閑話:ある謁見の記録

 閑話:ある謁見の記録


 元メイドとその父が孤児院で待機という名の共同生活を始めて三日。

 子供たちも二人に慣れたようで、シスターと接するように二人を受け入れている。

 そして、のんびりと朝の時間を過ごしている時、教会に王城から使者が訪れた。


「ユーリシアさん、お父様、王城から登城に関する通達が来ました」


「いつ頃でしょうか?」


「早急に話を聞きたいとのことで、二日後の朝一番の謁見になります。 かなり急いで場を整えてくださったようで、通達をお持ちになった使者さんがすごく汗塗れでした」


 その言葉でほんの少しだけ場が和み、ちょっと笑いが零れた。

 通常であれば一〇日から三〇日待たされるものであることを考えると、登城を求める手紙から一〇日というのは最短で整えてくれたことになる。

 本心としてはもっと早くてもいいのでは? という気持ちがないわけではないが、王とは忙しい身であることを思えば我儘を言うことはできない。


「当日は、この孤児院のマザーである私とユーリシアさんとお父様の三名で向かいます」


「はい」


「分かりました」


 捨てた側であるユーリシアとその付き添いの父親。

 拾った側であるマザー・ルフニエ。

 三者三様に胸の内は様々であったが、ただ一つ思いが一致していることがあった。

 どうかコールソン家の者と出会いませんように……と。



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 登城当日、迎えの馬車が教会にやって来た。

 既に準備を終えていた三人は促されるままに馬車へと乗り込み、ガチガチに緊張しながら柔らかい座席に座ることしかできなかった。

 普通に生きていれば一般人など国王に謁見する機会なんかない。

 あまりに緊張しすぎるのもどうかと思うが、貴族より上の天上の存在と思えば致し方ないのかもしれない。

 それから窓の外を眺める余裕もないまま、馬車は王城の敷地内へと吸い込まれていった。


「よくぞ参った。 跪く必要はない、楽にしてくれ。 今回は表向きは我の私的な面会ということになっているのでな」


 客室に通されて待機するよう言われ、用意されたお茶を飲む余裕もないまま待っていると、さほど時間を置かずに妙齢のメイドが呼びに来た。

 先導されるまま歩いていると、どうやら謁見の間に行くわけではないということが分かった。

 あまりにも歩きすぎるし、進むにつれて廊下の雰囲気が変わっていったからだ。

 余計に緊張感が高まる中、到着した部屋に入ると二人の男性と一人の女性が待ち構えていたのだった。


 最初に口を開いたのは口髭を蓄えた男性。

 服装を見るに国王であることは間違いないのだが、各々が想像していたよりかは柔らかい印象を受けた。


「お初にお目にかかります。 私は孤児院【月夜の庭園】でマザーを務めておりますルフニエと申します」


 そう言うと、両手をヘソのあたりで合わせてお辞儀をする。

 元々この世界の聖職者は、例え王族であっても跪いてはいけないということになっている。

 聖職者は神に仕える者であって、人に仕える者ではないという教えが古くからあるからだ。


「お、お初にお目にかかります。 わ、私はユーリシアとも、申します。 ティ、ティラヌク村で農家の父の手伝いをしてい、います。」


「お初にお目にかかります。 私はユーリシアの父、ユースタスと申します。 ティラヌク村で農家をしております」


 ユーリシアはルフニエを真似たお辞儀をし、ユースタスは右手を握って左胸に当ててお辞儀をした。


「うむ、我はマルティウス王国国王ウェルヌーク・ラルド・マルティウスだ。 隣に居るのが妻のアントゥワルという」


「ごきげんよう、よろしくお願いしますね」


 王妃アントゥワルが声をかけると、三人はアントゥワルに先程と同じ礼の姿勢を取る。

 ウェルヌークとアントゥワルどちらも年齢よりも若く見えるが、威厳と重厚さのようなものを感じさせる存在感を放っている。


「ワシは宰相のマスクリス・ベールルジングと申します、今回の話をまとめる記録役の立ち位置と思っていただいて大丈夫です」


 同じく礼の姿勢を取ると、マスクリスは優しい微笑みを見せた。

 白く長い髭が目を引くが、服の上からでも分かる体格の良さがユースタスの目を引いた。


「早速ではありますがお話を伺いたいので、そちらのソファーにおかけくだされ」


 手で指し示した先にあるソファー。

 その豪華さにユーリシアとユースタスは一瞬身を固め、ルフニエが躊躇なく座るのを見てゴクリと喉を鳴らす。

 恐る恐る腰を下ろすと、沈み込むほどの柔らかさに声が漏れてしまった。


「はっはっは! 気に入ってもらえたなら結構! 気軽に話せる内容ではないと思うが、せめてガチガチに固まらずリラックスしてほしい」


 豪快に笑うウェルヌークの隣で静かに微笑むアントゥワルが印象的だった。

 母親の記憶が非常に少ないユーリシアは、何故か母の顔を思い出すのであった。


「それでは、まずはマザー・ルフニエ殿からお話を伺いたいと思います。 コールソン家の出生記録について問い合わせをいただいた理由をお願いします」


「はい、約三ヶ月ほど前のことなのですが……」


 職業鑑定の儀でコールソン公爵家の家名を持つ子供が居たこと。

 それが約五年前に孤児院の裏口に捨てられていた子であったこと。

 職業鑑定の儀まで知りようがなかったため、孤児院で育てていたことを話した。


「ふむ……問い合わせがあった理由はよく分かった。 して、ユーリシア殿とユースタス殿が同席しているのは……」


「は、はい……その……私がその子供を孤児院の裏に置いたから……です……」


「なんだと! ではそなたはコールソン公爵家に仕えていたということか!」


「そ、そうです……私はコールソン公爵家でメイドとして働いていました。 王都に来た頃に奥様に拾っていただいて……」


 コールソン家で働くことになった切っ掛け。

 どのような立ち位置であったか。

 子供を捨てることになった経緯。

 その後どのような生活をしていたかを話した。


「それで……せめて奥様に代わって育てられないかと……引き取ろうと孤児院に通っていました……」


「なんたることだ……届け出と全く異なるではないか。 病気であったという事実はないということだな?」


「はい……確かな怒りを向けておられて、お生まれになった赤子を殺めようとしておられました……」


「横から失礼致します。 両性を有するという稀有な身体的特徴をしておりまして、私共でもそれが殺めようとした理由ではないか、というのが共通認識でございます」


 ルフニエがそう補足すると、王家側の三人から深い深い溜め息が漏れた。

 以前ルフニエが聞いたという両性を有する子供を悪魔の子として殺害した話は、当然王家の方でも把握しており、真っ先にそれが思い浮かんだからだ。


「その子供は今も孤児院に居るのでしょうか?」


 アントゥワルが心配そうに問いかけると、ルフニエ達の顔に影が落ちる。


「一月ほど前に行方不明になりまして、探し回ったのですが未だに消息は……」


「王よ、コールソン家が何かをしたという可能性もありますな」


「ふむ、否定はできぬが証拠が無い以上なんとも言えぬな。 しかし、まさかこのようなことが起こっていようとは夢にも思っておらなんだ……」


 もしかしたら過去にも同じように出生を隠蔽しようとした貴族が居たかもしれない。

 だが、玉座に座してから一度も聞いたことがなかったため、完全に油断していたと苦渋に満ちた表情になる。

 それはアントゥワルも同じであり、一人の母親として辛く苦しい気持ちにさいなまれた。


「少々引っ掛かるのですが、既に死んでいると思っている子供を誘拐なり殺害なりしようとするでしょうか?」


「偶然見かけて、その外見の特徴を見てということもあるであろう」


「いえ、その可能性は低いかと……当孤児院は職業鑑定の儀までは院内で過ごすようにしてまして、その子供、シェリアリアというのですが、シェリアリアは孤児院の敷地内から出たことがないのです。 主に行動するのも裏庭までですし、外からは見えない場所なんです」


「教会が併設されているはずですが、そちらの方は?」


「礼拝に来る方がいらっしゃいますので、十才未満の子供は基本的に立ち入らないことになっています。 あったとしても年を跨ぐ際の神へのお祈りの時くらいのものでして、その際も孤児院の関係者以外は……養子の引き取りを考えて孤児院に来られる貴族様もいらっしゃいますが、コールソン公爵家の方が来られたことはありませんし、ここ数年貴族様は来られてないのです」


「なるほど、シェリアリア殿が孤児院に居ることを知られる可能性はかなり低そうですな」


 マスクリスは顎に手を当て、うーむと唸る。

 三者三様に頭を巡らせるが、当然答えが出るはずもなく。


「行方不明になった件についてコールソン公爵家が関わっているかは現時点ではわからぬが、出生届の改ざんについて問い正さねばならぬだろう。 その際にポロリと誘拐した事実が零れ落ちれば、自ずと行方も分かるであろう」


「そうですわね。 一人の母として安否は非常に気になりますが、この場で憶測だけ話していても仕方がありませんものね」


「では、どのように呼び出しましょうか? 謁見理由に出生届についてなどと馬鹿正直には言えませんからな」


「うむ、奥方が塞ぎがちだと言っておったであろう? お前との茶会を理由に登城してもらおうではないか。 当主は付き添いということであれば不自然ではあるまい」


「私は構いませんわよ。 二人きりで女の話をしたいとでも言えば、引き離して個別に聞き取りもできますでしょうし」


 着々と進む計画話に、ユーリシアは目を白黒させていた。

 自身の行いを咎められると思っていたが、責められることもなく進んでいくのだから致し方ない。

 どれだけの覚悟で今日こんにちを迎えたかを思えば、混乱するのも無理からぬことだと言えよう。


 それから話が一段落ついたのか、突然メイド達がお茶とお菓子の用意を始め、何故か優雅なお茶会が開始された。

 これにはルフニエもユースタスも一緒になって戸惑ったが、雰囲気的に口を付けないわけにもいかず、複雑な気持ちでお茶を啜るのであった。


「ひとまず、後はこちらに任せていただきたい。 どんな事実であれ、何か分かり次第使いを送ることを約束しよう」


「承知致しました」


「ユーリシアさん、逆らえない状況の中よくぞ生かす道を選んでくれましたね。 もし無理に王都の外に連れて行っていれば、何かしらの形でコールソン家の者に知れていたかもしれません。 赤子を連れていてはどうしても目立ってしまいますから、英断でしたよ」


「あ、ありがとうございます、わ、私……うぅ……」


 責められるならまだしも、優しい言葉をかけてもらえるとは思わず涙が溢れてしまう。

 隣に座るユースタスも同じ思いだったのか、ユーリシアの頭を抱き寄せ涙を流した。

 それを見ていたマスクリスは、密かにハンカチで目元を拭う。

 娘夫婦と孫のことが浮かんだのだろう、しきりに頷きながら静かに鼻を啜った。


 その後は和やかな空気の中、これまでの苦労を労う言葉を交えながら、シェリアリアとの思い出話に花が咲いた。

 国王と王妃、宰相は、国の宝である子供を殺めようとしたコールソン家を絶対に許さないと、心の中でメラメラと闘志を燃やすのであった。

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