抗い続ける若者の記憶
今は三人だけとなったが、最初は五人でここに流れ着いたのだった。こういう生活を続いていると半年も遠い昔のように思える。
俺たちは動員されて、二週間足らずの訓練で戦場に駆り出された。
これが普通かどうかは分からないが、一つ言えるのは、俺たちのような動員兵が役に立つことはなかったってことだ。
防衛陣地であろう海岸にたどり着く前に、ロケット弾の雨が降り、部隊が混乱している所を、どこから湧いてきたのかも分からない敵の攻撃を受けて壊滅、俺たちは逃げ惑うほかなかった。
隣の隊の中尉に付いて行ったらその中尉が頭を撃ち抜かれ、来た道に戻ろうとしたら敵の装甲車らしき物が道を塞がって、俺たちは只々海から遠く、見える敵から遠く、どこかも知れない山道に逃げる他なかった。
五人で走っても走っても、後ろから聞こえて来る銃声は途絶えることはなかった。
それは交戦中なのか、俺たちを追撃するものか、それ以外の何かかも、パニックった俺たちには分かりようもなく、細い山道に向けて只々逃げて、道なき道を逃げて、銃声と爆音が止んで、日が傾き始める頃、やがて流れ着いたのがこの倉庫だった。
俺たちは倉庫で休みながら、スマホで状況を把握しようとした。
上官と所属の基地に電話をかけるも応答はなく、それぞれ電話で家族に聞いたり、ネットで情報を集めたりするのが精一杯だ。
そこで知ったのは、軍が敵の上陸を受けて壊滅的な敗北を喫した事、約半数の議員と複数の旅団が敵に寝返った事、平原地帯の主要道路は敵の検問が敷かれている事、そして裏切りと斬首行動で我が国の軍の指揮系統の殆どがマヒ状態にある事だった。
ああ、知っていた、裏切り者が出ることは恐らく誰もが想像していただろう。
何せこの侵略は向こうが七十年以上前から企んでいたから、準備周到なのは当然だ。
あんな最初から見え見えの裏切り予備軍なんざ、最初から街灯に吊るしてやるべきだった。
だが、それも後の祭りだ。
俺たちは戸惑った。
何とか我が国の軍隊を探して合流すべきなのか?その位置も戦闘を続けているかも分からないのに?
戦い続けるべきか?五人の敗残兵しかいないのに?
家に帰るべきか?検問が敷かれているのに?
結論が出ることなく、論争が続く。日が暮れてようやく物資を集めつつ様子見をする事で合意した。
翌日、俺たちは市街地で米、塩、醬油などの食材から、モバイルバッテリー、針金、鍋、オタマジャクシ、カセットコンロとそのボンベなどの物資まで、山で数日暮らす分には不自由ない程の物を手に入れた。
一人の命と引き換えにだ。
バッグいっぱいの物を背負い、山に戻ろうとした時だった。
コトコトとバッグを揺らしながら歩く俺たちは、エンジンをかける装甲車の音を耳にした。
道路の柵を跳び越えて、深さ3メートル近くはあろう用水路に飛び降りて、茂みに隠れた。
そんな俺たちが一人少ないと気付き、彼を助けようと道路まで戻ろうとした時に響いたのは、機関砲の発砲音だった。
発砲音が何回も響き、砲弾が頭上の道路に着弾し、破片が飛び散り、柵が歪む。
俺たちは敗走した時と同じ、怯えたまま、近くのコンクリートにしがみ付くしかなかった。
発砲音が止み、数人の足音がたちはこっちに近付き、何かを動かした音をして、そのまま去っていった。
俺たちは装甲車のエンジン音が聞こえなくなるまで用水路の茂みで小さくなり、やり過ごす他なかった。
俺たちは用水路の側壁をよじ登り、敵がいないことを確認してから道に戻ると、目に入ったのは、既に頭部が無く、足が千切れ、胴体もぐちゃぐちゃになっていた仲間の無残な死体だった。
俺たちはただ立ち尽くしていた。
これがさっきまで話し合っていた仲間だ。
これが見つかった者の結末だ。
「帰ろう。」
そうだ、帰ろう、もう出来ることは何もないんだ。
こんな状態の遺体は運べようもないし、俺たちが見つかれば俺たちもこうなるんだ、埋葬なんてとても無理だ。
俺たちは無言で倉庫に戻った。
誰も言っていないんだが、言われずとも分かっている、心が折れたんだ。
情報も統制もない雑兵が、小銃と手榴弾だけで装甲車をどうにか出来るわけもない。戦うことなんて無理だ。
そう考えた時に、彼が言ったんだ「明日、俺は敵軍に降伏するから、あなたたちは様子を見てから決めるといい。」
彼は勇者だ。
彼はそう言いながら手が震えていたが、紛れもなく勇者だ。
殺されたあいつのことを考えれば、はぐれた兵に降伏も呼びかけず、尋問することなく射殺する敵が、俺たちの降伏を受け入れる可能性は限りなく低いことは明らかだった。
にも拘らず、彼は一人で降伏すると言い出した。
俺にはとても無理だ。
彼は恐らく、行き詰まった俺たちに、きっかけを作ろうと思ったのだろう。
降伏が受け入れられるのならそれで万々歳だが、彼が殺されれば、それは俺たちの退路を、迷いを断つには十分すぎるほどのきっかけになるだろう。
彼は正しかった。
その翌日、俺たちは山の近くの道路に向い、彼は丸腰で道のほとりで敵が通るのを待った。俺たち三人は道路から少し離れ、おそらく100mぐらい離れた茂みに隠れて、彼が降伏するのを観察した。
パトロールの敵が見えて来た。六人で、全員自動小銃を持っていた。
敵が近くまで来たら、彼は何か叫んで、両手を挙げながら敵の前に出た。
敵は警戒しながら彼に近づき、彼を抑えて所持品を調べた。
武装をしていないこと確認すると、敵は彼を立ち上がらせ、手で乱暴に彼を押して、ブリキ壁の前に立たせた。
轟音が響いた。そして、彼は手を挙げたまま崩れ落ち、白い壁に赤い花が咲いた。
一瞬、何が起きたか分からなかった。
いや、理解することを拒んだのだろう。
今なら分かる、ジュネーヴ条約なんぞ所詮綺麗事だし、国と認められなければそも締約国にはならないから、文字通りの無法地帯だ。
だがあの時は、冷静ではいられなかった。
俺はT91のチャージングハンドルを引いて、セーフティをセミオートに回し、構えた。
隣で誰かが何かを言ったが、俺はその言葉を認識できなかった。
茂みから、敵の膝から上は丸見えだ。
ここに装甲車はなく、銃弾を遮るものもない。
敵は全員死んだ彼の傍に集って、こっちに気を払っているやつは誰一人いなかった。
そして、もしここで何もしなかったら、俺たちは何も成せずに終わるだろうと、そんな気がした。
だから殺す。
俺たちの為にも、彼の死を無駄にしない為にも、何があっても、あの六人は絶対に殺す。
敵の姿がはっきり見える。距離は射撃訓練の時よりも短いから、少し上げ気味で狙えばいいだろう。
彼に集る敵兵は何やら彼の遺体を蹴っていたようだ。
俺は茂みから乗り出して、照準を一番右の敵の首に合わせた。
トリガーを引いた。
破裂音と共に、弾が敵の後頭部に命中したようで、壁に赤いシミができた。
反動を軽く押さえて、一人目が地面に倒れる前に速やかに二人目の首辺りに照準を合わせて、撃つ。
一人目と二人目の後頭部を容易く撃ち抜いた。ブリキ壁にその証がはっきりと見えるが、喜びや感慨に浸る暇はなかった。
敵はこっちの攻撃に気づき、こっちの位置を探ろうとしたり、銃を構えようとしたりと動き始めた。
こっちの位置を知らせないと、一番先に頭を振り向き、こっちの位置を探ろうとした敵を狙い、撃つ。
弾がその側頭部に打ち込み、ブリキ壁にまたシミが増えた。
撃てば次の標的を狙ってまた撃つ、まるで的撃ちゲームみたいだ。
下を向いて銃をいじり、構えようとした敵を撃つ。
弾がヘルメットに当たったのだろうか、ブリキ壁にシミは増えていない。敵は顎を上げながらブリキ壁にもたれかかる。
ブリキ壁にもたれかかる敵のよく見える顎にもう一発撃ち込んで、四人目の敵はそれで動かなくなった。
残りの二人は地に伏し、制圧射撃のつもりで撃ってくるのだが、見当外れの方向を狙っていた。
地面に張り付いた敵をよく狙えないので、俺は姿勢を低くして、道路に近づいた。
道路は少し高くなっていて、路面は肩ぐらいの高さで、身を乗り出せば一望できる。まるで、塹壕だ。
後ろからも銃声が響いた。クロイヌとメガネも支援をしていたのだろうが、当時の俺に連携を考えるほどの余裕はなかった。
頭と銃を道路に乗り出して、斜め前方で銃を撃ち続けている敵に数発撃って、また引っ込んだ。
銃声が一つ減った、仕留めたかは分からないが、もう一つの銃声が響けば近くの柵に弾が当たったことから、位置はバレているだろう。
残りの敵は恐らく十一時の方向だろう。
再びしゃがんで、身を隠しながら左に数メートル移動し、街灯の陰に隠れ、頭を出したらまた銃声が響いて、柵と街灯に数回弾着音が響いた。
敵の位置を確認できたが、これではリスクが高すぎる。
俺は自分のヘルメットを取って、ヘルメットを街灯の後ろに置いた。
街灯に何発も銃弾が当たり、俺はその隙に右に移動する。
約二十メートル移動したところ、道路から少し離れ、銃をいつでも構える体勢で待つ。
金属音が響き、ヘルメットがに銃弾が当たり、宙を舞うヘルメットが地に落ちる。
俺は立ち上がって、敵に向けてトリガーを何度も引いた。
何かが落ちる音がして、目を凝らして初めて、最後の敵が弾倉を手放して突っ伏していたと分かった。
俺はクロイヌとメガネの近づく怒声を耳にしながら、地に伏した敵全員のにもう一発撃って、反応がないことを確認してからから、道路によじ登り、彼と敵を確認した。
誰も生きちゃいなかった。敵も、彼も。
クロイヌとメガネに怒られながら、敵から銃と弾薬と手榴弾を剝ぎ取って、クロイヌとメガネに帰路に就くことを促した。
銃声やパトロール隊の未帰還に気付かれると、すぐに部隊が派遣されるだろう。だから、彼の遺体を持ち帰ることも、彼を弔うことも出来ないんだ。
彼は自分の死をもって、降伏という道を断ち切ってくれた。
彼は自分の命をもって、立ち往生していた俺たちに道しるべを立ててくれた。
そんな彼に、俺たちが出来ることは何一つなかった。
彼のことを考えるのはもう止そう、只々むなしくなるだけだ。
今の俺たちが考えるべきものは、彼が俺たちに与えてくれた道しるべだ。それこそが彼への弔いになるだろう。
俺たちに残された道は、民間人に装って家に帰るか、逃げるか、戦うかだ。
この島国だと、逃げても山でサバイバルするぐらいだから、実質家に帰るか戦うかの二択だったが、電話が来たのがその夜だった。
夕食を済ませて、母からの電話に出たら、母の声ではなく、よく知っている隣のおばさんの声で、どこか切羽詰まっている声だった。
「あんたの父も、母も、姉も敵兵に殺された。家も燃やされたから、もう帰ってこない方がいい。」
嗚呼、俺は家に帰るという選択肢も消されてしまったんだ。
手を支給された銃に伸ばしたが、撃つべき敵はここには居なかった。
もう耳にも入らない電話を切って、俺はその夜、号泣した。
俺の道は決められたも同然だが、他の二人は違う。
朝になって彼らに聞いてみれば「俺とメガネは南の出身だ、道が封鎖されちゃあ戻りたくても戻れねえだろう?」「山道を歩こうにも食料が持つとも思えないしね。」という冷静沈着とも言える返答を返してきやがった。
まったく、俺の家族に起きたことを知って、戻りたくてしょうがないだろうに。
オヤジの支援を失って、長居できなくなった今は、何とかして彼らを家に帰した方がいいもしれない。
壁にもたれかかりながら、過去と未来に耽る思考が突然現実に引き戻された。
目に光が入ってきた。
月でも蛍でもない、あってはならない懐中電灯の光が目に入ってきた。
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