抗い続ける若者の悪夢
ああ、畜生。理想的なルートはこの吊り橋しか無かったんだ。
この橋以外のルートは二つあるのだが、どっちも危険だ。
上流の橋を通るのは比較的簡単だが、渡ればまた高速道路を跨る跨道橋で、その跨道橋を渡ればがちょっとした町で、ここからだと様子を探れないし、リスクもある。
橋のすぐそばに消防局があるため、気付かれる可能性は高い。
消防局が廃棄されている可能性もあるが、それに賭けるのは下策だろう。
どうにかしたいのだが、避けられそうにない。
とは言え、この規模の町なら前にも通ったんことがあるし、町を越えればすぐ山に入れるから、危険だが、選択肢としてはありだ。
下流の橋にたどり着くまではちょっとした平地で、遮蔽物が少ない。
そして、その橋を渡っても、しばらくは山には入れないし、隠れられそうにない。
ぶっちゃけ下流の橋を通るぐらいなら、そのまま川を下り、市街地に入って身を隠した方がマシだろう。
だが、市街地の様子に詳しくない俺たちは検問されればそれで終わりだし、市街地を潜り抜けたとしても広い平野地帯が続いている、メガネの実家まで辿り着ける気がしない。
市街地と平野地帯はできるだけ避けたい。検問を通れる気がしないし、地元の市民に助けを求めても、裏切らない保証はない。
オヤジの時のように。
「......一旦退こう。少し下がってから上流の方に向かって進もう。」
俺たちは山の中で道なき道を進み、干上がった川を用心深く通り、橋を目視で確認してから身を隠し、計画を再確認する。
「七時ならもう完全に暗くなっているだろうし、夕食を食べているか、食べて休んでいる人が多いはずだ、七時に橋を渡ろう。
橋は長さ二百メートル強だが細め、二車線で歩道なしだ。隠れられる場所はないと言っていい。橋を渡れば消防局がある、消防局がまだ生きているかは分からないが、出来るだけ気づかれないように心がけよう。
消防局が過ぎれば跨道橋だ。跨道橋は短いし、姿勢を低くすれば問題はないだろう。
町に入れば山へ進め、足を止めるな。山に入ることが最優先だから、山までの道をちゃんと覚えてくれ。何か質問はあるか?」
俺はそう言いながら、マップが入っているスマホをクロイヌとメガネに渡す。
「ないね、これでも下流の橋よりはマシだったろ?」
「そうだね、こっちがマシだったらこっちを取るしかないな。それで、町のどこから山に進んだ方がいい?」
マップを指でさしながら二人の質問に答える。
「南側の山に入るルートは二通りあるが、どっちも国道レベルの道路を横断しないといけない。
アクセスしやすい西の方は近道だし、道も広く、歩きやすい。その反面、敵の追撃も受けやすいだろう。
一方、小学校の東側の方は回り道で、道も狭い。だがトラップを仕掛けやすく、敵の追撃を撒くのも比較的簡単だろう。
安全策を取るなら東のルートを取って、跨道橋を越えたらすぐ左に曲がって、道路の安全を確保してから一気に走り抜いた方がいいだろう。」
「消防局に敵が居たらどうする?」
そう、メガネが言ったこれが一番の問題だった。
「敵による。気付かれずにやり過ごせそうならそのまま通ってもいいが、そうなるとも限らない。
跨道橋を通るまではちょっと離れたところから観察しよう、跨道橋が監視されてそうなら敵を片つけてから進もう。敵の排除が難しいなら隙を見て通るか、他の手を考えるかだな。どっちにせよ、消防局の様子を探らないと決まりようもない。」
しばらく話し合い、ここから川を渡るならこれ以上の方法はないので、様子を見てから跨道橋を通ることにした。
正直、出来ればこの橋で川を渡りたい。メガネの故郷までの道のりは、この橋を渡ってやっと半分と言ったところだ。食料から見ても疲労から見ても、これ以上の遠回りは避けたいものだ。
七時を回り、俺たちは動き始め、周りを警戒しながら橋に近づく。
街灯はなく、橋も真っ暗だ。
街灯が壊れたか電気が切られているのかは分からんが、向こうの町に電気が点いている建物もある、町全体が放棄されているわけではないようだ。
だが、肝心な消防局の建物は木に遮られてよく見えない。
橋を通ったらすぐに消防局の逆側の茂みの陰に隠れる。
消防局の建物に電気が点いているようで、消防局の方は明るい。
だが窓は閉まっていて、正門も見えない。ここからでは敵の様子を探れないだろう。
今見える範囲の安全を確認してから一人を進ませて、次の茂みに移動し、安全を確認してからもう一人を進ませるの繰り返しで、ようやく消防局の正門が見えてきた。
だが、その光景は想像を遥かに超えるものだった。
消防局の車庫に、消防車両があるべきところにその赤い車両の影もなく。代わりにダークグリーンの迷彩色の装甲車が止めていた。
なぜここに装甲車が!?
頭を過ったことを深く考える前に、ジェスチャーで後ろにいるクロイヌとメガネを止める。
装甲車のエンジン音が聞こえない。
車庫の電気は点いているが、ここからは人の姿が見えない。
目的は分からないが、ここはおそらく敵の拠点にされているのだろう。
操縦できるなら隙を見て装甲車を盗むこともできるだろう。
あいにく、ここにいる三人は装甲車どころか、フォークリフトすら乗れない動員兵だ。装甲車を盗んだところで精々固定砲台ってところだろう。
固定砲台があっても目的地には近づけられない、跨道橋を通る方法を考えるべきだろう。
俺はクロイヌとメガネがいるところに戻り、見たままを二人に伝えた。
「装甲車か、対戦車ロケットが欲しいところだね。」
「対戦車ロケットがあったところでどうにかなるもんか?」
「いや、無理だな、冗談だよ。装甲車があるなら、敵の規模は小隊一個分を下らないだろう。スナイパー、何か策はないか?」
「この消防局だけなら話は簡単だ、焼き討ちでもすればいい。ここの道路は橋を通るものしかない、放火すれば敵が逃げようが消火活動しようが、そこを狙えばいい。
だが装甲車がある以上、小隊だけで動いているとは思えにくい、町にも敵が居ると考えた方がいいだろう。
であれば、焼き討ちは悪手だ。騒ぎを起こせば他の敵も集まってくるかもしれない。そうなれば今度は俺たちが袋の鼠になる。」
「で、どうすりゃいいんだ?」
「様子見だな。襲撃を仕掛けようがすり抜けようが、敵の警備の様子を探らないと始まらん。」
「ま、それもそうだね。」
しばらく隠れたまま消防局を観察して、何とか装甲車の下から軍靴らしきものを履いている足を確認できた。たぶんあれが敵の門番だろう。
他の敵の姿を確認しようとしたら、消防局の方から声がして、門番らしき敵兵は車庫の電気を消して、建物に入り、ドアを閉めた。
同時に、消防局の中の灯りも次々と消えて、消防局は闇に包まれた。
消灯か?暗がりの中、俺たちは顔を見合わせて、不思議でならない。
消防局を観察してたとは言え、まだ八時ぐらいだ。こんな早くから全員一斉に消灯就寝?番も立てずにか?警備がザル過ぎないか?
とは言え、これは好機であることに変わりはない。
敵の目が闇に慣れるまでのこの数分間なら、例え敵が消防局の中から監視していても、気付かれずに跨道橋までは抜けられる可能性は高いだろう。
俺たちは足音を抑えて、消防局の前を通り、跨道橋へ歩き出す。
だが、胸中の違和感は振り払えない。
敵に装甲車があれば、規模もそこそこ大きいはずだが、警備はザルで、まともな警備すら置いていない。
普通なら橋の近くで検問するのではないか?
跨道橋を越える時に振り返って消防局を見る。
車庫の奥に装甲車の他に、車がもう一台あった。暗いが、軽戦術車両のように見える。
嫌な考えが頭を過ぎる。
もしここが敵の後方だったら?
もしここが敵の駐屯地のど真ん中だったら?俺たちは敵が想定していなかったルートから侵入しただけの可能性は?俺たちは偶々パトロールをすり抜けただけだとしたら?
いや、余計なことは考えないでおこう、どの道やることに変わりはない。
俺たちは跨道橋を越えて、左に曲がろうとした時、右手の電柱の陰から人影が現れた。
「誰だ!合言葉を言え!」
クソ!なぜ橋のこっち側だけ検問が!?
考える余裕はない、どうするかをすぐ決めないと手遅れになる。
俺たちの中に敵を装ってやり過ごせる者はいない、受け答えは論外だ。
逃れる手は?
検問の敵を一瞥して、距離は10メートルほど、遠すぎる。姿勢が控え銃なのは唯一の救いか。
俺はT91のセーフティを回して、すぐさま腰に構えてトリガーを何度も引く。
銃声が静かな夜の空に響き、敵が後ろにパタリと倒れる。
敵が銃を構える前に倒せたが、状況は最悪だ。
俺はメガネの背中を推して、ただ一言叫んだ。
「走れ!」
町を走り抜ける中、町は騒がしくなっていく。
「敵襲か!?」「敵はどこだ!?」
走る。
死ぬ気で山への道を走る。
エンジン音が聞こえてこないから、道路を一気に走って渡る。
町がどんどんと騒がしくなり、号令が飛び交い、建物から敵兵が続々と出てくる。
小隊中隊どころの話ではない、ここの敵は大隊、もしくはそれ以上の敵の駐屯地だろう。
走る。
死ぬ気で山への道を走る。
小学校の前の交差点で左へ走る。
小学校も騒がしい、学校の敷地も敵の兵舎になっているかもしれない。
だとしたら、一体どれだけの敵がこの町に?
走る。
死ぬ気で山への道を走る。
もう少しで小学校の裏から山に入れる。
だが、耳に入ってくる音が不吉すぎる。
「待て!エンジン音がする!」
エンジン音が聞こえて来る。ガラガラと、恐らくはディーゼルエンジンの音だ。
ディーゼルエンジンが使われている軍用車両、考え得る可能性の中で最悪のあれが、右前方の駐車場にあった。
敵の装甲車だ。
「戻るぞ!」
死ぬ気で走る。
小学校の前の交差点へ戻る。
少しでも遅れれば死が待っている。
交差点に戻って、異変に気付く。
明るい。
小学校に投光器らしき灯りがいくつも点けられ、正門と俺たちが通って来た道を白昼のごとく照らしている。
背後に装甲車が迫りつつある俺たちに選択肢はなく、光に照らされた道を渡って、小学校の西側に走る他なかった。
光が目に入り、暗闇に慣れた目が痛む。
手で光を遮って、正門の方を一瞬だけ確認できた。
そこにあったのは、ぞろぞろと湧き出て、小学校の正門広場に集合する無数の敵兵の姿だった。
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