第18話 特別な人?

 暖かな日差しが瞼を照らす。

 どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。

 これほどまでに心地よい眠りは久しぶりだ。いや、あの夜以来か。

 ユウヒは日差しを遮るように顔をベッドにうずめる。ほぼ意識は覚醒している。喉はカラカラで腹の虫も騒がしい。それでも目を開けたくはなかった。

 まだまだこの幸福な時間を享受していたかった。暖かくて柔らかな極上な心地に包まれていたかった。


 だが、けたたましいノック音がそれを許してはくれない。


(ったくこんな朝っぱらから誰だよ……)


 黒髪青年は気だるげに片手で髪をかき混ぜながら上半身を起こす。

「……は?」

 見慣れない部屋の風景に思考が停止する。

「そうだった……俺、ジュリアンの部屋で朝まで寝ちまったんだ」

 すぐさま昨日のことを思い出すも、黒髪青年は再び固まることになる。

 なぜなら自らがだと気づいてしまったからだ。

 

(嘘だろ……俺はまたなんで……寝る前は服を着ていた。間違いない。それなのにどうして……まったく身に覚えがないぞ……)


 ユウヒは動揺のあまりシーツを跳ね除けベッドから起き上がる。すると、シーツの中から生まれたての美少女が現れる。

 銀髪の女勇者もまただった。


(なんでだよッ!!!!!)


 心の中で絶叫する。


(いやいやいや! してないしてない! 運命の女神ルナロッサに誓って今回はマジでなにもしてない!)


 よく見ると、全裸の女勇者が黒髪青年の服を大切な宝物のようにぎゅっと抱き締めてる。おーけー、犯人の目星はついた。

 ただ悠長に状況を分析している暇はないらしい。ノック音が急かしてくる。同時、聞きなれた少女の声が扉の向こうから流れてくる。


「ジュリちゃーん! 起きてるぅー?」


 黒髪青年が一瞬にして青ざめる。幼馴染のエマだ。

(やばいやばいやばい……こんな状況をエマに見られたら終わりだ……)

 傍から見たらどう見ても事後だ。


「ジュリちゃーん! もうお昼だよぉー! もう試合会場に向かわないと入れ替え戦に遅刻しちゃうよー!」 


(昼ってマジか……俺たちはどれだけ熟睡してたんだよ……すぐにジュリアンを起こさないと……このままだと俺はガチで終わりだッ!)


 遅刻など前代未聞。入れ替え戦は王様および王子や姫君なども観覧する国の一大イベントなのだ。万が一、この寝坊が原因で女勇者が不戦敗になるようなことにでもなれば黒髪青年の命はないだろう。

 黒髪青年は銀髪の女勇者の身体を命がけで揺する。

 しかし、幸せそうな寝顔を浮かべる女勇者は「うーん、もう無理だぁ……これ以上は頭がおかしくなってしまう……」と意味不明な寝言を零している。

 黒髪青年は女勇者の耳元で声を張る。


「大変だ! 起きろ! ジュリアン!」


 瞬間だ。女勇者が黙れと言わんばかりに黒髪青年の頭を自らの胸に抱き寄せる。

 ありがとう。黒髪青年は極上の感触を味わいながら運命の女神ルナロッサに心から感謝する。


「ジュリちゃーん! お返事してー! もしかして体調が悪いのぉー? エマは心配だよー!」


 いやいや、感謝している場合じゃない。

「ジュリアン! 起きろ!」

 黒髪青年は激しく揺さぶって強引に女勇者を起こす。


「うーん、なんなのだ、せっかくいい夢を見ていたのに……」


 直後、目覚めた女勇者が自らがであることに気づいて唖然としたのは言うまでもない。さらに黒髪青年の全裸を目にして大声を上げそうになる。

 予想していた黒髪青年はすかさず女勇者の口を塞ぐ。驚愕する女勇者に黒髪青年は視線で扉を指す。


「ジュリちゃーん! 起きないと遅刻しちゃうよぉー! お返事ないけど、お部屋に入るよぉー!」


 女勇者はすぐに状況を理解する。


「エマか! 起きてる起きてる! 今、完全に起きたぞ!」


 ジュリアンはシーツで身体を隠しながら叫ぶ。

「良かったぁ! じゃあ、お部屋に入るねー! 出かける準備を手伝うよー!」

 ジュリアンと目が合う。黒髪青年はぶんぶんと首を横に振る。

「だ、だ、だ、ダメだエマ! 今は入ってはいけない!」

「なんでぇー?」

「そ、それは……その、私が今……ぜ、全裸だからだッ!」

「あははは、今さら裸を見られたって別に平気でしょ? ジュリちゃんお風呂上りはいつも全裸じゃん」

「あ、いや、そうなんだが……」

 黒髪青年がジト目を向けると、女勇者がバツが悪そうに視線を逸らす。なるほど。どうりで昨日ジュリアンが全裸で部屋をうろついていたわけだ。

「もう時間がないから入るよぉー!」

 女勇者は黒髪青年の衣服を握りしめていることに気づいて、慌ててそれをシーツの中に押し込む。

「おじゃましまーす!」

「ま、ま、待ってく——」

 女勇者が言い切る前に部屋の扉が開け放たれる————、


      ◆◇◆◇◆


 ————私は大きく息を呑む。


 心臓は早鐘を打っている。頭の中は真っ白だ。ユウヒ・マンチェスターと一緒に寝ていたなんて……親友のエマにどう言い訳すればいいのか。

 エマはこの色男のことが好きなのだ。きっとこの予想外の状況に驚き言葉を失うだろう。考えると胸が苦しくなるが、エマから軽蔑されることも覚悟しなければならないだろう。


「おはよう! ジュリちゃん! 体調はどう?」


 ところが、親友の様子は至って普通。いつもと変わらぬ柔らかな笑顔でトコトコと駆け寄ってくる。

 おそらく暗殺者アサシンのアビリティを発動させたのだろう。先ほどまでベッドを共にしていた黒髪青年は忽然と姿を消していた。


「やったねジュリちゃん! ちゃんと寝れたんだね! ほら目元に浮かんでたクマがすっかり消えてるよぉ!」


 声を弾ませエマが手鏡を近づけてくる。鏡に映る自分を見て「……え!」驚き

の声が漏れてしまう。

 まるで赤ん坊のような色艶いろつやのいい顔をしていた。


「確かに……よく寝れたな」


 まったく記憶がない。時間感覚を失うほどの最上級の熟睡だった。

「うん! なんだか体調も良さそうだね!」

「確かに……信じられないほど身体が軽い……」

 全身に力がみなぎっている。今なら空も飛べそうだ。

 やはり仮説は正しかった。ユウヒ・マンチェスターとベッドを共にすると自分はなぜかよく眠れるらしい。安心する匂いがするからだろうか。理由は分からない。


「あれ? ジュリちゃんそのどうしたの?」


 エマが枕元に飾られた花瓶に視線を向けている。


「綺麗だね! 誰かにもらったの?」

「ああ、そうだな、もらった……」

 私の脳裏には見覚えのある間抜け面が浮かんでいる。

「え? 誰? 誰? もしかして男の人?」

 お年頃の親友が瞳を輝かせる。

「別に誰でもいいだろ……特に気にするような相手でもない」

「わざわざ枕元に飾るくらいだから特別な人なんじゃないの?」

「特別ではない。そんなはずはない。ただ——」

「ただ?」

 そこまで言いかけて途端に恥ずかしくなってくる。


「もういいだろ! 着替える! 入れ替え戦に間に合わなくなるからな!」


 私は強引に話を遮る。

「そうだね! エマは買ってきたスープを温めるよ! せめてそれだけでもお腹に入れてね!」

 優しい親友はパタパタと部屋をでてゆく。同時、私は深いため息を零しながら「私はどうかしている……」と銀色の頭を揺らす。



『ただ——本当の自分でいられる相手ではあるな』



 こともあろうか私はエマにそう答えようとしてしまったのだ。 

 なんだか腹立たしくて私はベランダに向かって「べー」と舌を出す。姿こそ見えないが、まだそのがそこにいるような気がしたのだ。

 



 


  





  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

目覚めると、全裸の女勇者が俺の隣で寝ていたのだが? 忍成剣士 @Shangri-La

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画