夕焼けに笑う

ナナシリア

夕焼けに笑う

「優、おはよ」


 学校へ歩く僕に、クラスメイトが声をかける。


 下を向いて歩いていた僕だったが、他人がそこにいることでテンションと顔を上げる。


「おはよ! 今日って部活だよね?」


 嫌われたくない。その一心で笑う。


「そうだな、放課後から七時まで」


 それを聞いて内心で少し落ち込む。


 部活をやりたくないなら入らなければいいという話かもしれない。


 でも、学校全体的に部活に入る流れができていて、入りたい部活があったわけではないから、僕はなんとなくこの部活に入った。


 高校受験の時に夢見ていた僕に、本当に近づけているのか。


 学校、部活。そのどこでも嫌われないほどに曖昧に笑う。


 気づけば、一日が終わっていた。


 あの日夢見ていた生活の欠片ほども掴めていない。


 昨日の自分よりも笑えていない。前に進めていない。


 学校に行って部活に行く。日々をつまらないルーティン的にだらりとこなして、色褪せていく毎日に目も向けない。


 家に帰ろうと空を見上げると、夕焼けが視界に入る。


 僕の影は少しも変わっていない。その事実が、僕をどうしようもなく焦らせる。


 はっと息をのむ。


 高校受験時代の僕が、そこを走っている。薄い無地の白Tシャツに、サンダル。


 慌てて目をこすると、すぐに消えた。


 幻覚か。


 前に進めていないのに、成長してしまった僕を省みる。


 ルーティン的な日々に、その場で別れを告げる。


 探そう、僕が夢見ていた日々を。


「優、おはよ」


「おはよ! 今日の部活、やだなあ」


「優にしては珍しいな。本当は俺もちょっと嫌なんだけど」


 はっはっは、と大声で笑う。


 彼も同じように笑っていて、少しいい気分だ。少なくとも、昨日のような憂鬱さはない。


 ————今日の部活は、いつもより楽しかった。


 いつもより大きく笑って、楽しいことは楽しい、嫌なことはちょっと嫌だと言った。


 昨日と同じ夕焼けが街を照らす。


 昨日までは夕焼けが苦手だったが、今日の夕焼けの色はいつもより愛おしく見える。


 あの日の僕が夢見た日々とは違うかもしれないけど、間違いなく「僕」を生きた今日だった。夕焼けがそれを讃えているように思える。


 明日はどうしよう。

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夕焼けに笑う ナナシリア @nanasi20090127

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