第5話 貧者の核兵器
電源室へ行くには、水路の壁にあるキャットウォークに上らなければならない。M82A1の銃口を上に向けながら、鉄パイプを組んで作られた階段を上る。長い銃身は取り回しづらく不便だが、小銃弾では破壊困難な犬型ドローンが攻撃してくる可能性もある。機外活動に大型の対物小銃を使う理由は、対人ドローンを確実に破壊する必要があるためだ。
キャットウォークまで登りきる。階段の出口から上半身だけを出し、M82A1で索敵。
電源室に通じるドアの前、不可解な位置にドラム缶が置かれていた。ドアを開ききったとき、縁がギリギリでぶつかる場所。おまけにドラム缶には、四角い箱のようなものがダクトテープで固定されている。
「……」
機関部の右側面にあるチャージングハンドルを僅かに引き、初弾が装てんされていることを確認。折り畳んだバイポッドの基部だけで銃を固定し、できるだけ姿勢を低くする。ドットサイトを覗き込み、緑色の点をドラム缶に重ねる。
射撃。強力な50口径弾がドラム缶を貫く。
何も飛び散らない。中身は空。大穴が開いたドラム缶に向かい、二発目、三発目を撃ち込む。側面の箱が半壊し、ドラム缶の破片とともにキャットウォークの端まで吹き飛ぶ。
シラヤはM82A1を背負い、右腰のホルスターから自動拳銃を抜く。スライドを引いて薬室へ装填し、銃身下部のライトを点灯させる。拳銃を構えて、半壊した箱にゆっくりと近寄る。
箱は黒光りしている。材質は不明だが、損壊口を見たところ、おそらくプラスチック。爆発物を押し込んでおくにはうってつけの大きさだ。拳銃の引き金を連続して絞り、弾倉の半分以上に相当する、九発の45ACP弾を撃ち込む。
穴だらけになった箱から、未開封の生理食塩水パックが滑り出てくる。どれも弾丸が貫通していて、生理食塩水が漏れ出ていた。
人感トラップはおろか、爆発物ですらなかったらしい。
シラヤは溜息交じりに拳銃を構えなおし、ドアの横に立つ。
〈トラップが仕掛けられているかもしれません。警戒を〉
「分かっている」
バー型のドアノブを静かに下ろす。ここで異音や感触があれば、爆発トラップが設置されている可能性が高い。
ドアノブに異常はない。完全に下りきった。ドアは引き戸で、別の手法でトラップが仕掛けられている可能性が高い。僅かにドアを開く。
ツールポーチから携帯型の伸縮式鏡を取り出し、ドアの隙間に差し入れる。ドアノブに異常はなくとも、本体にワイヤー類が張り付けられている可能性がある。
鏡を小刻みに回し、ドアにトラップが接続されていないことを確認する。異常なし。足下に人感センサーらしきものはない。
ドアを最低限開き、体を滑り込ませる。中には長い廊下が続いていた。
〈そういえば、機長〉
「なんだ」
〈生化学兵器が「貧者の核兵器」と呼ばれていることはご存じですか〉
「知っている」
〈ディープダイバーは、レイジノフ・コンツェルンから秘密裏に支援を受けているものと思われます〉
「……よくあることだ」
敵対企業の価値を貶めるため、テロ組織を秘密裏に支援して、敵対企業の擁する市民を攻撃させる。マイザーコードとレイジノフの二大企業に集約するまで存在した、幾多の企業が繰り返してきたことだ。
〈にもかかわらず、ディープダイバーはレイジノフ・コンツェルン製の大量破壊兵器ではなく、生成と維持コストが高い生物兵器を保有しています。なぜでしょうか〉
「さあな」
事実、戦術核兵器は手軽に入手可能になった。二大企業は配備を続けているし、先週も東欧のレイジノフ領でテロリストが使用した。無論、テロリスト個人が生成した核兵器ではない。秘密裏にマイザーコードの一部門が提供したものだ。
一方の生物兵器や化学兵器は、企業が作ったところで維持や運搬が困難を極める。強制無毒化機能がついたタンクで、一本当たり相当量が保管されるのが普通であるため、小規模なテロ集団に提供するのにはコストが見合わない。そのため、ディープダイバーは独力で精製したと考えられる。
「奴らなりの矜持じゃないか。人を殺す方法も、自然の力がいい、とか」
〈興味深い回答です〉
電源室と書かれた扉がある。トラップに警戒して開放する。
壁一面に計器やモニターが並んでいる。中央に置かれた大きな椅子は、こちらに背を向けている。中は無人に見えた……
「待て、何かおかしい」
椅子が突然動き出した。ゆっくりと回転し、こちらに座面が向く。
顔を紙袋で覆った女が座っていた。テープで身体を固定され、激しく暴れている。
「おい、お前……」
シラヤの言葉が途切れる。
座っている女の胸元に、箱が縛り付けられていた。
その箱は、爆発物を押し込んでおくのに最適な形と大きさで……何本ものコードが伸び、赤や緑のランプが点滅していた。
いや、よく見ると、そもそも箱ですらない。四角い粘土状のプラスチック爆薬が纏められているのだ。
「待て貴様、動くな!」
拳銃を向けて叫ぶ。いくら耐衝撃性に優れた戦闘対応型パイロットスーツであっても、この量の爆薬の前では障子紙も同然である。
暴れていた女が、ついにテープの拘束を破る。こちらに歩いてきた。これでは解除のしようがない。
「止まれ!止まらんと撃つ!」
〈機長、バレットを使ってください〉
「……!」
人体を真っ二つにする威力を持つM82A1なら、起爆装置ごと破壊することが可能かもしれない。だが当然、女は助からない。
〈機長、早く〉
「……」
拳銃を持つ右手に力が加わる。
INITIALIZED-WORLD 立花零 @ray_seraph
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