第8話 村に到着

 カルロの案内の元、ヘクトルはどうにか日が暮れる前に森外れの村に到着する。


 そこは小さな村で、人口百人くらいしかいない簡素な村だった。


 住民達は狩りや工芸品などを作りながら、質素に暮らしていた。


 そんな中、お客さんなど早々来るわけなく、ヘクトルは大歓迎を受ける。


「あんた、どっから来たの!?」


「いやー! 火熊を倒しちまうなんて!」


「うちのカルロが世話になったそうで……儂らが不甲斐ないばかりにすまない」


 カルロが連れてきたヘクトルに対し、村人達が次々と話しかけてくる。

 元々人と話すのが得意ではないヘクトルは、戸惑いを隠せない。

 ただ一つ安心したのは、カルロは村人から好かれているということだった。

 彼らとて、本当ならカルロ兄妹の助けになりたかったのだ。


「い、いや、俺はたまたま……」


「ほらみんな、 ヘクトルさん困ってるから! それより、早く妹に薬を! ヘクトル、こっちに!」


「あ、ああ、急ぐとしよう」


 その言葉に、流石に村人達が退いていく。

 彼らにとっても、カルロとリサは可愛い息子と娘のようなものだった。

 だからこそ、余所者であるヘクトルを歓迎したのだ。

 何より、お土産として火熊を差し出したのが良かった。

 カルロの案内の元、ヘクトルは一軒の平屋に入る。


「リサ、ただいま!」


「に、兄さん!? コホッ! コホッ!」


「ああ! 立つんじゃない!」


 部屋の奥にいたリサは、兄の声を聞いて無理に起き上がる。

 それだけ心配していたということだ。

 カルロは急いで家の中に入り、リサを支える。


「も、もう、勝手に居なくなって……!」


「ご、ごめんって」


「お母さんもいなくて、お父さんは死んじゃって……お兄ちゃんまで死んだら嫌だよぉ」


「……本当にごめん。でも、お前が苦しむのは見てられなかったんだ。そうだ、ヘクトルさん!」


 そこでリサは、ようやく客人がいることに気づいた。

 寝間着姿が恥ずかしく、咄嗟に襖の扉の陰に隠れる。

 年頃の娘なので、それは当然の行動だった。

 ヘクトルは視線を外しながら、カルロに問いかける。


「俺は出ていくか?」


「そんなことさせられません! リサ、この人が僕を助けてくれたんだ。おかげで、薬も手に入ったんだよ」


「えっ!? そ、それは……少し待っててください!」


「俺は待つから、ゆっくり準備をするといい」


 ヘクトルはそれだけ言い、一旦家の外に出る。

 外ではゼストが大人しく待っていた。

 この小さな村には馬小屋がなくて入れないが、ゼストはお利口さんなので問題なかった。

 そんな中、ゼストはヘクトルに鼻を近づける。


「お前もご苦労だったな。今日はゆっくり寝れそうだから、お前ものんびりするといい」


「ブルルッ」


「それにしても、兄妹か……お互いを思い合う、いい兄妹だ」


「ブルルッ!」


 ゼストはヘクトルに鼻を擦りつけた。

 主人とルナも良い兄妹だったと伝えるために。

 そして、それは言葉が通じなくとも伝わる。


「そうか、俺とルナも良い兄妹だったか。俺自身は、不出来な兄であったと思うが……」


「ブルルッ!」


 ゼストはそれは違うとても言うように、ヘクトルの頭を小突いた。

 ヘクトルは両手を上げて降参のポーズをとる。

 すると、扉を開けてカルロが顔を出す。


「ヘクトルさん! お待たせしました!」


「いや、構わない。それでは、お邪魔させてもらおう。ゼスト、良い子で待ってろよ」


「ブルルッ!」


 ヘクトルは中に入り、先ほど見えた部屋の脇を通り、隣の部屋に案内される。

 そこは広さ六畳ほどの部屋で、布団が一枚置かれているだけだった。

 ただそこからは広い庭が見え、更に奥には山々が見えた。


「この部屋を自由に使って構いませんので」


「そうか、助かる。随分と、広い庭だな?」


「死んだ母のために、父が作ったそうです。子供達が遊ぶのを縁側で眺めたいって」


「そうか、良い父親だ」


 その言葉に、ヘクトルは久々に自分の父に想いを馳せる。

 自分の父も厳しかったが、優しく勇敢な人だったと。

 ヘクトルの母でもある妻を流行病で亡くし、男手一つで育ててくれた。


「へへっ、ありがとうございます。といっても、その母も父を追うように無くなってしまいました……あの、ヘクトルさんのお父さんは?」


「ん? 俺の父親か……剣の腕が良く、皆のまとめ役のような人だったな」


「へぇ! ヘクトルさんみたいですね!」


「俺には、人をまとめるような力はないさ。父は不思議と人を惹きつける人だった……」


 そして、ヘクトルの父はお人好しでもあった。

 最後は人を庇って死んでしまうほどに。

 そのことを思い出し、ヘクトルの心に痛みが走る。


「ヘクトルさん?」


「……いや、なんでもない。それより、そこにいる妹を紹介してくれるか?」


 先程から、リサが扉の陰からヘクトルを覗いていた。

 指摘をされ、カルロが振り向く。

 そして兄の手に引かれ、リサがヘクトルの前に出る。

 リサは兄と同じ金髪で、可愛らしい容姿をしていた。

 誰が見ても、兄妹だとわかるだろう。


「あ、あの。初めまして! リサって言います!」


「ヘクトルという、よろしく頼む」


「は、はい! 兄さんがお世話になって……本当にありがとうございました。私の薬まで、取ってきてくださったみたいで……」


 そう言い、リサは深々とお辞儀をする。

 その仕草に、ヘクトルは思わず苦笑してしまう。


「クク……」


「ふぇ? な、何か変でしたか?」


「いや、すまん。君は何も悪くない……自分の妹も、俺が何かすると同じようにしていたなと思ってな」


 ただし、ヘクトルの場合は殴り合いの喧嘩などの所為だった。

 両親がいないことを馬鹿にされたヘクトルは、よく男達と喧嘩をしていた。

 その度に、ルナが誤っていたのだ。


「妹さんがいるんですね。ふふ、手のかかる兄を持つと大変ですから」


「ああ、間違いない。カルロ、いい妹さんだ……大事にしろ」


「どうでしょ? 口煩いことばっか言ってくるんですよ」


「それはお前を心配してるからさ。リサ、お前の兄もいい兄だ……仲良くな」


「ふふ、私もそう思います」


「お、俺だって……」


 二人は顔を見合わせ、照れ臭そうにする。


 その姿を見ると、ヘクトルの心に僅かに痛みが走る。


 まるで、昔の自分とルナを見ているように感じたのだろう。


 だが、それ以上に……この兄妹を再会させられて良かったと思うのだった。

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