第11話 オルガ

 村長の言葉によって、ヘクトルが凍りつく。


 同時にその可能性があることを、まるで失念していた自分を恥じた。


 場を数秒間の沈黙が支配し、一番最初にカルロが反応した。


「へ、ヘクトルさん!? 父さんを知っているんですか!?」


「そ、そうなんですか!?」


「……ああ、よく知っている。そうか、お前達の父親だったのか」


 ヘクトルは目を細め、戦友の顔を思い出す。

 二人は母親似なので、ヘクトルが気づかなかったのも無理はなかった。

 それでも彼は、二人の顔に僅かに面影を見た。


「と、父さんは……やっぱり、死んだんですか?」


「あぁ、オルガは死んだ」


「……そうですか」


「うぅ……お父さん……」


 カルロは俯き、リサは目を押さえて嗚咽を漏らす。

 ヘクトルは胸に痛みを感じつつも、これが自分の役目だと言い聞かせる。


「まさか、二人がオルガの子供だったとは……どうする? オルガの話を聞くか? だが、無理にとは言わない」


「兄さん……私、聞きたい。顔も覚えてないけど、お父さんのこと知りたい」


「リサ……僕も聞きたい。ヘクトルさん、お願いします」


「わかった……オルガは良い奴だった。俺と三つ違いだったが、良く一緒に飯を食ったりしていたよ。そう、お前達の話も今思うとしていたな」


 二人の覚悟を聞いたヘクトルは、若き頃を思い出すのだった。


 ◇


 ヘクトルとオルガの出会いは戦場だった。


 妹の復讐を誓ったヘクトルは兵士に志願し、最前線の部隊に配属された。


 だが皆、傭兵上がりのヘクトルをどうしていいか分からずにいた。


 新人ではあるが、既にその名は斬馬刀のヘクトルとして知れ渡っていたからだ。


 これは馬を兵ごと一刀両断する怪力から来ていて、皆がヘクトルに恐れを抱いていた。


 無論、復讐を誓うヘクトルの鬼のような形相も理由だろう。


 そんな中、同じ部隊にいたオルガがヘクトルに話しかける。


「よう、新人」


「……俺になんの用だ?」


 当時のヘクトルは、全身が棘のような状態だった。

 見るものを威圧し、目が合った者は震え上がる。

 しかし、オルガは物怖じしなかった。


「いや、ずっと一人で飯食ってるからよ」


「好きで一人でいる、放っておいてくれ」


「まあ、そう言うなって。一緒に飯でも食おうぜ……よっと」


 オルガはヘクトルの許可を得ず、無理矢理隣に座る。


「お、おい、誰が一緒に食うと言った?」


「ほらほら、そんなこと言ってると食べる時間なくなるぞ?」


 当時の彼は新人で、ここは戦争の最前線だった。

 彼らには雑用から鍛錬など、やることが山ほどあった。

 当然、食べる時間は限られていた。


「くっ……変な奴」


「はっ、それはそっくり返すぜ。オルガっていうんだ、よろしくな」


「……ヘクトルだ」


 そして二人は特に話すこともなく、一心不乱に食べ進める。

 これが、二人の出会いだった。

 それからも、ヘクトルが一人で飯を食っているとオルガがやってきた。


「おっ、今日も一人か」


「放っておけ」


「相変わらず愛想がない奴」


「いいから早く食べろ」


「おっ、それは一緒に食っていいって意味だな?」


「……好きにしろ」


 いくら邪険にしても寄ってくるので、ヘクトルの方も諦めていった。

 そして次第に、二人は会話をしていく。

 それは二人が仕事に慣れ、空いてる時間が増えたからだった。

 そんな日々を過ごす中、二人はいよいよ個人的な話もするようになる。


「なあ、傭兵生活長かったんだろ? 随分と若いうちから凄いよな」


「別に大したことじゃない。出来ることがそれで、たまたま適性があったからだ。俺からすると、オルガの方が不思議だ。お前は、戦場にいるようなタイプでは無い」


 オルガは体格も普通で、戦いの才能もない。

 人当たりも良く陽気で、こんな最前線にいるべき男ではなかった。

 ヘクトルは、今更になって不思議に思った。


「ははっ、お前にも何度か助けられちまったもんな」


「……仲間を助けるのは当然だ」


「おっ! 嬉しいこと言ってくれんじゃん!」


「ええい、肩を組むな」


 ヘクトルは、いつの間にかオルガのことが気に入っていた。

 オルガは根気よくヘクトルに話しかけ、頑なな彼の心を解いたのだ。

 傭兵家業が長く仲間というものを知らなかったヘクトルに、その存在を教えてくれた貴重な友だった。


「良いじゃねえか。そうさな……二人の子供がいんだよ」


「なに? では、出稼ぎか? いや、お前なら他に仕事がいくらでありそうだ。それこそ、商売人とかの方が向いてるぞ」


「やっぱり、そう思うか? まあ、ここに来るまでは商人をやってたよ」


「なんだ? 負債でも抱えたか?」


 商人が事業に失敗したり、保証人になったりして借金を抱えることはよくあった。

 その場合は奴隷にされたり、給金の高い最前線送りになったりすることがある。

 半分は冗談で言ったヘクトルだが、オルガは笑っていた。


「まあ、そんなもんだよ。子供達のためにも稼がないといけないからな。んで、お前はどうしてだ?」


「俺は……妹の復讐のためだ」


 先にオルガが話したから不公平だと思い、ヘクトルが事情を簡単に説明する。

 すると、オルガが泣き出した。

 まさか泣くとは思わず、ヘクトルは動揺した。


「お、おい……」


「す、すまねぇ……全然関係ない俺が……」


「いや……妹のために泣いてくれて感謝する」


 短い付き合いだが、嘘泣きをするような男ではないことをヘクトルもわかっていた。

 この男は、純粋に自分と妹のために泣いてくれているのだと。


「そっか……お前は偉いな。両親を亡くしたのに、妹と二人で頑張ってきて……俺の子供達も兄と妹でな。つい、他人事と思えなくてな。きっと、俺は帰れないだろうから」


「おい、何を言っている? 大事な家族が待っているのだろう?」


「俺はお前と違って弱いからな……この最前線では生き残れない」


 実際に、ヘクトルが配属された時にいたほとんどの者が既に死んでいた。

 すぐに換えの要員が来ては消え、またやってくる。

 まるで人が道具のように使われる……ここは、そういう場所だった。


「馬鹿を言うな……俺がお前を死なせない」


「ヘクトル……」


「父親のいない子供ほど悲惨なことはない。何より、友を死なせてなるものか」


「へへっ、あんがとよ。んじゃ、頑張るとするか! お前も死ぬなよ?」


「ああ、無論だ」


 しかし、二人の決意も虚しく……オルガは戦場に散ることになる。

 オルガのいた部隊が奇襲に合い、駆けつけたヘクトルが撃退するも……時既に遅かった。

 オルガの身体中からは血が流れ、誰がどう見ても助かることはなかった。

 だが、ヘクトルは認めたくなかった。


「おい! オルガ!」


「……ヘクトルか? すまん、もう目が見えない……」


「い、良いから生きろ! 家族が待っているんだろ!?」


「あぁ……大事な妻と子供二人が……会いたかった」


 血が止まらないオルガを、ヘクトルは必死に止めようとする。

 なんとか、医療班がくるまで持ちこたえるために。


「これから会える! これだけの傷なら戦前からも下がれる!」


「なんだ……? よく聞こえない……お前に子供達を会わせたかったな。そして、一緒に飯でも食って……ヘクトル、お前は死ぬなよ……」


 そして、オルガの腕が力なく下がる。


「お、おい?」


「……」


「オルガ……返事しろって」


 しかし、オルガが返事をすることはない。

 ヘクトルにも、それはもうわかっている。


「最後まで人の心配をしやがって……少しは自分のことを考えろ……馬鹿野郎が!」


 ヘクトルは医療班がくるまで、オルガの亡骸の前で項垂れる。


雨も降っていないのに、地面には染みが出来ていた。











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