抗い続ける若者の旅立ち

目に光が入ってきた。

月でも蛍でもない、あってはならない懐中電灯の光が、カモフラージュネットもどきの隙間から入ってきた。


俺は手を鹵獲銃に伸ばしながら深呼吸する。


大丈夫だ、まだ光は遠いし、敵かどうかも分からない。

こっちの拠点は植生に覆われていて、夜だと見破られにくいだろうから、バレているとは限らない。

こっちがバレたって確証がない限り、まだここに籠った方が賢明だ。


近くの寝袋の中で寝ているメガネを蹴り起した。

「静かに、光が見えた。銃を用意しろ、俺が合図を出したらクロイヌを起こせ。」


俺はメガネが慌ただしく銃を手に取るのを確認して、注意力を外に向けた。


懐中電灯の光が周りを何回か照らしたが、結局こっちに近付くことなく去っていった。

この倉庫がバレていないのか、俺たちに用はないのかは知らないが、今まで誰も近付かなかったここは、もう安全ではないのかもしれない。


メガネを起こしたが、結局無事に終わり、交代時間までも半時間ぐらいはある。


「交代までまだ時間がある、もう一睡したらどうだ?」

「いや、もう目が醒めたから大丈夫よ。」

「そうか、じゃあ頼んだ。クロイヌに気を付けるよう言っておいてくれ。」


俺は鹵獲銃の弾倉を外し、そのまま寝袋に入って眠りについた。



翌日の早朝、俺とクロイヌはメガネの寝起きを待ちながら、荷物を軽くまとめることにした。


「お前とメガネが昨夜人を見たって?」

「人は見えていなかったが、懐中電灯の光は見た。お前も分かってんだろう?この隠れ家を見つけられそうなのは、俺たち以外村の連中しかいないってことぐらい。」


荷物をバッグに詰め込み、朝食を用意し始める。


「今日は案外冷え込んでいるな、開けた缶詰はまだ残ってるんだから、白がゆを作るとしよう。」

「おっ、いいじゃねか。ガスの残りはどのぐらいだ?」

「二十本強だが、移動することになるとそんなに持ていけないだろうから大丈夫だろう。それよりも、市街地を避けるんだったら水が心配だ。水を多めに持っていこう。」

「おう、後でやっておくさ。」


白米と水を鍋に入れて、沸くのを待ちながら、日持ちする食料をバッグに入れて、銃弾の残量をもう一度確認した。


「5.8mmは500発強で、5.56mmが150発を切ったな。どうする?T91を置いていくか?」

「そこまでしなくてもいいんじゃね?うちのT91は軽さだけが取り柄だから、予備としてお前が持ってけばいいだろう?」

「......重量が50キロを超えそうだな、涼しくて幸いだったよ。」


状況が一番良いT91を選んで、荷物と一緒に置く。

荷物を纏めているうちに鍋の蓋がガタガタと鳴り出し、カセットコンロの火を落とし、メガネを起こして、朝食を食べた。

白がゆ、きゅうりとグルテンミートの缶詰二種で、ホテルでもよく見かける中華式朝食の一つだ。豚肉でんぶがないのは玉に瑕だが、寒くなって来た時期に、熱々の白がゆが食べられるだけでもありがたいから、贅沢は言えない。


全員一杯完食してから、缶詰の残り汁を白がゆに混ぜながら、俺はこれからの予定について二人と話し合った。


「昨夜の事を考えれば、今日中にここを離れた方がいいだろう。ここを離れるのを前提として、二人は何処に行きたいんだ?」

「何処って、別に行けるとこ無くね?」

「誰かにバレているかも知れないから、離れるのは賛成だけど、軍もレジスタンスの状況も知らないんから、どこに行けばいいのかは皆目見当も付かないよ?」

「ああ、だからそういうのじゃなくて、二人を家に帰すのはどうかって考えている。」


クロイヌとメガネの手が止まった。

クロイヌは俺を真っ直ぐ見つめて、口を開いた。


「そういや、俺の出身をお前らに話したことはなかったな。」


クロイヌは缶詰の残り汁を混ぜた白がゆを一杯取り、視線を俺に向き直る。


「俺は生まれてから両親が居ないのでな、ばあちゃんに育てられてたが、ばあちゃんも十四歳の時に死んだ。国の金は入ってくるが、十四歳で一人で生きていくのは厳しいし、親族がいないと孤児院に送られるんだ。

その時は自治会の人の紹介で親代わりになる人を紹介してくれたが、そいつはヤクザだったさ。だから、俺は国の金とヤクザの援助で生きて来たんだし、ヤクザとつるんでた時間もそれなりに長いさ。

で、敵が攻めてきて、俺たちは動員されたんだろ?そのヤクザが何を言って来たと思う?『俺たちの組は敵に付くから、軍の装備を盗んで来い』ってよ。

電話の中で突っぱねて縁切りを言ってそれっきりだ。」


クロイヌはスプーンを置いて、天井を見上げて言った。


「だから俺のことは気にすんな、お前らのやりたい事を考えろ。」


「僕はと言うと」

口を開いたのはメガネだ。

「実は動員がかかった日に、別れを済ませたよ。かなり離れた場所に動員されたからね、帰れない心の準備はとっくに...」


「強がるんじゃね!」

それはクロイヌの怒鳴りだった。

「お前、スナイパーが泣き喚いた時も泣いてただろうが。」

「...見てたんだ。」

「ったりめーだろ!」


なんかダシにされたような気分だが、まあいいか。

とりあえず、これで方針はメガネを故郷に送り返すことに落ち着いた。


「問題は道だろうなぁ。メガネの故郷は数十キロも離れているだろう?さすがに地図もないと、麓の主要道路を抜けたところでどうにもならんが?」

「あとは水かな?大通りを通るわけにもいかないし、何日も掛かるとなると、水が足りなくなるよ?」


尤もな疑問だ。だが現代には現代の解決法がある、例えネットに繋がらなくてもだ。


「実はと言うと、オフラインマップを予めダウンロードしておいたから、これで大体の地形と経路をどうにかできるだろう。」

「はぁ?何だそりゃ?」

「......マジかよスナイパー、用意周到過ぎて逆に怖いよ。」


俺も偶然知ったものだ。

やっぱアプリの謎機能でも役に立つことはある。


そこでクロイヌは自分の器を空にした。

缶詰めの残り汁を混ぜた白がゆをちょっと楽しみにしていたのだが、こいつ、真面目な話をしながらその白がゆを半分ぐらい食べやがった。


仕方ない、残りの半分ぐらいで我慢しよう、後はメガネの分だ。

俺はそこで鍋をクロイヌの魔の手から守り、俺とメガネの間に置いた。舌打ちを聞こえたのはきっと気のせいだろう。


「とはいえ、スマホを使うことになる。モバイルバッテリーを何とかしなければならない。」

「オヤジのところに置いたバッテリーを回収すればいいんじゃね?水もどっかの民宅の水道を借りればいいだろう。」

「まぁ、川の水よりはマシかもな。で、オヤジのところに置いたモバイルバッテリーだけど、村の連中にバレずに取り戻した方がいいかもしれない。万が一のために、スナイパーには外側から援護して欲しい。」


オヤジが捕まったって話だから、村に密告者がいるかもしれない。一人が援護に回るのは妥当だろう。


「分かった。荷物を大体整えたし、村を狙うべきポイントは把握しているから、先に村へ向かう。入る前から銃声を聞いたら村に入るな。村に入ってから銃声を聞いたらとりあえず逃げろ。お前たちが逃げている時に、後に追っているのは誰だろうと撃つ。」

「おう。ってか村を狙う狙撃ポイントまで把握してたのかよ、こいつガチのスナイパーじゃね?」


茶化すな。






T91を手にしながらT93狙撃銃を背負い、獣道とすら呼べない山の中を二十分ぐらい北へ歩いて、村から二百メートル強ある上方の開けた所に出た。

棚田だったらしい場所だが、雑草だらけで、とうに放棄されたものだろう。


一段ごとの高さは二メートル強で、必要があったら下の段に飛び降りることもできるだろう。

雑草と地面以外まともな遮蔽物もあまりなく、せいせい伏せて弾を避けるぐらいだ。

正直、狙撃いうより、制圧射撃の方が向いている場所だろう。


俺は棚田の端の木々の中から村を観察する。

山の中の開けた平地に築かれた数十棟の家屋が並ぶ村。

村自体は昔植民時代からあったものらしく、木造とコンクリート造の民家が錯綜しながらも整然と並んでいる。

おかげで見通しもよく、村の半分ぐらいはよく見える。


時は九時を少し回ったぐらい、出かける者は出かけていて、昼に戻る者はまだ戻っていない時間帯だ。

もしオヤジが捕まっていなかったら、そろそろ俺たちがオヤジに会いに行く時間帯だろう。


村を見下ろして、車は殆どなく、一部の老人を除けば村には誰もいないのだろう。

少し安心感を感じつつ、棚田の裏の方に立ち、T93を構えて、スコープを通して窓に敵がいないかなどを探る。


左から右、遠くから近く、未確認の窓への暴露を最小限に抑つつ、索敵していく。

ここ数ヶ月付き合った相棒だが、さすがにコイツで索敵するのはしんどい。T93を下ろして、肉眼で村の動向を監視し、またスコープで確認していく。


このサイクルを三回ほど経て、ようやくここから見える窓を確認し終えた。

支給されたシャベルを取り出して、銃架を立てても下を狙いやすいように地面を整える。

シャベルは使いにくいし携帯性も悪い、こんな折り畳めない錆びついたボロいシャベルじゃなく、まともな戦闘シャベルが欲しかった。

これでもないよりはマシなのは間違いないのが、また腹が立つ。


銃架を立てたT93を横に置き、地面に伏して村の動向を監視して数分、クロイヌとメガネが村に入っていくのが見えた。

幸い、オヤジの家は隠れ家の方から村に入ってすぐの所にあるから、二人は誰にも出会うことなくオヤジの家に入れたようだ。



何事もなく終わりそうだと思ったその時、話し声がした。


「本当に人が来るのか?分隊長。」

「さぁな、レジスタンスの支援者を捕まえたし、この一帯に邪魔者がいるのも事実だ。まったくレジスタンス共、いい加減諦めを覚えてほしいもんだ。」


クソ、油断した。クロイヌとメガネにばかり目が行って、逆方向の確保をし損ねた。

声からしておそらくは下の段ぐらいだろう。多分迂闊に頭を出したらまずい。


少し頭を低くして、できるだけ草を揺らさずにT91を用意しながら耳を傾ける。


「それにしても、この当たりのレジスタンスはわざわざこんなところまで来て、排除する必要があるものなのか?支援者がいなかったら自滅するんじゃないの?」

「うん?ああ、お前は知らんのか。この当たりの部隊はたまに狙撃を受けるんだよ。噂ではそれでやられた中佐や大佐までいるらしい。まあ、尾ひれの付いた噂だと思うがね。上は狙撃銃を持っているレジスタンスが活動している可能性があるって判断した。」


会話しているのは二人だけで、足音もそれほど多くはない。二人、多くて三人ってところか。

やっぱオヤジが捕まった件とも関係があるらしい。

地に伏しながらT91をいつでも構えられるようセフティーを3点バーストに回して、左手で被筒を掴む。


「狙撃銃?そんな物レジスタンスごときがどっから持って来たんだ?」

「レジスタンスの支援者の尋問で出処も分かるだろう。俺たちの仕事はそのレジスタンスの対処だ。」

「ってか狙撃銃を持ってる相手って俺たちが対処できる相手なのか?」

「上の命令だ。グズグズ言ってないで、レジスタンスらしき者を探せ。これ以上いらんことを言うとタバコ抜きだ。」

「ひぃ.....それはご勘弁を......あっ、分隊長、村の左端の家屋です!二人が出て来ました。あれがレジスタンスじゃないか?」



クロイヌとメガネを危険に晒すわけにはいかん!

体を起こし、足を前に踏んで一気に立ち上がって、T91を構える。

照準はきっとブレるだろう。それでもどうにかするしかない!


「よし、じゃあ......誰だ!」


下の段に三人が居て、全員敵の迷彩服を着ている、間違いなく敵だ。

真ん中の奴がこっちに顔を向けている、多分あの分隊長だろう。

一番近い左の敵は村の方に指差している、会話していたもう一人だろう。

そして右の敵は自動小銃を持ったまま顔を村の方に向けている、三人目居たんだな、寡黙野郎め。


考えるより先に銃口をその分隊長に向けて、指でトリガーを引く。

何度も耳にしたT91の発砲音が三回響き、一発の弾が地面に当たったが、その分隊長が後ろに倒れる。


残りの二人が銃を構えるよりも早く、3点バーストの反動を何とか抑えて、右の敵に向けて撃つ。

やはり一発は地面に当たったが、右の敵も倒れていく。


そこで左の敵が手を銃に伸ばし、こっちに銃を構えようとしているのだが、その体軸をこっちに回し切る前に銃口を左の敵に向けて、撃つ。


三人共に倒れたが、敵の生死を確認するよりも前に銃声が響き、脚の近く、下の棚田の土壁に銃弾が何発も着弾する。

地面に仰向けで倒れた敵の分隊長が、片手で小銃をこっちに向けて発砲した。


一瞬足が竦んだが、そのまま体勢を低くして、地面を遮蔽にして、敵の分隊長に向けて再びトリガーを引く。

弾がその額に当たり、敵の分隊長が動かなくなった。



多分この分隊長に撃った最初の弾は防護装備に当たったのだろう。

敵はちゃんとした防護装備を着ている奴が多くて嫌になる。


他の二人の敵にも追加の弾を撃ち込む。

3点バーストで弾が勿体ないが、背に腹は代えられん。



敵が来た右側を観察するも、人影はなく、人が隠れられそうな茂みもなさそうだ。


下の段に飛び降りて、敵の死体から手榴弾を一枚取り、ピンを抜いて、棚田の右側に投げる。

敵の死体を遮蔽物にして伏せる。


パーン、 という破裂音が響き、小さな破片が落ちる音がしばらく続いた。

これで他の敵が居たとしても、しばらくはこっちを追う気を失うかもしれん。


敵の死体から手榴弾と予備の弾倉を二個ずつ取り、ポケットに入れて、もう一度棚田の右側を確認して、左側から上の段に戻り。狙撃銃を回収する。


村の方も住民の騒ぎ以上の目立った動きはなさそうで、どうやら敵は本当に三人で来たらしい。


狙撃銃を背負い、早足で隠れ家に戻る。とりあえずあの二人と合流することが最優先だ。



隠れ家の前で、クロイヌが俺を待っていた。


「おい、スナイパー、銃声と爆発音を聞こえたんだが、何があったんだ?」

「あとで話す。とりあえず荷物をもって南へ逃げるぞ。」

「お、おう。」



南に向かって歩き、山道に沿って曲がる前に、最後に一瞥する。

さらばだ、俺たちを半年も匿ってくれた、もう戻ることもないであろう隠れ家。

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