Xeppeto〜ゼペット〜

への字口狸子

Chapter.1 寡黙な男と人形の少女

scene.1 災禍の種

――西暦二二XX年

 人類は今、未曾有の事態を前に滅びの道を辿っている――


 

 約二〇〇年前、西暦二〇XX年ユーラシア大陸北部に隕石が落下した。


 直径一〇〇m弱に及ぶそれの落下の衝撃は周辺地域の大地をならし数多の建造物を薙ぎ払い瓦礫の山を築き、人々を地獄へ叩き落とす甚大な被害をもたらす。

 文字通り降って沸いた災害、しかしそれらの被害は地球規模、人類全体で見ればまだ局地的な被害で済んだと言えた。

 

 今、人類を滅びの道へいざなっているのは別の要因である――

 

 <傀儡パペット>――そう名付けられた異形に人々が変化する怪現象が隕石の落下以降世界各地で勃発したのだ。

 その原因は隕石に付着していた菌である。

 宇宙そらより隕石と共にこの星に来たりしそれが落下の衝撃で大気中に散布、呼吸器や粘膜から人々の体内に侵入し体内に定着、増殖を繰り返し一定濃度に達するとそれは宿主の肉体を変質させ人を襲う怪物を生み出した。

 原因と変貌の理由の解明は研究の末に人類が得た災厄への具体的な対応を施策できる有益な情報であったが災厄に抗するには既に時間がかかり過ぎていた。


 <傀儡パペット>に変化した人は人を襲う。

 その理由は定かではない。

 一説には人であった頃の欲求の増大、また違う説では<傀儡パペット>化の激しい苦痛を緩和するのが人の血肉だから救いを求め人を襲う、とも言われている。


 <傀儡パペット>に襲われた者も<傀儡パペット>に変質する。

 その理由は先に述べたように菌の保有者である<傀儡パペット>の体内で増殖したものが傷を通して被害者へ侵入するためである。

 たとえ死亡していても脳か心臓のどちらかさえ無傷であれば菌に感染した人間は<傀儡パペット>と化し起き上がり新たな被害者を求め彷徨った。

 

 隕石落下から二〇〇年が経った現在、地球上の総人口は十分の一にまで減少している。


 生き残った人々は<傀儡パペット>に抗うために都市を鋼鉄の壁で覆ったり水上や高所に建て人の移動を厳しく管理、<傀儡>の侵入及びそれに伴うパンデミックを水際で防いでいた。


 過去地球上で栄華を極めた人類は狭い国土に追いやられその中で生活を送る先の見えないささやかな抵抗を続けている。


 しかしただひたすら閉じこもるだけでは明日は見えない。

 人間世界は<傀儡パペット>掃討の為の対<傀儡パペット>特殊対策組織WPO<世界保全機構>を発足――



「――<傀儡パペット>の研究を進め対<傀儡パペット>武器、兵器の開発及び兵士の育成……」



―― 一〇時〇〇 新日本 

東神エリア 新興都市ソドム近郊


 暗い雲が立ち込める空の下、荒廃した道を瓦礫を蹴飛ばしながらひた走る一台の軍用トラック、その助手席に座り手元の資料に目を通していた壮年の男がそう呟いた。

 その男は白髪混じりの髪をオールバック、寒がりなのか春先なのにスーツの上にコートを着込み革製の手袋を嵌めている。


敦賀つるがさん、よく車内で字読めますね……オレにはとても……」


 短い金髪を逆立てスーツを着崩した若い男がハンドルを握りながらチラリと助手席に目をやりそう言う。


「時間の節約だ、それより今回の仕事内容ちゃんと把握してるんだろうな? 二句井にくい


 敦賀と呼ばれた壮年の男は咥えた煙草の煙をくゆらせながら、二句井という名の金髪の若者にそう問うた。

 問われた若者がしどろもどろになりながら言葉を紡ぐ。


「えっ!? 勿論スよ……えっと……先日<傀儡パペット>の襲撃を受けた新興都市ソドムに派遣されている先遣隊と合流、そして生存者、民間人の保護、輸送……」


 金髪の若者が並び立てる言葉に壮年の男が煙混じりの溜め息を吐く。


「それはWPO"治安維持部門"の表の仕事だろ。俺が聞いたのは俺達、治安維持部門"特務課"の仕事だ」


「それは……」


 壮年の男の言葉に金髪の若者が言い淀む。

 そんな二人の会話に割り込む第三者の声が車内に響いた。


「ヤツらに襲われてまだ成ってない被害者の処理……ソドムにおけるパンデミック、その原因の究明、特殊個体の調査、可能ならば回収」


 トラックの荷台側の座席にいた、黒髪黒スーツの男が低く静かな声で呟く。

 その男の言葉に壮年の男が資料から顔を上げ後方を覗きながら頷く。


「そうだ韋伍いご。俺達は兵士課の人間ではない特務課だ。民間人の保護や<傀儡パペット>の掃討より優先すべきことがある」


「……」


 韋伍と呼ばれた黒髪の男はそれ以上口を開くことなく俯き前髪で目元を隠しながら手に持つ拳銃をいじっていた。

 その拳銃の外観は過去にアメリカ軍で採用されていたベレッタM9によく似ていておそらく近年新たに製造された後継機だと思われる。


「韋伍さん、寡黙かもくっスよね」


「お前は喋りすぎだ、もう少し特務課らしく振る舞え」


 ひと言発して黙ってしまった黒髪の男のことを見た二句井がハンドルを操作しながらそう表し、壮年の男が資料に目を戻しながら金髪の若者を揶揄する。


「……」


 小言を言われた金髪の若者は何か言い返そうと口を開きかけたが寸前で我慢したようだ、その口を真一文字に閉じ言葉を飲み込む。

 壮年の男はそれに気付いているのかいないのか手元の資料に目を戻し黙っている。

 荷台側では相変わらず武器のチェックを黙々と行う黒髪の男。


 沈黙する車内、三人の男達を乗せたトラックが石を跳ね除け、乗り上げ、揺れながら荒れた道を進んで行った。




―― 一〇時ニ〇分 

東神エリア 新興都市ソドム


 ひたすら車を転がし荒れた道を進んだ先に高い建物が建ち並ぶ都市が見えて来た。


「先遣隊のトラックがあるな、アレの横に停めろ」


「はい」


 ほどなくして目的地に着いた一行がその町の入り口に停めてある先遣隊の軍用トラックを発見しその隣に自分達の乗るトラックを停め降りる。


 ソドムは近年開発計画された発展中の都市であり鉄筋剥き出しの工場のような無機質な様相を呈していた。


「戦闘の気配がありませんね」


 二句井がトラックの運転席から降りながらそう呟く。

 町並みに目を向ける三人の男達、ときおり乾いた風が吹きそれが建物の間を通り抜け甲高い音を鳴らすがそれ以外の物音は聞こえてこない。


「おそらく先遣隊の連中は町の中心部まで進んでいるのだろう、とりあえず本隊と合流、道すがら生存者、要回収者及び殲滅対象の捜索をする」


 気を抜くなよ、と壮年の男が自分達の動きを確認し指示を出す。

 上司にあたる人物の言葉に金髪の若者が頷きトラックの荷台に回り込んで武器の準備に取り掛かる。


「捜索なら手分けした方が早い……」


 韋伍が前に出ながら呟く、その言葉に壮年の男が首を横に振る。


「いや、本隊と合流するまでは固まって動く、まだこの町の状況が分からんからな」


「了解した」


 上司の指示に小さな声で返事をしスタスタと町の大通りを進んで行く黒髪の男。

 それを見た敦賀は金髪の若者に目を合わせ肩を竦めながその後に続き、そのさらに後を急足で若者が追いかけた。




 町のメインストリート、そこを奥に進むにつれ建物の壁を銃痕が穿っていたり店舗の窓が割れていたりなどの戦闘の痕跡が増えてきていた。

 遠くのビル群が強風に煽られ揺れているのか金属のぶつかる重い音を町にゴゥンゴォンと鳴り響かせている。


「荒れてきましたね……これはもう住民の避難は完了したんじゃないですか?」


 ただ金髪の若者が呟くように人の声や何かが動く気配は未だなく町は閑散としていてた。


「こんな有様じゃこの辺りには誰も居そうにないですね」


「おい、あまり離れるな」


 二句井が町の様子を見渡しながら歩き、二人の男から少し離れメインストリートの脇にある店舗の廃墟を覗き込む。


そのとき


ガァァッ!!


 人型の異形がくぐもった咆哮を上げ廃墟の影から飛び出してきた。

 その姿はよく映画などで目にするゾンビの様な姿をしているがその動きは人と比べても俊敏で野生の獣を思わせる。

 さらにその体は皮下に枯れた蔦が絡み付いているような不気味な筋が走っており、特に人体の急所といえる箇所、心臓や頭には念入りに巻き付いて生物的な皮膜の様なものが形成され厳重に保護されていた。


「うあぁぁ!」


 二句井は突然の襲撃とその異様の姿に慌てて体を動かし尻餅をついてしまう。

 

 目を赤く光らせた<傀儡パペット>が金髪の若者へ飛び掛かる。


――ッ!


 パァンパァンと立て続けに二回、乾いた音が廃墟地帯に響き金髪の若者に襲いかかった<傀儡パペット>が後方に飛ばされた。


「二句井! 立て!」


 顔を腕で覆い防御していた金髪の若者に壮年の男が近付きその腕を持ち上げ立たせる。


「すみません敦賀さん、韋伍さんも。助かりました」


 金髪の若者が壮年の男の手を借り立ち上がりながら、今しがた<傀儡パペット>を撃った黒髪の男に礼を言う。


「仕留めたのか?」


 敦賀が振り向き訊く、その問いに韋伍は銃を下ろし首を横に振った。


「二発程度では皮膜を貫くことはできまい……」


「そうだな……」


 生命維持に直結する器官を覆う<傀儡パペット>の皮膜を9mm拳銃弾二発で破壊するのは不可能であった。


「野放しは危険だ……私が追いかける、あなた達は先に合流してくれ」


 黒髪の男の提案を聞き壮年の男が暫し考え頷く。


「分かった……お前なら平気だと思うが用心しろよ」


 壮年の男の了承を得て韋伍は頷き<傀儡パペット>が飛んで行った方へ走り出した。



 

 人の居なくなった町を髪とスーツの裾を靡かせ軽やかに駆ける。

 辺りを注意深く見渡しながら破壊され崩れた鋼鉄のジャングルを滑るように移動し続け、


「(いた……)」


 先程遭遇したと思われる<傀儡パペット>を上方、建築途中である建物の鉄骨の上にいるのを発見した。

 黒髪の男が再び身体を動かしあちこちにとび出ている剥き出しの鉄骨や沈黙した重機を足場に使い軽やかに跳ね伝い登り<傀儡パペット>の下へと向かう。


アァァァ!!


 <傀儡パペット>のすぐ下を伝う鉄骨に韋伍が到達した時、男の接近に気が付いた<傀儡パペット>が足場を飛び降り上方から襲いかかってくる。


「……!」


 即座にホルスターから銃を抜き撃ち、無人の町に銃声を響かせ空中の<傀儡パペット>を撃つ。

 致命傷には至らないが頭部を撃たれた<傀儡パペット>は体制を崩しながら男がいる鉄骨に背中から落下した。


ガァ……アァァ


「……」


 韋伍は起き上がろうとする<傀儡パペット>に片手で銃を構え連続して発砲。

 発射された弾は驚きの命中率で急所である頭に刺さっていく。

 <傀儡パペット>は急所部を硬質な皮膜で覆ってるため簡単には貫けない、しかし男が放った弾はどんどんその皮膜を破壊していき、


「終わりだ」


 バキッと音を立てて皮膜を破った銃弾が眉間に突き刺さる。

 額に小径の孔を穿たれた<傀儡パペット>の動きが止まりその場に脱力して横たわる。

 動かなくなったそれの弾痕からは濁った色の液体が零れ落ちるのと共にその体全体が次第に色褪せていく、やがて身体が菌によって作られた人型の編みぐるみのような姿と変じ吹きつけた風に巻かれてぱらぱらと崩れ去っていった。


「……」


 その結末を見届けた男は踵を返し合流を急ごうと歩を進めたとき、


「!」


 風に乗って微かな人の声が耳に届いた。

 辺りを注意深く見渡す。

 視界の端、今いる場所の斜め下の道路脇に人影が座り込んでいるのが見えた。

 韋伍は靴裏で鉄を叩き、注意深く足場を降りて人影へと近付く。


「あんたは……」


 それはWPOの兵士の制服を着た人間であった。

 地べたに座り込むその者の体には無数の生々しい傷があり今も血が流れ落ち赤き水溜まりを拡大している。


「誰かそこにいるのか? すまんいきなり夜になって真っ暗で何も見えんのだ、部隊はどうなった?」


 その兵士が近付いた韋伍の気配を感じとったのか顔を上げて口を開く。

 兵士には眼球が無かった。

 眼球だけではない、片腕もなく腹には大きな裂傷がありそこからはらわたこぼしている。


「ハァハァ……体が熱い喉が乾いたすまんが水をくれないか?」


「……」


「そレに体中が痒いのに何故か掻けんのだ」


 話しているうちにもその兵士の息が荒くなり体のあちこちからボコボコと水疱の様な膨らみがその皮膚の下から盛り上がってくる。


「……」


 韋伍はその兵士の様子を見て何も言わず銃を構えた。


「おイ、あんた? どうシたんだ? 何か言えよ! なンで黙ってるンだぁ! あァぁ、足がむずむずするぅぅ」


 黙っている男に不安を感じたのだろう、それまでまだ普通に話していた兵士の様子が急変する。

 

 ヒトが恐怖や不安、ストレスに駆られた時に発生する脳内物質ノルアドレナリンが菌の急激な成長を促す、という仮説は近年WPOに属する科学者が新たに提唱したものだ。


「痒い痒い痒い痒いカユぃ、かゆいカユいァァ…かゆ、イィ……」


 兵士自身がそれまで感じていた体のむず痒さが増して広がり、まるで全身の血管に蟲が這っているような感覚。

 それに加え体の内から何か弾け出てしましそうな感覚。

 体中を巡る不快感にガサガサとみじろぎをしアスファルトに足を擦り付け掻き、残った片腕で皮膚が破れるまで首を掻きむしる。

 

あぁぁァぁぁがユいぃぃ!!

 

 兵士は我慢出来ずに奇声をあげる。

 そして急激にその体が内から膨張していき大きな水疱があちこちで膨らんでいく。


あぁぁぁぁあぁがぁぁあぁぃぃ……


「……っ!」


 男が引き金に掛かけていた人差し指に力をいれ銃口が光る。

 一瞬遅れてパァンと乾いた音が町に響き、空の薬莢が地面に落ちる金属音。

 悶えていた兵士から力が抜けガクリと孔の空いた頭と手を落とした。

 その身体は先程の<傀儡>とは異なり色褪せるのは体の一部、その一部は先程の個体同様塵となり崩れ去ったが、そのほかの部位は人間の死体として残り、穿った孔からは鮮血が溢れる。


 湿った風が吹きその塵を散らし、屍となった兵士の髪を揺らす。

 男もその風に黒髪とスーツの上着を揺らしながらしばらくその屍を見ていたがやがて踵を返し今度こそ町の中心部へと歩き出した。

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