第21話 やーらし


「あーあ。帰っちゃった」

「せっかく揶揄いがいのありそうな子がきたのに」

「悪魔かお前らは」



柊が出ていった出口を残念そうに見る同期に恐れ慄きながらも、俺はもういない柊に対し両手を合わせる。合掌。

彼が気づいているかいないかわからないが、会社が隣同士ならば、俺たちが遭遇する確率は非常に高い。


せめて綾瀬たちには捕まらないように、と祈りを捧げていると、鼻息をついていた米原がふと首を傾げた。



「あれ? 天都さん、ビール全然減ってませんよね? こっちから誘ったので奢りでいいのに」

「ああいや、そうじゃなくて。…………俺、悪酔いするんですよ」



頬をかきながらそういうと、米原は「えっ意外!」玉を丸くする。

その隣で首を傾げる藤原と、…………そしてなぜか目をキラキラと輝かせている奏に、俺は嫌な予感を覚えた。



「奏さん、なぜそんなに楽しそうなんですかね?」

「あの、瑞稀ってどういう風に酔うんですか?」

「ちょっとそこの奥さん??」



俺が言った言葉に「奥さん…………」と一瞬なぜか頬を色づかせるものの、視線は蒼井と綾瀬に向かっている。

お前らわかってるだろうな、と言った言葉に頷いた二人は、とてもとても機嫌が良さそうに————口を開いた。



「あれは、まだ俺たちが入社をして間もない頃でした…………」

「おい」

「私たちは新入社員という役職に抗えずに、部長にどんどんお酒を飲まされていたのです…………」



どこか演技がかったオーバーな仕草でしくしくと泣き真似をした二人は、ビールを一口飲む。

こいつら良い感じに酔ってやがる、と悟った俺は、もう諦めてタコわさを食べた。



「俺たちは平気だったのですが、どうやらお酒にそこまで強くない天都くんは早々に酔ってしまいました…………」



タコを噛みながら、これいつの話だっけ、と首を傾げて思い出そうとする。

そしてその『オチ』に気づいた瞬間————俺は、さっきよりも強い声で同期を引き止めた。



「おいお前ら! それ以上はやめ、」

「そして酔った天都くんは————部長にキスをしてしまったのです!!」

「きっ、」



キス!?!? という奏の悲鳴に近い驚いたような声が聞こえる。

だから嫌だったのにと俺は呟くけれど、まあやはりというべきか誰も聞いてくれなかった。


そして顔を上げれば、先日結婚届を出したばかりの妻が目の前にいる。



「え、」

「私もまだしてもらってないキッ…………キスを!? 知らない女の人にしたの!?」

「いやその、」

「私ファーストキスずっと取っておいたのに!!!」

「待てその情報は今言うべきじゃ無いから!!」



こちらもこちらで酔っているのだろうか、絶対に公の場で言うことじゃ無いことを口走った奏に、俺は思わず制止をかける。

そしてそれを俺の同期は、こうなることを見越していたようでニヤニヤしていた。ギルティである。



「ねえねえ、今ってことはいつ言わせる気なの? 色男の天都くーん」

「おい待て誤解されそうなことを言うな!」

「前も女子社員に迫られてたもんねえ」

「お前らああああぁぁぁぁ!!!」



悪意を持ってどんどん追加されていく情報に絶叫する。

そして「天都くんやーらし」と声を揃えて言われた言葉に面白そうな顔をしている米原もギルティである。



「キス…………不倫…………」

「待て待て待て奏落ち着け」

「こんなに早く不倫されるとは思ってなかった…………」

「違うから! 誤解だから!」



ゆらりと顔を上げた奏に必死でそう言うも、もはや彼女の目の焦点は合っていない。

ブツブツと何事かを呟いてる彼女に、俺は両手を上げながら叫んだ。



「部長は男だから!! まじで! 男!!!」

「…………男?」

「そう! キスもほっぺ!!」

「ほっぺでも、ダメだよ?」

「でもマジでおっさんだから!! な!?」

「あはは、流石にこいつも無意識に避けてたのか、女の人にすることはなかったですよ」

「…………なら、まあ」



それでもどこか不服な様子で頬を膨らませる妻が可愛い。

ぐぅ、と微かな呻き声を漏らした俺はその可愛さに十分悶えてから、顔を同期の方に向けた。



「おいお前ら! 何勝手に暴露してんだ!」

「えぇ、だって夫婦なんだからさ、聞いといた方がいいかなって!」

「うっ」

「どうせ天都くん恥ずかしがって何も言わないだろうしね!! なんせ十二年間放置してたワケだし!」

「う"っ」



なかなか…………というか急所を的確に刺してくる同期から顔を逸らす。

「天都さん、大丈夫です………!」と絶妙にズレて親指を立てている藤原はギルティでは無いと信じたい。



「でも、不倫はしないでね?」

「しねえよ!」

「あと酔った時は私のところに来てね」

「行かないが!?」



それからしばらくして、奏の戦略により瑞稀はかなり酔わされることになるのだが、まあそれは本人の知らないところである。






——————————————————————————————





次の更新は来週の金曜日となります。テストやばいです。

それとこの間に幼馴染モノの短編ラブコメも更新したので、ぜひぜひそちらもよろしくお願いいたします。


「顔だけはいい俺の幼馴染の話。」

URL

https://kakuyomu.jp/works/16818093075756777992



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「30歳までお互い独身だったら結婚しよう」と約束した幼馴染に、30歳になった日にプロポーズしたら殴られた。 沙月雨 @icechocolate

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ