scene.2 遭遇

―― 一一時一七分 

東神エリア 新興都市ソドム中心部


 建設途中で放棄され鉄骨が剥き出しのビル群が連なる場所。

 そのひとつに黒髪の男が強い風を受け着ている黒スーツの上着をはためかせながら眼下の光景を眺めていた。


「…………」


 新興都市ソドム、その中心部は今大規模な戦闘の真っ最中である。

 一個小隊およそ五十人強の兵士達が扇型に展開し背後の民間人を守りながら迫りくる<傀儡パペット>に向かい怒号と銃弾を飛ばしていた。


「弾薬こっちに回せ!」

「北東の方向から五!」

「要避難者の保護と撤退を手伝え!」

「炸裂弾を使う! 衝撃に備えろ!」


 ひっきりなしに鳴る銃声に爆発音、人の叫び、悲鳴、そこはまさに戦場だった。

 

「おされているな……」


 全体を俯瞰できる位置から見下ろしていた韋伍が呟く。

 見る限り<傀儡パペット>の数は兵士のそれより少ないが一体の戦闘力は一般兵士を上回る。

 迫りくる敵を兵士がその手に持ったアサルトライフルによる銃弾の雨で必死に押さえているが<傀儡パペット>の皮膜の硬さもあり数を全然減らせないジリ貧の状態であった。


 「(主任と二句井にくい……)」


 眼下に韋伍いごと共にこの町にやってきた二人の男の見えた。

 スーツコートの壮年の男と金髪の若者が兵士の展開している前線やや後方、建物の影に隠れて戦場の方を見ている。


「(我々の役割を考えるならば前線に出ないのは当然)」


 彼等は兵士ではない、WPO治安維持部門の特務課と呼ばれる特殊な組織でありその仕事は前線を張るのではなく主にバックアップや情報収集、事後処理を担当する独立部隊である。

 

「……」


 黒髪の男がスーツのポケットからスマートフォンのような端末を取り出し耳に当てる。

 いちコールも鳴らないうちに、


『韋伍か? 無事の様だな』


 スピーカーから落ち着いた壮年の男の声が聞こえてきた。

 その声に特段の変化は無い、黒髪の男が<傀儡>一体に遅れを取るなどとは一切考えていなかったようである。


「ああ、問題ない。目標は処分した……私はいま中心部南東の建築途中のビルの上にいる」


『ああ、そこか、こちらからも見えた』


 眼下の男二人がビルの鉄骨に立つ黒髪の男に合図を送る。


「どうやら前線はかなり切迫しているようだが……どうする?」


『我々の任務を最優先で考え待機だ』


 壮年の男は極めて冷静な声色のままそう通話の相手に告げる。


「……」


 上司にあたる人物からの待機命令に韋伍の顔に少しの苦味が走る。


『不服、と言いたげな沈黙だな』


「いや……」


『……二句井をトラックまで走らせて狙撃銃をそちらに送らせる。それまでは我慢しろ』


 黒髪の男の沈黙でその心情を汲んだ上司が代替案を提示した。

 眼下では既に金髪の若者が町の入り口に停めたトラックへ向かい駆け出している。


「気遣い感謝する……」


『お前が先走った方が困るからな、とにかく待機だ頼んだぞ』


 通話が切れた端末をスーツのポケットにしまい、再び戦場の様子に目を向ける。


「……」


 韋伍は持つ拳銃を強く握り締める。

 眼下ではジリジリと包囲を狭め迫りくる<傀儡パペット>を兵士達が必死に足止めし取り残されていた民間人の避難を進めていた。


「(歯痒いな)」


 己の胸中で苦々しい感情に翻弄される韋伍だがこの距離ではどうすることもできない。

 この場所に待機する命令が出た以上武器が届くのを大人しく待つしかなかった。

 

「!」


 その時、目の前で防衛網の一部に綻びが生じる。

 

しまっ、うごっグァァァーッ……

クソっ! 抜けられるっ!

グァ! は、はな…おぁ、ァガャアァァァ……

うわぁ!! 助けてくれ!!


 崩れた箇所から<傀儡パペット>が兵士の隊列を割るようにどんどん進む。

 体勢を崩した兵士の顔をつかみその口に手を入れ腕力で上下に引きちぎる。

 口が大きく裂け絶命し地に倒れる兵士。

 その凄惨な光景を目にし今まで気丈に前線を抑えていた兵士達の士気が目に見えて翳っていく。

 焦りの声と断末魔が響いた。


「ッ!」


 思わず一歩足が動く「このまま彼らを見殺しにするのか」と黒髪の男の思考に葛藤が生まれ待機の命令との狭間に揺れ動く。

 破壊された防衛網を突破した<傀儡パペット>が二体避難誘導中の部隊に接近、民間人の悲鳴が響いた。

 風に乗り韋伍の下まで届く女性や子供達の甲高い悲鳴、起こりゆる蹂躙と惨劇の予兆に韋伍の身がすくむ。


 そのとき――


 民間人に襲い掛かろうとしていた<傀儡パペット>に二筋の朱色の帯が通りその首と胴が離れる。

 その断面は高熱の棒を押さえつけた様に焼き爛れていた。


「(あかい……刃? レーザー兵器か?)」


 朱色の帯はそのまま破られた防衛網の最前線を超えて朱き閃光となって<傀儡パペット>の集団に突っ込んで行く。


「アレは……」


 突如戦場に現れた朱色の風が<傀儡>を撫で切り吹き抜けていた。

 その光景を上から見ていた黒髪の男が再び端末を取り出し上司に連絡を取る。


「主任、見えるか?」


『ああ、なんとか最悪の事態は免れたようだ』


 端末越しに壮年の男の安堵の声が聞こえて来た。

 どうやら敦賀も兵士や避難民を見殺しにすることを良しとは思っていなかったようだ。


「友軍……なのか?」


 朱色の乱入者について問う、眼下ではその乱入者が両手に持つ二本の朱い武器を振り軽やかに舞い踊りながらたった一人で崩れていた前線を押し返しているのが見える。


『ああ、おそらくあれが第四世代<人形ドール>ってやつだWPO科学部門が生み出した強化兵』


人形ドール……」


 世界保全機構<WPO>、その科学部門が数年前に生み出したと言われている対<傀儡パペット>特化戦闘員、通称<人形ドール>その者は特殊な肉体改造を受けており、並の兵士を大きく上回る戦闘力があるとされ災厄に抗する新たな希望と注目されている。

 またその強化の被改造者は誰でも良いというわけではなく先天的な素質が必要と言われていた。


『昔からそういった類の研究はあったが……あの最新の第四世代型は今までとは大分思想が異なるな……』


「聞いたことはある……」


 科学部門の人間を改造し強化兵を作って<傀儡>に対抗しようという思想はWPO発足以前から強くあり、それの研究が数年前に身を結び幾つかの戦場で試作を投入、驚きの戦果を出し活躍しているという話は聞いている。

 そしてその被験者になりうる者の選別も特務課の任務に含まれていたためにそういう兵士が存在することも当然知っていた。


 しかしこのように前線に投入され、その活躍を直接目にするのは初めてである。

 韋伍はWPOが誇る前線の秘密兵器、<人形ドール>のその美しい戦闘、武の舞いに目を奪われ眼下の光景から目が離せないでいた。

 

『韋伍さん、お届け物でーす』


 そんな黒髪の男のすぐ近くからそんな能天気な声が掛かかり奪われていた意識を戻して目を移す、軍用に改造された一機の大型ドローンが荷物を下げ浮かんでいた。


「ああ……助かる」


 そのドローンが巻き上げる気流に黒髪を靡かせながら取り付けられた視認カメラ越しに見ているであろう二句井に労いと礼の言葉を口にする。


『んでは、お届けしましたのでオレは戻ります、お気をつけて』


 搭載されたスピーカーからそう告げ滑らかな動きで鈍色の空を去っていくドローン。

 韋伍はそれを見送ったあと受け取ったケースの留金をはずし蓋を開ける。

 中には全長一mオーバー、本体上部に望遠スコープを取り付けられた遠距離狙撃用の銃が収められていた。


「(これならここからでも届くな)」


 スナイパーライフルをケースから手早く取り出しセッティング、片膝立ちになりながらそのスコープを覗き込む。


 「(しかし敢えて手を出す必要ももう無いか…)」


 スコープの中では朱色の帯が軽やかに舞い動き続けて<傀儡パペット>を次々と切断している。


「(あの武器……やはりレーザーブレイドか)」


 レーザーブレイドとはWPOが誇る最新鋭の対<傀儡>用武器。

 武器形状は剣や槍など様々だがいずれも刀身に電磁プラズマを纏わせ触れた対象を高熱切断する武器の総称である。


「(形状は二刀一対のスピア型)」


 いま黒髪の男の眼下で振るわれているそれは柄の先からコードが延びて腰にあるバッテリーからエネルギー供給を受けているようだ。


「(随分小柄だな、女か?)」


 眼下で交戦してる<人形ドール>と呼ばれる戦闘員は頭部に大きめのヘルメットを被っており顔は見えない、しかし胴はぴっちりとし体に沿う生地でその所々金属の装甲を取り付けたノースリーブ型の戦闘服を着ておりその二の腕や腰といった所々に女性の丸みが見て取れる。

 

「(……やはり必要無かったか)」


 韋伍がライフルを下ろす。

 男が分析している間に一帯の<傀儡パペット>を沈黙させた<人形ドール>がその残骸の上に立っていた。


「(対<傀儡パペット>特殊戦闘員<人形ドール>第四世代……大した戦闘力だ)」


 黒髪の男がそう評価を下す目線の先で<人形ドール>が朱い光の刃を鎮めただの金属の武器になったそれを太腿の裏にあるホルスターに収める。


「ッ!!」


 その時、戦闘体制を解除した<人形ドール>に一体の<傀儡パペット>が影から飛び掛かった。

 気配を感じたのか咄嗟に振り向いた<人形ドール>は不意打ちに驚きながらも応戦するため抜刀しようとするが間に合わない。

 やむを得ず素手で頭を庇い来るべき衝撃に備え歯を食いしばる<人形ドール>――


ギャッ!!


 襲い掛かってきていた<傀儡パペット>が後方に吹っ飛んだ。

 遅れてタァーンという銃声が響く。


「役に立ったな……」


 ビルの上でスコープを覗きながら今しがた<傀儡パペット>を狙撃した黒髪の男が溜め息を吐きながらそう呟く。

 男が放ったライフル弾は<傀儡パペット>の胸に命中、その尖った弾丸は皮膜装甲をものともせず心臓を貫き一発で絶命させていた。


「!」


 スコープ越しにこちらを向くヘルメット姿の<人形ドール>と目があう。


「「………」」


 お互い手を振るなど挨拶するわけでもなくただ目を合わせ続ける。

 韋伍からはヘルメットでその<人形>の眼は見えないが何故か目を離せない、男はまるで刻が止まったような感覚を覚えた。


「!?」


 不意に<人形ドール>が武器を抜き後ろを向く。


 <傀儡パペット>の新手が何体かやって来たようだった。

 <人形ドール>が再び武器に朱を纏わせ交戦をしながら駆ける。

 黒髪の男が陣取るビルと中心部を挟み反対側にある建築途中のビルの鉄骨を足場にスコープの中で飛び交い戦う<人形ドール>と<傀儡パペット>、さすがにこれほど動き回られるとこの距離から介入するのはなかなか難しい。


「ッ!」


 しかし男は落ち着いてスコープを覗きトリガーを引く。

 着地し再び跳躍しようと力を込めていた<傀儡パペット>がその隙を突きかれ額に孔を空けながら鉄骨を転がり落ちる。

 遠方からの援護、その成果もあり<人形ドール>は特に苦戦することなく<傀儡パペット>の追加戦力を凌ぎ切れそうだった。

 しかし――


「まずい!」


 黒髪の男が珍しく大きな声を上げる。

 スコープ越しに空中に飛び出た<人形ドール>がそこに飛びついてきた<傀儡パペット>と組み合い絡まりながら落下していくのを捉えた。


「……」


 建物の陰に隠れてしまい視界の外に行ってしまった<人形ドール>と<傀儡パペット>。

 立ち上がり鉄骨に手を掛け前のめりになってその行方を見る。

 そして一瞬の思考の後、スーツのポケットから連絡用端末を取り出した。


『どうした?』


 コールの間も無くスピーカーから聞こえてくる壮年の男の声。


「すまんが先に戻り撤退の準備をしておいてくれ」


 珍しくその声に焦りを滲ませながら黒髪の男が用件を簡潔に告げる。


『おい、待て! お前あの<人形>を追うつもりだろ』


 韋伍のその連絡に壮年の男も焦り気味に静止をかける。


「ここでアレほどの戦力を失うのは私達にとって不利益だ……」


『待て、そもそも<人形>は使い捨てと上層部も研究者も言っている』


「! しかし…」


『しかし、ではない! 戻れ! これは命令だ』


「……」


『返事が聞こえんぞ』


「一四時までに戻らなければ帰投してくれ……あとライフルの回収も頼む……」


『な!? 待て韋伍――』


 男は強制的に通話を切る。

 そして先程まで<人形ドール>が戦っていた方向に目を向け、


「……」


 いっときの逡巡、そして首を振り<人形ドール>の消えたビルへと向かうため駆け出した。

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