこに居るのは大人と子供。
落ちる涙は泉になって、二人の体を沈めていく。
泣きじゃくる声は嵐を呼んで、静かな涙は川になる。
抱き合う二人は大人と子供、発露の仕方は違えども、心の内は正しく同じ。
流れ着いた海は青く広く、漂う波間で
「……落ち着いたか」
「編集長……」
七草は彼女の家を知らなかった。
他に知っている番号は編集部だけだったために、彼女の異変を確認するために一緒に駆けつけたのだ。
ただでさえ大事な弟を亡くした直後だというのに、近しい人が立て続けになんてあってほしくなかったから。
どうにかこうにかようやく落ち着いた彼女は、居住まいを正して七草と向き合った。
「ニュースは見たのだろう……家族全員、警察からの電話で事の成り行きを聞かされて知ったんだ」
「……先生は……本当に……亡くなったです……?」
「……そうだ、遺体とも……対面してきた……」
「うぅ……先生……」
「汀くん、こちらは大丈夫だから暫く休みなさい……今は仕事なんかどうだって良い、最後までしっかり見送ってあげなさい」
言い切ってから、二人に背を向けて声を殺して涙を流した。
彼の境遇を知っているからではない。
まるでハンデなんて気にしてませんよと言わんばかりの明るさで、気さくに接してくれた彼を知っているから。
本当は辛い立場のはずなのに、長さんと呼んで楽しく会話をしてくれる彼を知っているから。
そんな彼を心の底から大好きな彼女を知っているから。
こんなクソみたいな幕引きの仕方に、悲しさと悔しさが溢れてしかたがなかった。
その後は、涙が枯れた彼女を連れて奏呼家へと向かった。
このまま一人にしておくと、何をするか分からない。
だが一番は、家族全員が彼女の気持ちを知っていたから、側に居てあげたかったし、彼の側に居てほしかった。
覚束ない足取りで、二人抱き合うように、彼の匂いのしない彼の家へと帰った。
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慌ただしく葬儀の準備を手伝った。
火葬の時にまた涙が止め処なく溢れた。
納骨は静かなものだった。
涙が枯れたわけではない、現実を受け入れる覚悟がようやく出来ただけ。
それでもまた思い出して泣くだろう。
それくらいは許してほしい、心に穿たれた大きすぎる穴は、そう簡単に埋まりはしないのだから。
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事件からしばらく時間が経った。
結局住んでいた家は引き払い、今は奏呼家でお世話になっている。
彼の両親も快く受け入れてくれて、少し不思議な家族のカタチを形成している状態。
仕事も復帰したし、なんとか以前と同じように仕事が出来ている……と思う。
「あの時は申し訳ありませんです……私より何倍も何十倍も泣きたいはずの七草さんよりも泣いてしまったです……」
「いいんだ、それくらい。 汀さんが知らないところで何度も泣いたし、家族にも泣き言をぶつけてしまったしな。 泣いてくれる人が居る、それが嬉しくもあったんだ」
「……改めて居なくなってしまったんだなと思うと今でも悲しいです。 犯人も……全員死刑にしてくれたらよかったです……」
事件に関わった人間は一人残らず全員逮捕された。
怪しい新興宗教も解体されたし、実態についても含めて度々ニュースで取り上げられている。
だが、人死にが出た事件にもかかわらず死刑になったのは主犯格の幹部だけだった。
実行犯達は心神喪失ということで無罪にされたが、世間はそれを許さないだろう。
今でもSNSなどで裁判のやり直しを求める声が多数上がっている状態だ。
「そうだな、本当にそうだ……何が心神喪失だ、ふざけている。 ……いつか絶対に報いを受ける時が来る、私はそう信じている。 命を弄んだ者が安穏と暮らしていけるなど、あるはずがないからな」
「はいです……」
一人の恋が終わった。
愛する人が殺されるという最低最悪のバッドエンドで。
彼女がこの先どうなるのか、それは本人でさえ分からない。
だが、支えてくれる人がいるし、その人を支えたい。
ゆっくりではあるが、少しずつ前に進んでいけるようただただ祈るしかない。
彼の遺作を携えて、今日も出版社へと足を向ける。
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〈シエルサポートAI:シェリー メール受信しました〉
--シエルがうじうじと丸まっている姿をお送りします。
--この姿も可愛らしくはありますが、以前の前向きな姿を懐かしく思います。
--チグサさん、スグサさん、タケルさん、どうかお尻を叩いてあげてください。
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静かに受信音が零れ落ちて暗闇に消えた。
転生したら森に捨てられてた件 - 他種族と森の愉快な仲間たちと一緒にのんびり生きていきます 朧月 夜桜命 @mikoton
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