赤き花が咲いても―舞い散る紅梅―
コリン
抗い続ける若者の話
交差する十字を頭部より少し上に置き、トリガーを引いた。
銃弾は敵の中隊長らしき者の頭の上半分を抉り取り、地を赤く染めた。
「おお!相変わらずいい腕じゃねぇか、スナイパー。」
とんでもない、俺はスナイパーどころか狙撃の訓練を受けたこともない。敵との距離も五百メートル弱程度で、軍用の7.62mm狙撃銃にとってそれほど遠くもない。
それに、まともな観測装置もないから、弾が当たったのはただの勘と慣れだ。横のこいつが持っているのもただの双眼鏡だしな。
それでも助かっていることに変わりはない。何せ狙撃銃は重く、銃を構えてスコープで索敵するとすぐ疲れが溜まるからだ。
さて、こんなサプレッサーも付けていない狙撃銃を撃ったから、こっちの存在もバレているだろう。さっさと撤収しないとな。
「撤収するぞ!クロイヌ!」
「おうよ、スナイパー!」
だからスナイパーはやめろ。
敵は今血眼になってこっちを探しているだろう。
亜熱帯の山は大量の植物に覆われ、冬が近付いて来てもまだ緑豊かで、足元の腐植土もまだ濡れていて、歩き難い。
だが逆に言えば、山で人を探すのに植物が邪魔で、見つけても追い付きにくい。
途中で何度か足跡を消して進行方向を変えれば、こっちの拠点がバレることは先ずない。
そもそも敵がこっちの狙撃ポイントにたどり着くことが稀だ。
向こうは大まかな方向しか分からないだろうし、その方向を見渡しても一面の山で、探しようもない。地の利は間違いなくこっちにある。
加えてこっちは敵にちょっかいを出してから、山に入りやすい道の数々にブービートラップを幾重にも張っておいたから、殆どの部隊は山に入ってすぐこっちの追跡を諦めるだろう。この山は俺たちのテリトリーだ。
下から聞こえて来る爆発音を聞き、俺は「ざまあみろ」という言葉を心の中で吐き捨てた。
山奥にある、分厚いコンクリートで作られた、ほぼつる植物に覆われている古ぼけた倉庫、ここが俺たちの拠点だ。
木々に囲まれ、平野地帯からしたら山の裏側で、敵に見つかりにくい絶好の立地。
倉庫に砲座らしき痕跡があるも、大砲もなければ、銃眼らしき隙間もつる植物に覆われ、風すら通さない。
倉庫の入り口はフェンスにつる植物を這わせたカモフラージュネットもどきで隠しておいたから、近づかないと建物があるかも分からないであろう、俺たちの隠れ家だ。
まぁ、そもそも敵の兵士がこの辺りに来たところを一回も見てないがな。
クロイヌが入り口の扉を二回叩いてから声を上げた「メガネ、俺だ、クロイヌだ。」
「クロイヌか、スナイパーも一緒か?」
扉を開けて、目に入ったのは散乱した大量な箱だ。その箱のほとんどが日付と番号が書かれた陸軍のやつだ。
俺たちは開戦当初編入された歩兵大隊が撃破され、敵の追撃を受け、逃げ惑った末に運よくたどり着いたのがこの倉庫だ。
ここはどうやら型落ちした歩兵銃とその弾薬を保存するための倉庫だったらしい。
......六十年以上前に作られた歩兵銃を保存する意味は分からんが。
相変わらずこの国の軍のやっていることは意味不明だ。
「ああ、今日スナイパーは大物をやったぞ!」
「へぇ、それはすごいな。さすがはスナイパー、いつもながらすごい腕だ。」
誰に言っても聞かないから諦めているが、俺はお前らと同じ、戦時に動員された雑兵だが?
「大したことはない、無防備に山に近づいた間抜けを撃っただけだ。それよりも、ブービートラップが作動したから、近日中に確認した方がいい。」
「了解、と言いたいところだが、問題が起きた。オヤジが捕まったよ。」
「...これはまずいことになったな。」
俺たちがここに籠り、山付近でゲリラ戦を始めてから、最初に困っていたのは食料だ。
この倉庫はかなり上の方から水を引いているようで、蛇口をひねれば水が出る。
パイプも蛇口もいつの物かは知らないから、衛生的には心配ではあるが、ないよりはマシだ。
だが食べ物になると話が違う。
戦時動員で集められた俺たちのような歩兵にもレーションが配られたが、それは僅か二日分の乾パンだった。
頑張って節約しても一週間ぐらいが限界だろうし、全員がそう我慢強い人間とは思えない。
俺たちは倉庫に流れ着いてすぐ、食料の確保に動いた。が、その結果は芳しくなかった。
都市部は敵の占領下にあり、物資を調達するのは困難。
山で食べ物を調達しようとしても、サバイバルの訓練を受けたこともない現代人が山で簡単に生きられるわけがない。
狩猟に使える罠も作れないし、山菜もまともに見分けられない、こんな奴らなんだ。
そこで食料を融通してくれたのがオヤジだ。
食料に留まらず、山菜の採り方と簡単な罠の作り方もオヤジが教えてくれた。寝具までもが、オヤジがくれたものだ。
俺たちがまともな生活を送れたのは、紛れもなくオヤジのおかげだ。
......そして、恐らく俺たちの居場所を最も分かりそうなのも、オヤジが住む村の連中だ。
「明日から食料の当てと、必要なら次の拠点を探しに行こう。今日は久々に番を立てて見張っていこう。最初は俺がやる。」
「じゃあ次は僕で、クロイヌは朝方まででいいか?」
「異論はねぇな。」
鍋に豚肉と山菜を入れて、水と醬油をぶち込んで煮込むだけの簡単な料理に、カセットコンロで炊いた水っぽいご飯、これが俺たちの夕食だ。
カセットコンロでご飯を炊く水と火の加減が難しすぎて、未だにコツを掴めずにいる。
夕食を食べながら、クロイヌとメガネと今日の出来事を話し、拠点探しの話をして、銃の手入れを始めた。
いつも使っているこの狙撃銃も勿論、支給品ではない。
俺たち動員兵に支給された銃は5.56mmのT91かT65K2で、装備が貧相が有名である我が国の陸軍が動員兵ごときに、狙撃銃など大層なものを配るわけがない。
俺たちは当初この倉庫に逃げ延びた時に、この倉庫で発見できた物は、山のように積んでいた7.62mmの古びた57式とその弾薬以外に、この狙撃銃も一丁だけ倉庫に入っていた。
メガネによれば、この狙撃銃はT93と言い、古くても15年ぐらいの国産の物らしく、生産量も少ないからかなりのレアものらしい。
このT93も7.62mmの弾薬を使用していて、ここに到着した数日後に銃の状態を確認して、試し撃ちしてみたらまだ使えるみたいで、精度も中々のものだ。
......まぁ、他の狙撃銃を触ったこともないから、比較対象は支給されたT91と敵から鹵獲した5.8mmだが。
説明書とかもないし、試し撃ちしながらダイヤルを回して、メガネに手伝ってもらいながら、照準を約三百メートルぐらい離れたターゲットに合うようにして、俺とクロイヌが射撃の腕を比べてみたら、このT93の使用者は俺と決まってしまい、俺もスナイパーと呼ばれるようになった。
メガネが参加しなっかたのは「メガネをかけている奴に狙撃銃を使わせてもしょうがないよ」とのことらしい。
珍しい国産の狙撃銃がこんな倉庫に保存される理由は分からないが、どうせ我が国の陸軍の悪習だろう、点検してリストになかった物が見つかったら何処かに隠すあれだ。
そもそもなぜリストにない物が見つかるかをちゃんと調べろ、と言いたいところだが、今回ばかりはその悪習に感謝しなければならない。
T93の手入れをしながら、思う。
いや、いつまで続けられるかが正しいだろう。
この銃の代えとなる物はない、その上、T93の予備パーツが全くないと言っていい。
壊れた部品の修理も、代用品を作ることも、動員兵である俺たちには無理なんだ。
我が軍の悪習は俺たちに銃をくれても、パーツまでは融通してはくれなかった。
T93は銃身だろうと撃針だろうと、何かが壊れたらそれまでだ。
57式の保存状態も最悪だった。
木材で作られた被筒も銃床も腐っているのが殆どで、銃身も半数以上は錆びていた。
二百丁は下らない57式の中で、使えそうなのが三丁しかなかった。これは果たして保存と呼んでいいのだろうか?
使えそうだが持ちにくい57式のうち一丁は、ガタイのいいクロイヌに持たせてある。
何せ俺たちに支給された5.56mmの弾薬もこのT93同様に、代えが効かないものになっているからだ。
この倉庫にあった7.62mmの弾薬も半分ぐらいは使い物にならなくなっているのだが、数千発は使えるだろうから、できるだけ7.62mmから使っていきたい。
メガネはというと、敵から鹵獲した5.8mmを使っている。何せ5.56mmの弾薬を探すよりも、敵から取った方がよっぽど現実的だから。
おまけに、雑兵である俺たちは無線機を持っていないから、陸軍と連絡を取ることはできない。
スマホも戦争が始まって一週間もしない内に繋がらなくなり、それ以来圏外のままで、情報も全部オヤジからの又聞きだ。
他の部隊やレジスタンスと連絡を取ろうにも、巡回の敵が多すぎて、山も麓まで降りたらすぐ、常時見張られているバカ広い主要道路だから、通れそうもない。
つまり、俺たちは銃の修理も弾薬の補充も望めない上に、はっきりとした目的も持っていなければ、統制されている訳でもなく、有効な破壊工作もできていない、オヤジ居てこそのゲリラごっこだ。
オヤジ無き今は、どうすべきかをちゃんと話し合って、考える必要がありそうだ。
銃の手入れを終え、俺はスマホを取り出し、モバイルバッテリーで充電し始めた。
万年圏外の今じゃスマホは何の役にも立たんが、気を紛らすことぐらいはできる。
漫画のフォルダーを開いて、予めダウンロードした漫画を読んでいく。
数ヶ月の中で何度も読んだものだから、逆に普通の読み方では気付かない細かい所を気づけられたりするから、これはこれで面白い。
......まぁ、やることがなさすぎるとも言えるが。
「お前、またこんな幼稚なものを見てんのか?」
後ろから近づいてきたクロイヌにいきなり言われて、少々ムカついてきた。
「クロイヌ、今夜は番を立てることを忘れたのか?銃の手入れが終わったらさっさと寝ろ、途中で居眠りでもされたらシャレにならんぞ!」
俺は軽くクロイヌの太ももを蹴って、彼を布団に追いやった。
「それに、お前が幼稚と言っているこれは十八禁だ!アホが!」
メガネとクロイヌが眠りについて、俺は注意力を外に向け、時々見回るようにする。
見回るといっても、つる植物の隙間から外を覗き、耳を立てて、妙な光や音がないかを見聞きするだけで、外に出ることはない。
夜中に人が外に出て見つかってしまえば、「ここに拠点があるぞ」って言ってるようなもんだ。
扉とカモフラージュネットもどきの隙間から外を覗きながら、ここに来た日を思い出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます