抗い続ける若者の終着点

「居たぞ!三人組!西だ!」

道を渡ってすぐ、学校の方から声が上がった。

どうやってかは分からないが、どうやら俺たちを識別できているようだ。

イントネーションで発覚されるならともかく、敵兵から奪った軍服を着ている俺たちが道を渡る数秒間で識別されたんだ。

きっと何かを見落としたのだろう。


だが考える暇はない。

山まではまだまだ遠い。

敵兵だろうが装甲車だろうが、射線を切って逃げ切るのはまず無理だろう。

どこかで道から外さないと手詰まりだ。



走っているとふと右側に違和感を覚える。

マップを見た時、この道の右側は果樹園か何かの農地のはずだったが、光が見える。大型テントらしきものが複数設営されていて、等間隔で二列に並び、周囲に投光器も複数置かれている。


町の中にテントを設営する理由は分からないが、このまま何もせずに道路で装甲車の機関砲に吹き飛ばされるよりはマシだ。

「右に降りよう!このままじゃ追いつかれる!」



道路から農地だったところに飛び降りて、クロイヌがテントの横に立っていた敵を撃ち殺して、三人でテントを見やる。

全力疾走でここまでたどり着いた俺たちは思わず苦笑を漏らす。


「は!最後は派手に逝けってか?」

テントの中に緑色の箱が山のように積まれており、箱の正面には銃弾と手榴弾の型番が書かれている。

ここが敵の弾薬集積場のようだ。


ここまで来て、恐らく死ぬであろうと理解した。

俺が提案した行動で、俺が決めたルートで二人にこんな目を合わせたんだ。

二人には申し訳なく思い、心が痛む。


だが感傷に浸る前に、まだやることがある。

俺は手榴弾の箱を開けて、箱一杯の手榴弾が目に映る。

こんな箱の山だ、手榴弾だけでも千枚は下らないだろう。


「どうやら手榴弾は使いたい放題だ。」

「贅沢な死に場じゃねぇか。」

俺とクロイヌの考えは同じのようだが、メガネは違った。


「二人は諦めが早いよ、先ずはロケットランチャーがないかを探そう。敵が混乱すれば逃げるチャンスはまだあると思う。」

ああ、メガネはまだ諦めていないんだ、ならば最後まで足搔こう。


これはメガネを故郷まで送るための旅だから。

「あと敵の識別方法もだ、それが分かれば誤魔化せるかもしれん。」


俺たちがロケットランチャーを探し始めると、敵の声が聞こえて来る。

投降勧告だ。

そんな投降勧告に、応じようとする者は居なかった。


「投降勧告か、僕の記憶違いじゃなかったら、戦争が始まって以来初かな?」

「弾薬庫に機関砲をぶち込みたくないだけだろう。」

「はっ!違いねぇ!」


箱を片っ端から開けて、小銃の弾薬と手榴弾は山のように積まれてあるが、銃やロケットランチャーの類はなかった。


「弾薬以外の物は他のテントに置かれているかもしれない、僕が探しに行く。」

そう行って、メガネは走って、別のテントに向かった。


メガネがテントを出た瞬間、銃声が響き、銃弾がテントのすぐ隣の地面に撃ち込まれる。

「メガネ!無事か!」

「大丈夫!」


投降勧告をしておいて人が見たら即撃つとは、結構な歓迎だ。

俺は箱から取った手榴弾を持って、ピンを抜いて、メガネが出た出口の逆側から敵がいるであろう方向に手榴弾を二枚投げる。


手榴弾を投げた後はすぐさま弾薬箱の裏に隠れて、銃弾が数発俺が立っていた方の出口と弾薬箱に着弾する。

銃弾から隠れながら手榴弾を投げる時に確認できた情報を叫んだ。

「来た道の方に装甲車1と歩兵20以上!」


手榴弾が破裂する音と飛び散る破片が落ちてくる音の中、クロイヌの声が聞こえて来る。

「逆側に歩兵!めっちゃ居る!」

「めっちゃ居るってどのぐらいだ!」

「50超えだ!」


ああ、クソ!

冗談じゃない!こんな短時間で中隊規模の敵戦力が集まって来て、やっぱここは敵の駐屯地じゃないか!


「このままじゃジリ貧だ!俺は別のテントを探してみる!」

「俺も......」

クロイヌの声は爆発音に掻き消される。



視界が一瞬黒くなり、耳鳴りがする。

時間がどれだけ過ぎたかも分からず、視界が戻った時には塵が舞い、積み上げられた箱が倒れ、弾薬と手榴弾が地面に散乱していた。

目まいと耳鳴りが止まず、思考がまとまらない。

何が起きている?

クロイヌは?


クロイヌが居たはずの方向に目を向けば、目に入るのは、テントに開く穴、倒れた箱と、肩ごと吹き飛ばされた、ボロボロの右腕だった。


糞キチガイ野郎どもが!弾薬庫に機関砲をぶっ放しやがった!

箱を動かし、箱の隙間から見えてきたのは、腰辺りから千切られ、箱に埋もれるクロイヌの下半身だったが。


噓だろう...!


立ち上がろうとして、左目の視界が突然赤黒く染まった。

手で拭えば、自分の額から垂れて来る血だった。


一呼吸置く間ができて、考えた。

額に何かの破片が当たったかもしれんが、確認する暇はない。

クロイヌは死んだ。恐らく即死だ。

ここに居ても敵は機関砲を撃ち込んでくるなら、ここに居座る意味はない、動くほかない。



手榴弾を拾い、適当にポケットに突っ込んで、ナイフでテントを切り裂いて、装甲車の逆側のテントに入る。


ここにメガネは居なかった。向こうのテントに行ったのか?

箱を開けて、中に入っているのは機械の部品らしきものだ。


ああ、クソ。

敵を牽制する手段は爆発物を背にして戦うしかないだろう。

メガネと誘爆の可能性が高いテントを探さなければ!


外が騒がしくなってきた。

テントの隙間から外を確認すると、クロイヌが言っていた敵兵どもが分隊単位で移動を始め、テントに近付いて来た。


このままじゃ何もできん。

テントとテントの間の隙間に出て、手榴弾を二枚取り出して、テント越しに敵兵が来る方向に投げる。

装甲車から俺の姿は見えないが、手榴弾は見えているはずだ。

ここで機関砲を撃ち込まれたらおしまいだが、なぜか撃ってこない。


手榴弾の爆発音が二回響き、すぐさま向こうのテントに向かってダッシュ。

敵兵は手榴弾を投げ込まれて伏せている。向こうのテントに爆発物があればこっちのもんだ!


「ぐあっ!」

テントに入ろうとした瞬間、左太ももに激痛が走る。

左足が力を失い、倒れるが、両手と右足の力で体を動かして、テントに入る。


左太ももに穴が開いていた。


迂闊だった。

装甲車の方にも敵兵が居た。

装甲車は機関砲の他に、機関銃も付いていた。

当たったのが機関銃の弾だったら終わっていた。


「メガネ、いるか?」

「スナイパーか?さっきの音は......って怪我してる!?」

「ああ、止血するから、外を警戒してくれ。」


クロイヌのことは、ここから逃げ切れたらまた話そう。


銃創を確認する。

運良く、骨は大丈夫だったみたいだ。

止血帯を太ももに締めつけ、ロッドを回し、出血がほぼ止まったのを確認すると、ずっと背負ていたT93狙撃銃とバッグを下ろす。


逃げ切ろうが死のうが、狙撃銃はこの場面じゃ役に立たないし、無駄に重い。

負傷しているし、重荷はここで下ろすのが賢明だろう。

狙撃銃を捨てる以上、もうスナイパーとは呼べないな。


荷物を下ろして、メガネを探してみると、彼がロケットランチャーを担いで、テントを出るのを見た。

「メガネ...何を...」


音が響き渡る。

ロケットが発射される音、無数の発砲音、何十発もの銃弾が着弾する音、そして、それらを遮るほどの爆発音。


痛みをこらえ、無理やり立ち上がり、地面に倒れるメガネをテントに引きずり込む。

手当のためにメガネの怪我を確認しようとしたが、手が止まる。


メガネはもう息をしていなかった。

彼の腹部と左胸に銃創があり、血に濡らされている。

そして彼の首の真ん中に、穴が開いていた。


ああ、死んだ。


クロイヌも、メガネも死んだ。


友も家族も皆死んだ。


目標も生きる意味も、もはや何もないんだ。


メガネを故郷まで送るための旅だ、メガネも死んだ今、俺は何をすればいいんだ?



だが、ふと思い出す。

そうだ、俺は覚悟していたじゃないか、約束していたじゃないか。


ならば、やるべきことは明白だ。



T91の残弾はあと弾倉二個強、七十発ぐらいか。

敵を全員やつけるには全然足りないが、そも銃でこの局面をどうにかするつもりは毛頭ない。

テントを再び切り裂いて、敵が多い方に向かって探索していく。


また騒がしくなってきた。

テントの間から手榴弾を二枚投げて、敵が「手榴弾だ!」と叫ぶ声が聞こえる。


敵が近づいて来ている。

手榴弾も残り二枚だ、早く目当ての物を見つけないと。


隣のテントに置かれているのは迫撃砲とその砲弾だ。

迫撃砲の使い方なんて知らないから、次だ。

敵の足音が聞こえて来る、おそらく次のテントが最後のチャンスだろう。


ナイフでテントを切り裂きテントに入ると、目に入ったのは木箱の上に置かれている燃料携行缶だった。

ビンゴだ。


燃料携行缶を見ようと手を伸ばした時、テントの入り口から投光器の光が見えてくる。

すかさずT91を入り口の方に構えて、人影を撃つ。


人影は一つ倒れるも、もう一つの人影はテントの入り口から離れた。

撃ち漏らした。


「燃料の方だ!」


敵は集まってくるだろう。

燃料缶を一つ開けて、倒す。液体がドバっと流れて他の携行缶と木箱を濡らす。

鼻を突くのは、ガソリンの臭いだった。


装甲車を装備している敵がガソリンを集積する理由を考える暇もなく、テントの入り口に手榴弾を一枚投げて、時間を稼ぐ。

さっき倒した、ガソリンが残り半分ぐらいになった携行缶を持ち上げ、前のテントに戻り、携行缶を迫撃砲の砲弾の上に投げつける。


再び燃料携行缶を取りに燃料が置かれているテントに入った瞬間、銃声が響き、左肩が撃ち抜かれる。

クソ、さっきの敵とは逆側だ!


燃料缶の山に隠れて、小銃を用意しようとするも、出来なかった。

ああ、左手はもう動けない。小銃を構えたまま立ち上がることは無理だろう。


それに痛みの他に、少し寒さを感じてきた。

ああ、足だけでも結構な出血量だったんだ、肩が撃ち抜かれては、無理もここまでだ。



右手で燃料缶を一つ引き倒し、その蓋を外す。

ドバドバと流れるガソリンが体にかかり、一層寒くなってくる。

だがその寒さも束の間だ。


右ポケットからライターを取り出す。

老人の顔を思い浮かべながら言葉を口にする。

「ご老人、約束は守るよ。」


ライターを燃料缶に近付け、流れるガソリンに火をつける。


ガソリンが燃え、炎は一瞬で広がり、燃料缶、地面にこぼれるガソリン、燃料缶に近づいた俺の手、こぼれるガソリンに濡らされた足、すべてが燃え上がる。


切り裂いたテントの隙間から手と共に燃え上がるライターを力いっぱいに迫撃砲弾のテントに投げる。

最後の最後にいい投擲だった。


熱い、痛い、想像を絶するほど痛い。

思わず呻き声を上げる。

手が、足が、体が焼けていくのが分かる。


炎に包まれ、動ける時間も残りわずかだろう。

できることはもはや何もない、ならばせめて、この苦しみから逃れさせてもらおう。


片手で小銃を使うのは無理だ。

右手で最後の手榴弾を取り出して、痛みに耐えながら手榴弾のピンを歯で噛み、ピンを外す。


ピンを吐き、痛みに歯を力いっぱいに食いしばってもだえる。


手榴弾の爆発を待ちながら、上を見上げると、ほんの一瞬だけ思った。

炎の中から見た光景は思いの外綺麗だった。





晩秋の夜に赤き花が咲き誇る。

花びらが広がり、更なる花を誘う。


その赤き花が咲いても、世界は回り続ける。




────────────


ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

『抗い続ける若者』篇はこれにて終了となります。


ミリタリーは読まれないジャンルで、文章力のない外人が書くものなので、ここまで読んで頂ける方が居るのかは謎ですが、ここで一応の予定と裏話を伝えさせて頂きます。



当初は短い短編のつもりで書き始めたのですが、気がつけば描写を足しまくっていた。

蛇足で下手だなと自分でも笑っていた。


戦争を描くので、『抗い続ける若者』篇はその中の一つの小さな話にすぎません。

が、『舞い散る紅梅』の他の話は短編で書く予定です。

......今のところは。


とはいえ、『抗い続ける若者』篇だけでも三ヶ月以上掛かっていたので、他の話がどうなるのかは皆目見当もつきませんがw。


その他の話ですが、短編ごとに視点を変えるつもりですが......。

そも、国同士の戦争とは、国の政治目的を果たす為の手段の一つでしかありません。

ですので、戦争を語る上では政治は避けては通れない話題です。


とはいえ、ガッツリ政治を語っても仕方がないので、ほとんどの短編では政治の話を省き、「想定」にだけ触れる予定です。


ただ一つだけ、戦争自体には関わらない、政治の短編も予定してありますが、某国の大統領選挙が終わった今となっては後出しじゃんけん感が出そうな話になりそうです。

一応その話に思い付いたのは今年2024年の八月ですがね。(苦笑い)


今のところはその短編での予想も外してほしいのですが、このペースで書くと出すのは来年の五月になりそうですね、ハハハ......。

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赤き花が咲いても―舞い散る紅梅― コリン @colin831120

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