第9話 リサとの話

 ……静寂の中、ヘクトルは目を覚ます。


「ここは……?」


「あっ、起きましたか?」


「……ルナ?」


「へっ? え、えっと……」


「すまん、何でもない」


「ふふ、いえいえ」


 ヘクトルは寝起きの目に入ったリサを、自分の妹であるルナと間違えてしまった。

 姿形は似てるとも言えなくないが、それでも酷い醜態だ。

 おそらく、二人の兄妹に出会ったからであろう。

 ヘクトルは頭を振り、気を取り直す。


「俺は寝てしまったのか?」


「はい、あの後少し横になると言って……多分、疲れてたんじゃないかって。火熊と戦ったり、兄さんのお世話をしたからですよね」


「いや、単純に歳なだけさ」


 ヘクトルは、できるだけ気を使わせないようにおどけてみせる。

 実際には疲れていたし、久々の野宿ではないので気が緩んだのだ。


「まだまだお若いですよ。あっ、でもお父さんと同じくらいなのかな?」


「一応、俺は三十三歳になる」


「お父さんは生きてれば、三十六歳かなぁ」


「それじゃ、少し年上だな。それより、カルロはどうした?」


 ヘクトルが察するに、同じ家にはいない。

 年頃の娘と、成人男性を一緒にするのは不用心と言えた。


「兄さんなら、お馬さん……ゼスト君の餌やりをしてます。少しでも、お礼がしたいからって」


「そうか、それは助かる。しかし、大事な妹をおっさんと二人きりにするもんじゃない」


「ふふ、ヘクトルさんのこと信頼してるんだと思います。寝ている間に、たくさん話を聞きました。自分と同じくらいには戦場に出てたり、魔物が現れても物語の英雄みたいに倒しちゃったって」


「やれやれ、そんな大層なものではないというのに。だが、そういうのに憧れる歳頃か」


「ふふ、やっぱり男の人って同じなんですね」


 ヘクトルとて、若い頃にはそういう憧れがあった。

 妹のためでもあったが、ヘクトル自身にも夢あった。

 単純に強い男に、そして父のような勇敢な人になるという。

 同時に、自分のもう一つの夢を思い出した。

 それは多分、似たような立場のリサと話したからだった。


「そうか、もう一つ夢があったな」


「そうなんですか?」


「ああ、冒険者になって世界中を旅したいと思っていた」


 冒険者、それは自由を愛する職業。

 ギルドにて人々からの依頼を受けたり、自らダンジョンや未開の地に赴き探索する者。

 誰もがなれる職業で、この世界では一般的なものとされていた。

 ちなみに彼らは、戦争屋と言われる傭兵を嫌っている。


「わぁ……素敵ですね! あっ、でも……叶わなかったんですか?」


「ああ、手っ取り早くお金を稼ぐために傭兵になったのでな」


「それは……妹さんのためですか? す、すいません、初対面なのに。その、兄さんからヘクトルさんも兄妹で過ごしてきたって聞いて」


「いや、気にしないでいい。確かに妹のためでもあった。だが、それだけじゃなかった……そうか、そんなことも忘れていたのか」


 ヘクトルはリサに言われて気づく……確かに妹の薬のために働いていたし、夢であった冒険者は諦めた。

 そのことに後悔はなかったし、何より……苦しい事ばかりでもなかったからだ。

 傭兵仲間たちとの出会い、共に遊んで飯を食い騒いだ。

 その時間は掛け替えのないもので、ヘクトルにとっての宝物だったはず。

 しかし長い傭兵生活の中で、その気持ちを忘れてしまっていた。


「ヘクトルさん?」


「すまん。いや、確かに妹のためだった。だが、そんなに悪いことばかりでもなかった。気の良い奴らと出会ったり、知らない土地なんかを見るのは楽しかった気がする」


「それじゃ、妹さんも嬉しいですね。やっぱり、自分のためだけに兄が生きてたら……私も辛いです」


 そこでリサは押し黙ってしまう。

 自分が兄に負担をかけていることが嫌という程わかっているから。

 ヘクトルは自分の妹も、同じように言っていたなと思い出した。

 そして、わざとらしく話題を変えることにした。


「そう言えば、薬はいいのか?」


「えっ? は、はい! おかげさまで飲みました! あれだけあれば、もう大丈夫です!」


「そうか、それならいい」


 すると、玄関を開けてカルロが戻ってくる。


「リサ、ヘクトルさんは……あっ、起きたんですね」


「ああ、ついさっきな。それと、リサが話に付き合ってくれた。ゼストの世話を見てくれたそうで助かる」


「い、いえ! お役に立てて嬉しいです! え、えっと、ご飯の支度が終わったみたいなので呼びに来ました! 村人達が、ヘクトルさんを歓迎したいって!」


「そんなに気を使わんで良い」


「わ、私からも是非!」


「……わかった、有り難く受け取ろう」


 ヘクトルがそう言うと、二人が顔を見合わせて微笑む。


 普段のヘクトルなら、もう少し意固地に断ろうとしたかもしれない。


 だが、少しずつだがヘクトルの凍った心が解けてきてきた。


 それは間違いなく、この二人のおかげだった。

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