第12話 生きる目的
ヘクトルは一気に話し、ようやく息を吐く。
もう十年くらい前の記憶だったが、すらすらと思い出せた。
それほどに、オルガの存在は大きかったのだろう。
「……これが、俺の知るオルガの最後だ」
「お、お父さん……うぅ、会いたかったよぉ」
「リサ……ヘクトルさん、話してくれてありがとうございます」
リサと同様にカルロは悲しかったが、同時に何処が誇らしかった。
自分の父が、変わっていないことを。
それは記憶に残る父と、母から聞いていた父と一致したからである。
いつも誰かを気にかけ、その人に寄り添っていた父だった。
「いや、お礼を言うのはこちらの方だ。オルガがいなければ、きっと俺は孤立していただろう。そして、死んでいた可能性が高い」
「……父さんらしいや」
「ん? どう言う意味だ?」
「ヘクトルさんの言う通り、父さんは戦いに向いている人じゃなかったんです。ただ当時、前線に徴兵される予定だった人が、病気の親と身重の奥さんを抱えてて……父さんは、自分が代わりに行くって言ったそうです」
カルロの話に、ようやくヘクトルは合点いった。
やはり、そのような理由があったのだと。
そして、あいつらしいなとも。
「馬鹿だな……だが、奴らしい」
「はい。母さんも言ってましたし、僕もそう思います。でも、そういう人だから好きになったんだって」
「あぁ、あいつはいい奴だった。困った奴がいたら放って置けなくて、俺以外にもよく話しかけていたよ」
「あ、あの、もっと聞かせてくれますか?」
「わ、私も聞きたいです!」
「ああ、無論だ。俺は、そのために来たのだから」
村人達は空気を読んで、三人から離れていく。
焚き火を囲んで、ヘクトルは覚えている限りのことを二人に話した。
ヘクトルは、ようやく約束を果たせたと心の中でオルガに伝えるのだった。
◇
最初は湿っぽかった空気も、次第に明るくなってくる。
失敗話や笑い話など、ヘクトルが知る限りのことを話していく。
話題は尽きなかったが、ふと焚き火の炎が消えた。
周りには屋台は無くなり、人の数が減っていた。
「おっと、もう遅い時間か。そろそろ、終わりにしよう」
「もっと話を聞きたかったんですけど……」
「わ、私もです……ふぁ」
カルロとリサは、言葉とは裏腹に眠そうにする。
普段の二人であれば、寝ている時間だった。
そんな二人に対し、ヘクトルは微笑む。
「大丈夫だ、明日にでもまた話そう。お主達が良いなら、数日間は居ても良い」
「やった! それなら沢山話せますね!」
「それなら寝ても平気だね!」
無邪気に笑う二人を見て、ヘクトルも微笑む。
そして家に戻り、二人が寝るのを確認したヘクトルは、ひっそりと家の外に出る。
すると、それを待っていたかのようにゼストが寄っていく。
「おっ、ゼストか。どうした?」
「ブルルッ」
「そうか、気遣ってくれてるのか」
「ブルル……」
ヘクトルの予想は当たっており、ゼストは主人を気遣っていた。
主人の、哀愁漂う背中を敏感に感じ取ったからだった。
「いや、ようやく一つ仕事を終えたと思ってな。少し、夜風に当たろうかと」
「ブルルッ」
「お前も付き合ってくれるのか? それじゃ、少し村の中を歩くとしよう」
手綱を持ち、ヘクトルはゆっくりと歩き出す。
そして、日に灯された村の様子を眺めた。
「ここがオルガの育った場所か……お前も覚えているか? あの頃は、まだゼストも若かったな。よく一緒に戦場に出たり、乗せてとせがむオルガを乗せたっけ」
「ブルルッ」
「そうか、覚えているか」
ゼストも、オルガのことはよく覚えていた。
一番酷い時期だった主人を救ってくれた恩人だったから。
だから、ゼストも彼が好きだった。
主人以外は乗せないと決めていた背中に乗せるほどに。
「しかし、まさかあの二人がオルガの子供だったとはな。面白い偶然もあったものだ。いや、違うか……神様が俺に贖罪の機会を与えてくれたのかもな」
ヘクトルはオルガを救えなかったことを、今でも後悔していた。
その後悔に変わりはないが、その子供達を助けられたことで救われた気がしたのだ。
「これで、少しは借りは返せたのか……この旅も無駄ではなかったな」
「ブルルッ!」
ゼストは『まだこれから!』という意思を込めて、ヘクトルの頭を小突く。
主人が生きる目的を見つけるまで、背中を押すのが自分の役目だと思っている。
それが……自分の最後の仕事だと決めていた。
それまでは死ねないと、己に言い聞かせる。
「いてて……わかってるさ、まだ送り届ける人達がいる。だが、今日くらいは感傷に浸っても良いだろ?」
「ブルルッ!」
ゼストは近くの草むらに寝そべり、主人を促す。
ヘクトルはそれに答え、その背に寄りかかり星空を見上げた。
そして、亡き戦友……オルガのことを考える。
「……お前は生きろか」
「ブルルッ?」
「いや、オルガに最後に言われたなと思ってな。生きる目的か……俺は自分の人生を生きても良いのだろうか?」
「ブルルッ!」
当たり前だと、ゼストは鳴く。
ルナもオルガも、それを願っているに違いないと。
「そうか……冒険者か……ここを出たら、登録だけしてみるか」
「ブルルッ!」
ゼストは賛成だと嘶き、主人がようやく前を向いたことが嬉しかった。
ヘクトルも、そんな自分を悪くはないと思い始める。
そして……ここからが、伝説となるヘクトルの冒険の始まりだった。
亡き戦友達に捧げる鎮魂の旅~生きる意味を失った英雄のセカンドライフ~ おとら@五シリーズ商業化 @MINOKUN
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