第10話 宴
その日、村は久々に賑わっていた。
それはカルロが無事だったこと、そして火熊が倒されたからだった。
村の中央では火が灯り、辺りには屋台を出してる人々の姿がある。
そんな中、ヘクトルは二人に連れられ、広場の中央に連れてかれた。
ちなみにゼストは、先に食事を終えて近くの草むらで寝ていた。
「みんな! ヘクトルさんがきたよ!」
「おおっ! 今夜の主役か!」
「うむ! 如何にも歴戦の戦士って感じだ!」
人々はヘクトルを讃える。
火熊を倒したことは、それだけ凄いということだ。
しかし当の本人は、人々の声に戸惑いの表情を浮かべた。
「なんだ? 何かの祭りか?」
「これはヘクトルさんのための祭りだよ!」
「こんなにめでたいことって、滅多にないんです。こんな田舎の村だし、中々人も来てくれませんから……その、嫌でしたか?」
「そうか……では、楽しむとしよう」
リサの問いに、ヘクトルは戸惑いながらも了承する。
得意ではないが、空気を読めないほど馬鹿ではなかった。
そして、それを見たカルロがご機嫌になる。
「僕、ヘクトルさんに料理持ってくる!」
「お、おい、料理くらいは……」
「ヘクトルさん、兄さんにやらせてあげてください」
「……そうか。では、任せる」
「はい!」
カルロは嬉しそうに頷き、屋台で調理をしている人の元に行く。
それを見たヘクトルは、なんだか上司の世話をする新兵を見ているようだなと思った。
自分も若い頃は、いたことも思い出していた。
「やれやれ」
「ふふ、役に立てるのが嬉しいみたいです。きっと、ヘクトルさんを尊敬してるだと思います」
「俺はそんな大層な人間ではないのだがな……」
「そんなことありませんよ。少なくとも、私たちにとっては恩人ですから」
ヘクトルは、その大人びたリサの発言に関心する。
同時に、自分の妹に近いものを感じた。
「……カルロは、出来た妹を持っているな」
「兄さんが手がかかるだけです」
「ははっ!」
その言葉に、ヘクトルは思わず笑ってしまう。
仕草言葉共に、懐かしかったからだろう。
「ヘクトルさん、笑いすきですよ? あれでも、良いところあるんですから」
「いや、カルロを笑ったわけではないんだ。うちの妹も、出来た妹でな。誰かに言われると、同じように『兄さんが手がかかるだけです』と言っていたよ」
「あっ、そうなんですね……じゃあ、きっと他のところではこう言ってましたよ?」
「ん? なんだ?」
「立派な兄さんだって」
「……そうだと良いが」
「きっとそうですよ。会ったことないけど、同じ妹として断言します」
「……ありがとう」
その言葉は、ヘクトルの心をまた少し解いた。
こんな自分でも、妹にとっては良い兄だったのかなと。
すると、器を持ったカルロが戻ってくる。
「お待たせしました! リサ、随分と仲よさそうに話してたな? なんの話をしてたんだよ?」
「えへへ、内緒。ねっ、シグルドさん?」
「ああ、内緒だな」
「えー!? ずるい! 僕だってヘクトルさんと仲良くしたい!」
「ほらほら、その前に食べないと」
「あっ、そうだった。冷めちゃう前に食べてください!」
ヘクトルは器を受け取り、三人は焚火の前の椅子に並んで座り食事をとる。
寒空の下、器からは湯気が出ていた。
「これはなんだ? 少し赤いが……」
「火熊鍋って言って、昔からある伝統料理なんですよ。火を吐くからかわからないですけど、火熊は元々辛味のある食材らしいです。それを味噌と野菜で煮込むのが火熊鍋というわけです」
「ただ最近では火熊を狩れる人も少ないので、今日は久々のご馳走ですね」
「なるほど……それで、この盛り上がりか」
ヘクトルの周りでは、村人達が呑んで食べて踊っていた。
それは決して悪い気分ではなく、ヘクトルの気持ちも高揚する。
それらを眺めつつ、熱々の鍋を口に含む。
すると、ヘクトルの口から自然と息が漏れる。
「ほぅ……美味い。特に、この辛味が味噌に溶け込んでるのが良い。何より、体の芯が温まるようだ」
「良かったです! 冬が開けたとはいえ、まだ寒いですから」
「戦争も終わったし、これから春が来るから楽しみだね!」
リサの言う通り、領土を巡る長い戦争は終わった。
長く厳しい冬も開け、これからは人々が平和に暮らす時間となる。
ヘクトルは、自分の力を過信していない。
だが、こんな自分でも少しは平和に貢献出来たのだと思えた。
「そうか、俺は二人の未来を守れたのか」
「「ヘクトルさん?」」
「いや、なんでもない。おっ、肉も美味いな。弾力があって、噛むほどに味が出てくる」
二人の問いに、ヘクトルは食べて誤魔化す。
だが実際に美味く、ヘクトルはあっという間に平らげてしまう。
すると、話す機会を伺っていたモーリスがヘクトルに近づく。
モーリスは六十歳過ぎの老人で、この村の村長を勤めていた。
「ヘクトル様、改めてありがとうございました。お陰様で、カルロも無事に帰ってきました
何より、これで安心して狩りも出来そうです」
「いや、たまたまに過ぎないので気にしないでくれ」
「ほほっ、何も求めないとは良き方に来て頂いた。そういえば、何故こんな辺鄙なところに? カルロは聞いておるか?」
「あっ! 忘れてた!」
モーリスの言葉に、カルロは頭を抱える。
ずっと気になっていたのに、今の今まで忘れていたのだ。
「もう! 兄さんってば!」
「し、仕方ないじゃん!」
「いや、俺の方こそすまん。不審に思われる前に言うべきだったな。実は、この村に住んでいたオルガという男の遺族を探しに来た」
その言葉に、ヘクトル以外の全員が固まる。
そして、いち早くモーリスが我に帰った。
「ヘクトル様、オルガ……それは、ここにいる二人の父の名前でございます」
その言葉に、今度はヘクトルが固まるのだった。
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