#2「封ずる者」

 有理処ありかはドタドタと足音を立てながらあるじ――呪神じゅしんの居る拝殿へと向かう。

 拝殿に参道側から入るには、”正面の賽銭箱”を越えて障子を通る必要がある。

――しかし、神社の建物内にいた有理処は、拝殿部屋の正面奥にある”居住スペースと接したふすま”から室内へと入った――。

 「呪神様!」と叫びながら襖を開けた有理処だったが、次の瞬間には、室内の光景に唖然としていた――。――部屋の真ん中で立ちうつむいているのは、先ほど会話した白い髮の”神”。――その視線の先には、”一枚の札”――。赤い文字で何が書かれているのかは分からない。――ただ、拝殿内は”神”と”札”以外に何もないことは確かであった――。

「――しばらくは眠っていなさい、『ツクリミ』」

 床に貼り付いた札に向かってそう言うと、神は有理処の方へと向き直る。

 ドキッとして後ずさる有理処を、神はしばらく無言で見つめていた――。――しかし、有理処が背後の襖に手をかけようとした瞬間――。

「逃げないで」

 強い口調で、神は有理処を引き止めた。

「…………呪神様がいないのはなぜ。……何をしたんですか……?」

 ようやく口を開いた有理処に対して、神は小さく微笑んで言葉を返す。

「――封印したの。随分ずいぶんと調子に乗ってたから」

「えぇ……?」

「紹介が遅れたわね。私は”天神『マシヒメ』”。しかるべき部署のめいにより、”あなたたち”を正しに来た――」


 * * *


 ある街の街外れ――。その暗い森奥を、幼い少女が独り彷徨っていた――。着ている服はツギハギだらけ。サンダルは片方だけ。脇に抱えている茶色いクマのぬいぐるみさえ、あちこちから綿がはみ出ている――。

「……どこ、どこに、行ったの…………?」

 誰を探しているのか、あちこちを見回す少女。――しかし、やがて限界が来たのか、湿った土の上に膝をついて倒れ込んでしまった。

「ど……こ……?」

 微かな叫びに返事を返す者はいない。少女はそっと、目を閉じた――。

 ――ただただ静寂が続く木々の中、少女の息はどんどん薄くなっていく。

 だが、少女が息絶えるまさに直前――。――倒れた少女のもとに、歩み寄る者が現れた。

「■■■■■■■、■■■■■■■」

 その者は意味の分からぬ言葉をブツブツと呟きながら、少女にゆっくりと近づいていく――。尋常じゃないほどに長い脚を一歩、二歩と踏み出していくそのモノは、まるで墨を被ったかのように、全身が真っ黒だった――。


 * * *


「――神隠しとは? ……そのままの意味で?」

 有理処はかなり不服そうな目でマシヒメを見るが、当の本人は全く気づいていない。

「――そう。近頃、ある街で子供の神隠しが多発してるみたいなの。だから、それを”あなたたちの力”で解決してってこと」

「解決とは……」

「『原因』を直接叩くもよし、子供を全員助け出すもよし、もしくは……」

「そうすれば呪神様を、我が主を、解放してくださる? そうなのですか…‥!?」

 話を遮られ、マシヒメは不服そうな目で有理処を見る。――だが、その真剣な表情に免じてなのか、そのまま話を続けた。

「そういうこと――っていうか、それがまず第一歩ね。ツクリミの封印を解いてほしいんなら、その後もいろいろ、やってもらわなきゃだけど」

 マシヒメは人質を取っている犯人のような態度だった。有理処もさすがに苛立っていたが、それはこらえる。

「……なぜこんなことをするのか? 私はそれが知りたいんです」

「――一度、『正義』を学びなさい」

「……どういうことなのか。 え?」

 動揺する有理処を、マシヒメはしばらくニヤニヤと見つめていた。――が、やがて縁側から立ち上がって庭に下り、塀に向かって歩き出す。

「なぜ待ってくれないのか? 意味を、教えて下さい!」

「――あなたたち、ちょっとズレ過ぎなのよ。それだけ――」

 それだけ言い残し、マシヒメは塀を飛び越えて消えてしまった。

「……何がズレているのか? 分からないよ……――――」

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呪術巫女様、正義なう。~主を封印された巫女さんは、「正義」を見直すための旅に出るのでした!~ イズラ @izura

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