scene.3 <人形>の少女

―― 一二時一九分 

東神エリア 新興都市ソドム中心部


 新興都市ソドム、その中心部で起きていたWPOと<傀儡パペット>の小規模戦闘はWPOの誇る対<傀儡>特化兵士<人形ドール>の介入により被害を出しつつも人間側の勝利で終了し今は撤退準備を急いでいる。


 その中心部を囲むように建っている建設途中で放棄された廃墟のビル群。

 それを駆け跳び伝っていき先程まで<人形ドール>と<傀儡パペット>の戦闘が行われていたビルに一人の男が黒髪を風に靡かせながら飛び移り着地する。


「……」


 着地の姿勢で膝を曲げたまま注意深く辺りを見渡しゆっくりと立ち上がり下方向へとのぞき込むように目を向ける。


「(いた……)」


 眼下に張り巡らされた鉄骨、その一本に引っかかるようにして<人形ドール>が横たわっている。

 力無く横たわるその姿は体の小ささも相まって本当に人形にんぎょうのようだった。

 辺りに<傀儡パペット>の気配は無い。

 韋伍は今いる鉄骨からすぐ下の鉄骨を順番に跳び移っていき倒れている<人形>に近付く。

 力なく横たわる<人形>の下に辿り着いた男が膝立ちの姿勢になり細いその身体に細心の気を遣って優しく触れる。


「(生きている様だな)」


 目立った外傷はなく脈も正常。

 黒髪の男がひと息付き改めて<人形ドール>を見る。

 

「(やはり小さい……子供か?)」


 脱力して倒れる<人形ドール>はスコープ越しに見た時よりもさらに小さく見えた。

 今しがた脈を測るため持ち上げた腕もとても細く力加減を間違えれば握りつぶしてしまいそうな気さえした。


「(……ヘルメットが壊れているのは僥倖だったな)」

 

 WPOの兵装ヘルメットにはカメラが搭載されておりリアルタイムで映像が転送録画されている。

 だが今それは破損していて男の独断行動を咎められることはなさそうだった。

 韋伍が損傷した<人形ドール>のヘルメットへ手を延ばしゆっくり脱がせる。

 現れたのは少女であった。

 もみあげの部分が長く襟足が少し跳ねているショートボブのような髪型のくすんだ金髪。

 歳の頃は十三から十五といったところか、眠るその顔は少女と女性の間を行き来する可愛くも美しい容姿であった。


「(この娘が<人形ドール>……)」


 韋伍は考えに耽りながらまつ毛の長いその目を閉じ眠る少女を見ていた。

 いや見惚れていたのかもしれない。


「っ!」


 しばらくその顔を見つめていた韋伍だが近寄る気配を感じ立ち上がりながら周りに目を移す。


アギャァ


「<傀儡パペット>……二体か……」


 今いる鉄骨から下の位置に片腕がない個体、おそらく少女と絡まって落ちたそれと別に追加でもう一体の<傀儡パペット>が登って来ていた。

 韋伍は一度拳銃から弾倉を取り出し残りの弾数をチェックする。


「待……って下さ…い」


 取り出し見ていた弾倉を再び銃のグリップへ叩き込み<傀儡パペット>の下へ向かおうと踵を返した男に小さな声が掛かかる。

 その声に振り向くと<人形ドール>の少女が弱々しく顔を上げ男のことをその海のように綺麗な碧眼で見上げていた。

 どうやら意識は戻ったがまだ身体を上手く動かせないようだ。


「戦っては……ダメです……独り……では危険で……す」


 逃げて下さいと男に告げる<人形ドール>の少女。


「お前はどうする」


「私は……<人形ドール>、使い捨ての人形にんぎょうです……気にしないで下さい」


 そう言う<人形>の少女の首元で金属製の首輪のようなチョーカーが冷たく光を放つ。

 その言葉に韋伍が首を横に振る。


「<人形ドール>も人間だ……休んでおけ」


 少女にそう短く告げる黒髪の男、そして振り向き様に銃を構え、


ッ!


 <人形ドール>の少女と会話をしている間に近くまで登って来ていた<傀儡パペット>に向けて発砲した。

 額に銃弾を受け大きく上半身をのけぞらせる<傀儡パペット>だったが踏み留まりグイッと腰を曲げ姿勢を前傾にし男に隻腕で掴みかかろうと迫る。


ッ!!


 近付く<傀儡パペット>の額、先程撃った場所と寸分違わぬ所に再びいく発か射撃を行いながら、


「ふっ!」


 肉薄した<傀儡パペット>の頭に片手を置きそこを支点に逆さ立ちでそれを飛びこえる。

 そして反対側に着地、勢い余って前のめりに倒れた<傀儡パペット>の脚を撃ち腱を切断した。


「後ろ!」


 倒れた<傀儡パペット>の向こう側から<人形ドール>の少女が叫ぶ。

 

 その声を聞き振り向きざまに銃を構え、飛びかかって来ていたもう一体の<傀儡パペット>の心臓を狙って立て続けに連射。

 パキパキッバキンと音を立て皮膜が崩れ剥き出しになった心臓に二発の銃弾を撃ち込み孔を空け沈黙させる。

 

 そして先程倒れ脚を撃たれ立てなくなりながらも鉄骨を這って<人形ドール>の少女に近付いていた個体の方へ歩いていき。


「っ!!」


 その頭部を足で踏み潰す。

 先の銃撃で頭部の皮膜装甲が剥がれていた<傀儡パペット>の頭は乾いた音と湿った音を同時に鳴らしながら潰れ、その体を痙攣させ動きが止まる。

 

 ジワッと鉄骨に広がり滴り落ちる濁った赤、入り口の個体とは異なり塵と成って消えはしなかった。

 身体の一部は色褪せて崩れたが大部分が残り普通の死体のようだ。


「……二体とも成ってからそんな時間が経って無い様だ……」


「なぜ……分かるの……ですか?」


 体を休めながら黒髪の男の戦闘を見ていた<人形ドール>の少女が男の言葉に反応する。


「<傀儡>と成った者の体内組織はそこで培養された菌の餌となる」


 少女の質問に男が応える。


「そしてその喰らった肉のあった場所に菌が増殖し組織作りそれに取って代わる……」


 韋伍は<人形ドール>の少女に近付きながら話を続ける。


「<傀儡>に成って長いものほどその体組織は本来の人のものでは無くなっていくため殺した時に死体が残らない、全て塵になって崩れ去る。その崩れ去った塵にもまだ生きている菌が含まれそれが風に乗って人の体内に入り込むこともあるが……」


「……」


「空気中に漂う程度の濃度であれば健康体の者ならば問題にはならない。しかし感染した人間が弱っていて入ってきた菌に身体の抵抗力が負けると菌が定着……ゆっくりと中で増殖し……臨界点を突破するとその人間は<傀儡パペット>へと変貌する」


 座り込む<人形ドール>の少女のそばに立ちその姿を見下ろしながら説明する黒髪の男。


「むしろそういって成った者の方が厄介だ、ゆっくりと体内で培養された菌が臨界点を境に一気に膨れ上がるからな……こいつらは恐らく<傀儡>に襲われて死にながら成った個体だろう」


 黒髪の男が拳銃で二体の<傀儡パペット>を示しながらそう締めくくる。

 そして座っている<人形ドール>の少女の傍に屈んで目を合わせながら、


「兵士課では教わらないのか?」


 少女が首を横に降るどうやら初耳の様だ。

 自分の知らない知識を聞きサラサラと燻んだ金髪の髪を揺らしながら首を振る<人形ドール>のその姿は年相応の可愛らしい少女に見えた。


「そうか……」


 そう言いながら韋伍は<人形>の少女の膝裏と肩に手を回して体の前で抱え持ち上げる。

 <人形>の少女の体はとても軽かった。


「えっ!? あの」


「撤退するぞ」


 <人形ドール>の少女が急に抱え上げられたことに狼狽の声を上げ身じろぎするが黒髪の男は意に介さず歩き出す。


「私、歩けます。おろして下さい」


「!?」


 もじもじと腕の中で身悶えする<人形>の少女、しかし男はその言葉ではなく上空に現れた気配に反応した。

 <人形>の少女を抱えたまま跳躍、別の鉄骨に着地したと同時、先程まで二人がいた鉄骨が上から降ってきた”モノ”に破壊され激しい音と共に落下する。


「何ですか!?」


「分からない……」


 <人形ドール>の少女の驚きを含んだ言葉に黒髪の男が軽く首を横に振りながら応える。

 巨大な何かが降ってきたようだが今はそこに土煙が舞っていて状況が掴めなかった。

 異常事態に目を離せない二人は動きを止め土煙に目を凝らす。

 その中で大きな影がのっそりと動くのが見えた。


「……嫌な予感がします」


「同感だ……」


 その影を見た<人形ドール>の少女が韋伍の腕の中で額に汗を滲ませながらそう呟き男が同意する。


アガァァァァァァァ!!


 薄れゆく土煙の中から不意に怒号が響きそれは姿を表した。

 <傀儡パペット>であるようだが先程まで見てきたものとは異質であった。

 まず大きさが規格外である。

 その身の丈は四メートル弱。

 今まで見てきたものの中にも元人間と考えれば大きな個体はいたがこれほどまでのはいなかった。

 また右の上腕、前腕、肩が異様に発達、左もそれなりに大きいがシオマネキのようなアンバランスなシルエットである。


「人間に入った菌が増殖と膨張を繰り返せば規格外に大きくなるという報告は今までもあったが……」


「はい……ここまでのは未だ報告されていません」


 黒髪の男の言葉を緊張感を滲ませながら引き継ぐ<人形ドール>の少女。

 とりあえず撤退するしかない。

 こんなのを相手するのに個人など不可能せめて一小隊は必要であると判断し、少女を抱えたまま鉄骨の上を駆け出す男。


ガァァァ!!


ッ!!


「っ!」


 男の撤退の動きを察してか<傀儡パペット>がビルを支える支柱をその巨大な右手で殴りつけた。

 ギンッともゴォンとも取れる耳をつん裂く激しい音を立て大きく揺れる建物。


「上! 避けて下さい!」


 腕の中で<人形>の少女が真上を見上げて叫ぶ、韋伍はその言葉に呼応し確認の時間を惜しんで即座に違う鉄骨へと跳び移る。

 ガァンゴォンと音を立て上から降ってきた鉄骨がさっきまで二人がいた足場を巻き添えにして落ちていった。


「助かった」


 韋伍が足場の結末を見送りながら腕の中にいる<人形ドール>の少女に礼を言う。


「いえ……」


 しかし今いる場所も安全では無い、先の衝撃以降ビル全体が震え続け足場がどんどん崩れていき逃げ場が無くなっていく。

 やむおえず<人形>の少女を抱えたまま足場を飛び降り違う足場に逃れ、また飛び降りる。

 

 その動きを繰り返すうちに、

 

「くっ」


 ついに二人はビル敷地内の地面まで追い詰められてしまった。

 二人が見上げる先にはどんどん崩れていくビルの鉄骨と、


「……」


アァァァ


 こちらを見下げ見据える巨大な<傀儡パペット>。


「私が惹きつけます、あなたは隙を見て離脱して下さい」


 韋伍の腕から地面に降り立ち決意を顔に浮かべながら静かな声でそう言う<人形ドール>の少女。


「……」


 そんな少女の言葉を聞いていないのか黒髪の男が片手で拳銃を構え斜め上方に向ける。


「何をしているのですか!」


 そんな拳銃の弾で倒せるはずがない、と<人形>の少女が男に叫ぶ。

 しかし韋伍は目を逸らさず――


――!!


 倒壊中のビルに連続して鳴り響く銃声。

 韋伍は持つ銃が弾倉内全ての弾を吐ききりスライドオープンの状態で沈黙するまで打ち尽くした。

 男が撃った弾は巨大な<傀儡パペット>、ではなくそのさらに上の鉄骨の継ぎ目に命中、

 そして――


「な!?」


 韋伍が急に振り向きガバッと<人形ドール>の少女をその身で庇うように抱きしめてしゃがみ、少女がその行動と感触に驚きの声を漏らす。


 そんな二人の後ろで継ぎ目が外れた鉄骨が落下さらに下の鉄骨も巻き添えにして、二人に手を伸ばそうとしていた巨大な<傀儡パペット>の上に降り注ぐ。


 ガンゴォンガァンと幾つもの重い金属がぶつかる鈍い音が長く響き渡り――


――――。


「どうだ?」


 音が止んでしばらく、<人形>の少女を胸に庇った姿勢のまま黒髪の男が顔を上げて様子を伺った。


「無茶なことをする方ですね」


 <人形ドール>の少女が下からそんな男の顔を見上げ呆れを含ませながらそう言う。

 そんな言葉を聞いているのかいないのか、韋伍が<人形>の少女を己の胸の中から解放し立ち上がって歩き出す。

 

「この下は地下道か?」


 鉄骨崩落の中心地で止まりそんなことを言う。

 

「次はどうしました?」


 <人形>の少女が男の言葉を聞きその横まで歩いて行く。

 そこには幾つもの鉄骨の落下衝撃で地面が陥没して穴が空いており横道が続いているのが見えた。


「確かに、続いていそうですが……」


 二人で穴を覗いていると、ガラガラという音と共に巨大な<傀儡パペット>の呻き声が聞こえてきた。


「下に逃げ込む急げ……っ」


「……!」


 黒髪の男がそう号令し躊躇いなく地下へと降りて行く。

 <人形ドール>の少女もその指示に従い男の後を追い、

 二人の姿は地下へと消えて行った。

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Xeppeto〜ゼペット〜 への字口狸子 @haku_na_matata

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