第29話

☆☆☆


なにか夢を見ていたような気がするけれど覚えていなかった。

「郁哉、郁哉」

と僕を呼ぶ声が聞こえてきて「和彰?」と聞きながら目を開けた。


だけどそれはちゃんとした声にならず、「あうあき?」と、よくわからない言葉になってしまった。

「あぁ、よかった郁哉!」


僕の体にすがりつくようにして言ったのは母親だった。

顔はくしゃくしゃに歪み、目は真っ赤に充血して涙がボロボロとこぼれている。

「郁哉、お父さんんがわかるか?」


「おと……さん」

さっきはあれほどハキハキ話せていたのに、どうしてこうも変な言葉になっちゃうんだろう?

そう思ってから、目覚めたのはたった今だと気がついた。


僕は夢と現実がごっちゃになっているのかもしれない。

「窓から落ちたなんて聞いて、ビックリしたんだからね、もう! なんでもかんでも首突っ込んじゃダメでしょう!」


「そうだぞ。いくら人助けと言っても、無茶はしちゃだめだ。だけど今回も勇敢だったな」

僕は目をパチパチさせる。

親には3人が幽霊だったことは話していない。


僕が窓から落ちた理由がどう説明されているのかわからなかった。

返事に困っていたとき病室のドアがノックされて、淳とユリちゃんが入ってきた。

ふたりとも目覚めた僕を見た瞬間花が咲いたように笑顔になった。


「郁哉!」

淳に名前を呼ばれてドキリとする。

「真崎くん、よかった目が覚めたんだね」


ユリちゃんがホッとしたように目元を緩め、そして少しだけ滲んできた涙を指先でぬぐった。

「驚いたぜ。校舎に入り込んで生徒たちを襲っていた野良犬が窓から転落しそうになって、それを助けようとして一緒に落ちるなんてなぁ」


淳が早口に説明して、僕に目配せを送ってきた。

僕は小さく頷いて「へへっ」と笑う。

学校内で起きていた怪異については先生たちも知っていることだから誤魔化せないとお設けれど、当分は野良犬の仕業ということになりそうだ。


「俺にはなにもでできなかった。関わらないほうがいいと思って見てみぬふりばかりだった。郁哉は本当にすげぇヤツだよ」

「僕もたまには見て見ぬ振りをしたほうがいいかもしれないけどね。野良犬なんて、噛まれたら怖いし」


僕の言葉に淳が声を上げて笑った。

3人がいなければ僕と淳がこうして笑い合うこともなかっただろう。

「真崎くんがいないとなんだか教室の中が寂しいの。だから早く登校してきてね?」


そういうユリちゃんに僕はまばたきを繰り返した。

あまり会話したことのない僕がいないからと言って寂しいとは思えない。


もしかしてユリちゃんはあの3人の存在を肌で感じていたんじゃないだろうか?

ふと、そんな風に思った。


だけどもう終わったことだ。

気を取り直して僕は笑顔を見せる。

「うん。すぐに戻るから待ってて」


3人のいなくなった2年B組は少しさみしいかもしれない。

だけどこれが本来の姿だ。

病室内にはいつまでも僕たち3人の笑い声が響いていたのだった。



END

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僕と怪異の関係性 西羽咲 花月 @katsuki03

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