抗い続ける若者の旅路

隠れ家から出て五日、俺たちは予想よりも大幅に遅れていた。


マップ上の距離は恐らく90㎞未満と言った程度だが、縦長いこの島を南北に走る山脈の西側を沿って南下する旅路で、主要道路も使えないから、時間がかかるのは予想していた。

だが、五日で未だ半分も歩けていないのはさすがに想定外だった。


戦争が無かったら、バイクで二時間も掛からない道のりが、ここまで遠く感じるとは思わなかった。



一週間ぐらいの歩行を想定した荷物は重い。

大量の水、レーション代わりの乾パン、その他保存食、カセットコンロとそのボンベ、鍋、寝袋、雨避けのためのテントもどき、詰めるだけ詰めた大量の弾薬と予備の銃と手榴弾。

荷物は一人当たり五十キロぐらいの重量があって、歩くだけでもかなりの疲労が溜まる。


銃と弾を捨てればハイキング感覚で歩けるかも知れないが、それはもう取れる選択肢ではない。

この五日だけで両手の指では数え切れないパトロールと遭遇して、出来るだけ避けて通るようにしているのだが、二回だけは避け切れないと判断して先制攻撃を仕掛けた。


あわよくば情報収集も兼ねる襲撃だったが、残念ながら、安全を確保した上で捕虜を捕えることはできなかった。

だから、5.8mmの弾と手榴弾は減るどころか増えている。

ついでに状態のよかった防弾ベストも一着だけ手に入れたが、サイズ的に俺しか着れないから着ているのだが、やはり重い。荷物の重量と一緒に体力を奪っていく。


クロイヌとメガネが着れる防弾ベストは拾えなかったが、服は敵のものに着替えてもらった。

あわよくば敵に紛れ込まれるかもしれないが、そう上手くはいかないだろう。

言葉こそ通じるものの、イントネーションがあまりにも違う。引き止められれば一分足らずでバレるだろうから、そうならないのが最善だ。


こっちも敵も、職業軍人で固めた部隊ならともかく、動員された雑兵はヘルメット以外の防弾装備なんてあってないようなものだ。

俺たちに支給された防弾ベストも、プレートすらも入っていない見かけ倒しだった。


敵も似たようなもので、最初の上陸以降、防弾ベストを装着した敵はあんまり見かけない。

だがここ二ヶ月だと、明らかに雑兵な敵でも、防弾ベストを着ている奴らが増えてきている。

この防弾ベストもそれから来た物だ。


敵の装備は防弾ベストの他に、敵の装備にサブマシンガンも見えはじめたのだが、さすがに纏まった数の弾を手に入れないと運用は効かないので捨てている。

5.56mmの弾が尽きたらそっちに変えるかもしれない。


そんな道中で減るどころか増えていく荷物だが、クロイヌがメガネの分の一部を代わりに持っている、力持ちがいると、こういうところでは頼りになる。

だがそれでも歩くだけで疲労がすぐに溜まるし、あんまり走れるものではない。



荷物の重さ以外に、飲料水の補給も問題だった。

水と容器を多めに用意したのだが、重荷を背負っての山道だと、さすがに一週間も持つはずはなく、余裕を持って2~3日ごとに水を補給するための探索を設けているのだが、それも足を引っ張っている。

水を飲めば荷は軽くなるが、気は軽くならん。



だが一番の問題は、敵の多さと地形だ。

車が通らない山道はまだいい、たまにパトロール隊と出くわすだけで済むが、南下し続けるなら、避けては通れない、渡る以外の選択肢がない広い道路や川はいくつかある。

広い道路は大隊以上の規模の敵が通ったりすることもある。そうなると一時間待っても渡れるかどうかもわからない。

三人だと逆立ちしても立ち向かえる敵ではないし、退路と拠点を確保出来ない今では、狙撃でちょっかいを出せるものでもないから、大人しく敵が通るのを待つ他ない・


そして、川は道路以上に危険だ。

この島は河川が多いし、上流に程近い山道だと、橋も少なくなる。

橋が少ないとなると、渡河の選択肢が少なくなり、橋を渡る途中の安全は確保しにくいし、渡ったとしても、安全な場所に出られるとも限らない。


橋の長さも長い。

この五日で通った橋は二つ、廃棄された鉄道橋に数年前に作られたラーメン橋、どちらも長さ300メートル以上だった。

ただでさえ見られやすく、逃げ場もない橋が長いとなると、迂闊に渡れるものではない。

見られたらお終いだ。用心に用心を重ねた結果、二回とも夜中で通ることになったのだが、橋を渡る時は夜まで待ち、五日で半分も歩けていない結果に繋がった。


待つとは言え、俺はその時間の殆どをオフラインモードのマップアプリに費やした。

次の川はどこから渡ればいいのか、リスクを減らすルートは他にないのかと、ずっと調べていた。

渡る橋を間違えれば一巻の終わりだからだ。



そんなネットも無線もなく、全ては目で見て、耳で聞く他ない状態が続く中、ここ数日の最大の情報源は、二日目に出会った老人だった。

水を手に入れるために、山に程近い民家を探索して出会った老人は、最初こそ俺たちの服装で敵兵と思って、怯えていたが、イントネーションの違いに戸惑っていたところ、身分証を示して正体を明たら俺たちを歓迎してくれた。


そして、老人は俺たちのためにご飯を炊いてくれた。

最初は断ろうとしたけど、老人は一人では食べきれないと頑なになって、言っても聞かない。

米の備蓄を見せられたら、なるほど、確かに老人一人が短時間で食べきれる量ではなかった。

棚は6キロの米袋で一杯だ、少なくとも20袋はあるだろう。


俺たちは老人の言われるがままに席に着いて、老人は俺たちにお茶を出して、食事を用意しながら、現在の情勢を俺たちに教えてくれた。

老人の話によれば、占領された市街地はかなり厳しく管理されているようだ。


市民の身分証と健康保険カードは没収され、臨時の敵国の身分証が配られている。

検問所が至る所に敷かれていて、予定にない通行は許されず、車で通れば必ず検査を受ける。検問を拒否しようとすればその場で銃殺。


消灯時間は制定されていて、消灯時間が過ぎても明かりがついていれば尋問される。

生産物は徴収するくせに配給が足りず、結果皆が物質を隠し、小規模な闇市が横行、そして敵兵が捜査するのいたちごっこだ。

レジスタンスの居場所は分からないそうで、少なくともこの辺りで活動しているわけではないようだ。


なるほど、皆敵兵から隠れたまま暮らすか、道理で通行人が少なかった訳だ。

街から逃げた者もいるだろうが、こんな体制で街を治めるのは無理だろう。

その闇市には行ってみたいのだが、物々交換でやってるみたいで、俺たちには難しいだろう。


老人は次々と食べ物を出してきた。

熱々のご飯にキャベツのニンニク炒め、鯖の缶詰め、豚肉でんぶ。

老人によれば、新鮮な肉は手に入れにくくなったという。

新鮮な肉はもはやどうでもよく、この戦争前だと貧相な部類に入る食事でも、今となっては感謝しかない。


いつぶりだろうか、新鮮なキャベツとニンニクを口にしたのは。

ニンニクの匂いがたっぷりでシャキシャキした食感、これだけで野菜に飢えていた体が満たされた気分だ。


鯖の缶詰もこの半年では中々手に入れられなかった、汁たっぷりの鯖はご飯は進む。

だが、何よりも豚肉でんぶだ。

エンドウ豆パウダーを混ぜた安物だが、ご飯と一緒嚙むと、じゅわりと豚肉と醬油のうまみが豚肉でんぶから出てきて、少しの甘みがちょうどいいアクセントになり、幸せだ。


あれは戦争以来、一番ご飯を食べた日だろう。

俺たちと食卓を囲んだ老人の笑顔は、今でも忘れられない。


その後、少し休憩して、俺たちの出自とかの雑談をしながら飲み水を補給して、出て行こうとしたら、また老人に引き止められて、八宝粥の缶をいくらか渡された。

その時の老人は、真剣な顔でこう言ってきた「酷な願いだが、出来るなら、わしの孫を殺した敵兵を、一人でも多くを殺してくれ」と。


食卓を囲んだ時と真逆なその表情を前に、俺はただ老人の手を握って、頷いた。

俺も、そうしたいから。



「スナイパー!」


前に歩いているクロイヌの声で思考が現実に引き戻される。

いかんな、ここ最近、過去に浸ることが増えてきた。


「おい、スナイパー!早く来てくれ!」

「なんだ、何がそんなに......おい、噓だろ......!」


クロイヌが立っている岩の上に登り、俺は目の前の光景に驚愕した。

確かに、これは考慮に入れるべきだった。だが、他の選択肢はどれも......。


今目の前にあるのは、崩落した自転車用の吊り橋の残骸だ。

それは今日、俺たちが通る予定の橋だった。

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