水晶玉とシャボン玉

主道 学

第1話 初恋

 真昼の丁度、食事を終えた頃は、いつも眠い。薄暗い小屋の中で、中年女性のおしゃべりに耳を傾けて、適当に相槌をうっていると、ついウトウトとしてきた。

 午後の三時になると、一変して、まるで白昼夢のようなまどろみの中で、動悸が治まらない。


 私は占い師の見習い。


 今年で14歳になる中学生の女の子。

 土日しか働けないけれど、クラスの誰にも言えない楽しい秘密がある。

 私は瞳はクリッとしていて、ツインテール。細い体に黒と紫の中間点の色のローブを着ていた。頬はいつも朱色に染まっている。


 何故かと言うと、商店街の一角に構える小さな占い小屋へとくる人は素敵な人ばかりだ。たまに占い好きの中年女性がおしゃべりしにくる時もあった。

 その中にはとっても素敵な常連さんがいる。

 毎回来てくれて、まどろみの中で夢なのか現実なのか解らない状態で、ドキドキしながら水晶玉を見つめて、その人と他愛無い会話や相談事を静かに聞く時は火照った顔がひどく気になってしまう。


 今か今かと外浜(そとは)君を待つ日は楽しい。

 外浜君は背の高い茶髪の高校生で、鼻がピンとしていて目が鋭い。

 ちょっと外国人みないな人だった。


 毎週土曜日の午後三時半にくる。

 今日も薄暗い占い小屋で、水晶玉を見つめてお客とおしゃべりをしながら、まどろみのような白昼夢のような中で恍惚としていた。

 何気ないひと時だけれど、私にとってはこの上ない至福の時だ。


 占い小屋の天幕が開かれ外浜君が来た。

 でも、もう一人が入ってくると、私は驚いた。


「嘘……でしょ……」


 ついついそんな呟きが口から漏れ出した。

 その人は女性だった。

 外浜君と同じ年格好で、同じ高校の人なのだろう。美人の範囲にやすやすと入るその容姿を見て、私はまどろみから一気に目が覚めた。


「美鈴ちゃんは、まだ占いは見習いなんだけど、結構当たるって評判なんだ」


 外浜君が隣に座った女性に快活に言った。


「へえ。もう仕事しているの?関心関心」


「話も面白くってさ、今まで土日の退屈がなかったのは美鈴ちゃんのお蔭さ」


 私は一度、俯いた。

 この人。誰なの?外浜君の恋人?


「今日は恋人を紹介するよ」


 外浜君は隣の女性を紹介しようとした。

 私は目を見開き、心の中で呟いた。


「嘘……でしょ……。嘘だと言って……」


 でも、どんなに祈ってもどんなに念じても事実は変わることはなかった。


「山口 美香さん。それでさ、美鈴ちゃんに未来を占ってもらいたいんだ」


「私、将来は大学に行って外浜君と学生結婚するのが夢なの」


 私は急に泣きたい気分になりだした。どうしても、いつもの夢のような日常を壊されたくはなかった。必死にテーブルの上の中央の水晶玉を睨んでいた。

 私は感情を抑えながら驚く振りをした。顔を上げて、


「あ、これは! このままだと! その……山口さんは別の人を見つけてしまう。他の高校の男性に会ったり駅にいるストリートシンガーや、都会のダンスホールなどに行かないと、そして、見聞を広めるの。そう世界を広げるの。その中で一番外浜君がカッコイイって思えないといけないの。いつか結婚後に破局が起きてしまうわ。急いだ方がいいかもしれないわ!何もかもまだ早過ぎるのよ!」


 私は咄嗟に嘘を並べた。

 何故か山口さんに別のいい男を見つけてもらいたい。といった下心が丸出しになった嘘が口からでてきた。


「えーと、他の高校やストリートシンガーに会えばいいのね。でも、私まだ未成年だからダンスホールとかは行けないわ。行ったこともないし」


「……占いは信じるか信じないかの二つだけです。希望を持つか希望を捨てるか、当たるか当たらないかは別として」


 私は母に言われたことをそのまま言った。


「解ったわ。ダンスホールは前から行ってみたかったの」


 そう山口さんは言った。短めのスカートで、少し茶髪が入り混じった胸の大きいスタイル抜群の人だったから、おあつらえ向きにそういう場所で遊びたかったのではと、この時に思った。


「ありがとう。美鈴ちゃん。これからも俺が一番だということを山口さんに知ってもらいたい。その占い通りにするよ。結婚しても不幸になるのなら意味がないからね」


 外浜君はピンとした鼻を上に向けて、ニッと笑った。




 次の日から、私は占い小屋を休みにした。土日には必ず、山口さんの行動をストーキング擦れ擦れに調べ回った。

 他校へ頻繁に行った山口さんの噂を収集したり、駅のストリートシンガーに聞きに回ったり、ちょっと怖いけど都会のダンスホールで年齢を誤魔化して侵入したが、でも、大人っぽい雰囲気と無縁な私でも安々と入れた。オレンジジュース片手に話好きな大多数の女の子と話をしたりしていた。


 ある日曜。


 私の嘘が効果を発した。


 ダンスホールで山口さんは別の男性と仲が良くなったと、噂好きな軽い感じの女性に聞いた。その人と公園でアイスクリーム片手に話している時に、私はまた白昼夢のようなまどろみの中に入れるようになった。


 日差しが弱い曇りの日だった。

 私は夢遊病患者のように占い小屋のある商店街へとトボトボと歩いていると、薄暗い陸橋の階段に外浜君が頭を抱えて蹲っていた。


「外浜君!」


 私は駆け寄って、すぐに救急車をスマホで呼ぼうとしたら、外浜君は知的な外国人のような鋭い目を私に向けて、「大丈夫だから」とか細い声を発した。

 外浜君は重い頭痛持ちだったのだ。

 アスピリンが必要なくらいの。すぐに体調を崩すような人だった。


「美鈴ちゃん。君は山口さんを知らないか?最近変なんだ。何故か美鈴ちゃんが占い小屋を閉めてから、様子が可笑しいんだ。俺によそよそしくしたり、最近誰かにつけられているみたいだとか、私の噂が広がっているとか愚痴を言うようになったんだ。だから、頭痛が最近多くて」


 私は内心。嘘がバレたらどうしようと不安になったが、初めての占い稼業の時の自信のなさを隠すための涼しい顔をして、ニッコリと笑った。


「それは、外浜君の良さが解る前兆だと思うわ。しばらくすれば、元通りになるから平気だと思ってね。きっと、今は山口さんは迷っているのよ。外浜君と色々な男性を見て来て悩んでいるんだと思うわ。だから、気にしないで」


 私はまた嘘を吐いてしまった。

 こんなに弱っている外浜君に嘘を吐く。

 それは弱者をムチで何度も叩く行為と同じ。

 いつもの白昼夢のようなまどろみの生活と、淡い恋心のためにこんな酷いことをするのは、一体私はどうしてしまったのだろう?

 何かが決定的に違うように思う。

 けれども、私はそうしてしまって、そして、いつまでも続けたかった。




 一週間後のある昼下がりの占い小屋で私は溜息を吐いていた 


 結局。

 

 山口さんは他の男性と付き合うことになった。

 外浜君は二度とここへは来なくなった。

 もう一度、水晶玉を覗くと……。


「嘘……でしょ……」


 そこには、外浜君と私が大人になって暖かい家庭で、赤ちゃんたちの世話をしている姿が写っていた。


 幸運の未来を占える水晶玉は、私にとっては未来をなくすシャボン玉のような存在だった。


――――


窓の外は夕立でグランドには、所々に水溜りができていた。


高校生になった私は、今でも商店街の一角に占い小屋でお客の相談事や世間話をしていた。


他愛ない日常のはずが、次第に私の中で一番大切なものとなってきた。


実は外浜君と同じ高校に入学した。

今でも初恋をした外浜君のことが一番好きだった。

教室では余り目立たない私も、今では占い師としては商店街で一番人気だった。


でも、クラスの友達には何も言わない。

あの薄暗い小屋での白昼夢のような恋は、どこか現実離れしていて、それでいて、そんな私を含めた現実だった。


雨が止んだ。

下校の通学路を、真っ直ぐ商店街へ向かう道を自転車で走行していると、後ろから呼び声が聞こえた。


「美鈴ちゃん!」


停まって軽く振り向くと、外浜君だった。

私は頬を赤らめ俯いた。

外浜君が自転車で私の隣に来ると、一瞬のうちに気まずい空気が私を襲った。


けれども外浜君は快活に言った。


「山口さんのことは、あれから忘れる努力をしたよ。それで、努力が報われて、新しい女の子を好きになったんだよ。でも、その人には好きな男の子がいて、俺も必死なんだ。そこで、美鈴ちゃんに占ってもらいたいんだ」


外浜君は完全に吹っ切れたのだろうか。

そして、最後の神頼みのように占いに頼ったのだろうか。


「確か美鈴ちゃん。前に言ったよね。占いは信じるか、信じないかって。もう一度。俺。信じてみるよ」


外浜君はどっちにも言えることを告げた。

その時、私は閃いた。

この作戦には自信がある。


「外浜君。占い小屋に行こう。詳しい話はそこで......」


そういえば、私は占いをしてから敬語を使ったことがない。

そんな不思議な空間にいるのが私だからだろう。


商店街に着くと、自転車を占い小屋の脇に置いた。


隣の八百屋のおじさんはおおらかな性格だったから、自転車が少し八百屋寄りにはみ出しても何も言わない。

薄暗い小屋の中でローブに着替えると、外浜君はテーブルにのった水晶玉を覗いていた。

私は椅子に座ると、水晶玉を覗いて外浜君の話に耳を傾ける。


「同じクラスなんだ。その子。石井 理恵って名前でさ。その子の好きな男の子も同じクラスにいる。幼馴染みなんだってさ。だから、どうしても、美鈴ちゃんの力が必要なんだ」


外浜君は必死なんだ。

ただ私も必死なんだ。


私は水晶玉を覗いて作戦を実行した。


「旧校舎に二人っきりになって、オシャレなラブレターを渡す。と出たわ。その男の子の名前は?」


「清水君」


「そう。清水君にも、自分が石井さんのことを好きだということを言うの。私は応援するために、近くにいるわ」


外浜君は難しい顔をした。

それもそのはず、この作戦には勇気がかなり必要で、玉砕するのは目に見えている。

それに男の子からのラブレター?

私の考えも勇気がかなり必要だった。

でも、こじらせるのはよくない。

結果は玉砕でもこじらせるのはよくないと私は思った。


私は応援していくことにした。

そして、玉砕した外浜君は一人の私に気がつくだろう。

私に気づいてほしい。

水晶玉を覗いていた外浜君はニッコリと不敵に笑うと、外へと出た。


次の日の放課後。

私の心中を他所に外浜君は廊下で清水君と怖いくらいな真剣な顔で話し合っていた。

外浜君と清水君はお互いに握手すると、二人同時に頷いた。

私は応援する振りをして、心の中で祈っていた。フラれて下さい。フラれて下さい。


「話はついた。旧校舎で石井さんと会う。美鈴ちゃんも来てくれ」


旧校舎へ歩いている私は外浜君の鋭い目を、チラチラと見ていた。


難しい問題なのは解る。

でも、私は結果だけが早く知りたい。

 そう。外浜君が私に気付くこと。

廊下の女子たちが外浜君のことをずっと見ていた。


旧校舎は古くはなく、つい最近まで使われていた清潔感のある場所だった。


石井さんは、手前の教室の中央に静かに立っていた。


外浜君は誰も見たことのない。真剣さが宿る鋭い目をして、石井さんに向かった。


「何度か教室で他愛無い話をしたり、同じ部活で君を、僕は今まで見ているだけだった。あれから、僕はいつの間にか君が好きになっていた。幼馴染みの清水君とも話した。難しいのはわかっているつもりだ。でも、解決しなきゃ。何もできない。告白するよ.…」


外浜君は、持っていたラブレターを地面に投げ捨てた。


石井さんは外浜君の顔から目が離せないかのように、口を閉じ硬直していた。


「君が好きだ!」


 私は精一杯。外浜君がフラれて私に気付いてと祈った。

 私は誰よりも外浜君が好き。

それは、ずっと変わることがないはず。







 占い小屋で私は溜め息を吐いていた。

 涙が次から次へと漏れ出した。

外浜君の学校中が震える程の勇気に石井さんが完全に参ってしまった。

好きになったと。


私の作戦は尽く失敗した。

ふと、水晶玉を覗くと、そこには……。


「嘘……でしょ……」


完膚なきまで敗れ去った私と清水君が、昼間の公園のベンチで、キスをしていた。 

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