第2話 神様のいたずら

 母親から放たれた一言は今でも忘れていなかった。

「千歳ちゃんがまだ帰っていないって・・・・・・」

 現在時刻はすでに夜の九時を回っている。この時間になっても千歳が帰ってきてないという事は何かあったに違いない。

 千歳の事を考えて、ベッドに埋もれていたこの時よりも、すぐに体が動いた。

「母さん、ちょっと探してくる!」

「気をつけてね!」

 気がつけば家を出てがむしゃらに走っていた。千歳の行きそうな場所を手当たり次第探し、手掛かりを見つけようと奮闘した。

 公園、学校への通学路、街全体を見渡せる展望台、澄み切った色をした川が見える河川敷、時々見かけるこじんまりとした神社。

 何も無かったら次へ、次へと探していた。

「どこに、どこにいるんだよ! 千歳〜!」

 誰もいない河川敷で叫べば、千歳が聞いてくれてるかもしれない。そんな淡い希望を胸に抱くもそんなものはあっけなく崩れ去る。

 そんなやけくそになるほど、探して、探して、走って、息が切れそうになっても関係ない。酸素が足りなくなっても・・・・・・

 しかし、どこを探しても千歳は見当たらなかった。ずっと休憩もせずに走っていたせいか肺が痛い。大きく息を吸って吐くと少しだけ痛みが緩和されていく。

 俺の体力じゃこれまでが限界だった。

 もっと探さないと・・・・・・きっと千歳はどこかにいるんだ。

 だが体が言う事を聞いてくれない。

 そんな自分が情けなくて、弱々しく見える。

 あの時、ごめんしか言えなかった理由が分かったのかもしれない・・・・・・


 千歳の捜索を断念し、家に戻る途中にふと目に入ったのは通学路で見かける古びた神社だった。

 こじんまりとした境内に、塗装が剥げて錆びついてしまっている遊具。誰も遊べないようにテープが巻かれている。

 奥へ進むと、神社の名物である賽銭箱の置かれた境内社。こじんまりとしたその大きさにどこか少し懐かしさを感じる。

 惹かれるように賽銭箱に近づく。偶然ポケットに入ってた十円玉を取り出し、賽銭箱へと投げ入れた。

 もしかしたら神様は見ていてくれているのかもしれない。

 わずかな希望を託して俺は手を合わせて目を瞑り、心の中で唱えた。

 

 神様。もう一度、千歳に会わせてください。


 神頼みをすれば何もかも上手くなんて思ってはいない。でもこんな絶望的な状況をひっくり返すきっかけを作れるかもしれない。

 ポケットに入ったいた十円玉が無くなると本当にポケットには何も入っていない空になった。

 神頼みが終わると空気を抜かれた風船のように一気に気が抜けてしまった。

 

 そして、睡魔が襲ってくる。

 ここまでの睡魔は味わったことが無かった。

 正常に歩くこともままならない。

 流石に外で眠るわけにもいかない。かと言ってこのまま家に帰れる自信もない。

 そんな時に見かけたのが、テープで巻かれた遊具の奥にポツンと置かれていた廃屋だった。どこかで聞いた話によると、この神社はもう管理人がおらずそのまま放置されているのこと。どうりで遊具などが錆びついているわけだ。

 勇気を振り絞り、廃屋のドアを開ける。中は暗くてよく見えなかったがリアカーや工具、段ボールなど物置になっていた。

 そして奥にはかすかに見える畳のスペースがあった。床から50センチほど高く、人一人が寝転んでいけるスペース。

 俺は靴を脱ぎ、そのまま畳の上へと寝転ぶ。

 幸いスマホは持ってきているのでライトを使って周りを確認。

 そしてライトを照らした自分の足の先で何かを見つけた。

「何これ・・・・・・」

 手に取るとそれは古びた便箋のようなものだった。かなり汚れており手で払うと、砂が手につく。

 二つ折になっていたのでそのまま開くと、何やら文字のようなものが書かれていた。

 ご・・・・・・め・・・・・・な・・・・・・い

 ち・・・・・・よ・・・・・・り

 便箋の行に綺麗に収まっている文字だが、文字が掠れていてなんと書いてあるか読めなかった。

 ひとまず元に置かれていた場所に戻して、再び横になる。

 掃除も何もしていないのでおそらく埃まるだと思うが、睡魔には勝てなかった。

 まぶたが重力に流れ、下に降りてゆく。

 少しだけ、少しだけ眠ろう・・・・・・

 そして家に帰ろう。

 夢を見るなら、悪夢じゃなくて、吉夢であってほしい。

 そして千歳にまた出会えるなら、これ以上に嬉しい事は無かった。


「んん・・・・・・」

 重い瞼はぐっすり眠ったことにより軽くなっていた。

 廃屋の屋根の隙間から差し掛かる光を見て朝になったと示唆する。

「このまま寝ちゃってたのか。早く家に帰ろ・・・・・・」

 畳から起き上がりバキバキに固まった体を縦に伸ばす。

 そのまま廃屋の扉を開けて、眩しい太陽の光に目が慣れてくるとゆっくりと景色が見えてくる。

「なんだ・・・・・・ここ・・・・・・」

 

 そこは見たことのない、俺の知らない、景色が広がっていた・・・・・・


 一晩で街が変わるわけがない。

 

 だって俺は、空を飛ぶ車なんて見たことないのだから・・・・・・

 

 

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この世界から恋が消えても僕は君へ好きだと叫び続ける 桜野弥生 @Ayumum

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