第20話 見つけた答え

 就寝前の寝間着に着替えたシビラは、先刻までの出来事を頭の中で反芻はんすうし、ボーッと自室のベッドで枕を抱えて天井を眺めていた。


 昔からシビラは、強くて綺麗な大人のエミリウスが考えていることが知りたかった。


 けれども触れられたくない事柄は誰にでもある。だから深追いするのを止めて、ただ見ていた。


 そして今回も、エミリウスが魔族の城で何をしたのか、シビラは薄々気づいていた。


 何があったのか問いたい気持ちがないわけではない。


 しかし、魔族という血で血を争う残酷な世界において、徹底した報復による力の誇示は通例であり。魔族ですらない自分には、その立場にならなければ到底理解しえない場所にエミリウスはいる。


 そう思うようにするしかできない自分の弱さに、シビラは落ち込む。


 エミリウスを怖れて逃げることもできたかもしれない。けれどそれをするには、シビラの中でエミリウスはあまりに大きな存在になりすぎていた。


 契約者という特殊な立場でなければ、本当ならエミリウスは近づくことすら許されないほど高位の相手だ。


 胸元の契約の印に指先で触れて、それからシビラは両親のことを思う。


 両親が付けてくれたこの名前のように、いつか立派なレディになれたらと思っていた。


 でも私にはもう……。


 どれほど長い期間を一緒にいたとしても、契約は契約だ。最後の掃除を終えたら、もう一緒にいられない。


 怖い思いもしたけれど、やっぱり離れたくない。ずっと一緒にいたい……


 じんわりと出てきた涙を指先で拭っていたら、コンコンとノックの音がした。こんな時間に来るのはきっと世話係のロードだろう。


 今回は色々あったから何か連絡があるのかもしれない。


 シビラはベッドの上で寝転がりながら、普段通りに「どうぞ」と気楽に答えた。しかし「失礼します」と言って入って来たのはロードではなかった。


 カチャリと音がして、ドアを開けて現われたのはエミリウスだった。


「か、閣下……?」


 ベッドの上で仰向けに寝転がり、枕を抱えながら放心しているシビラに、エミリウスがクスリと笑う。


 き、きゃーーーーーーーーっ!?


 頭の中で絶叫して、シビラは急いで上半身を起こした。寝間着を整える。


 エミリウスに寝起きの姿を見られるのは慣れているけれど、さすがにちょっと油断し過ぎていた。それに何より、エミリウスの顔を見た途端、キスされた時の感触を思い出してしまったのだ。


 そういえば、あれはどういう意味だったのかしら? 泣いていた私を慰めるためとか? 特に意味はないわよね? うん。そうだわ。きっとあれは契約者への気遣いのようなもので……うーん。


 と、ぐるぐると考えていたら、出遅れた。


 シビラがベッドから下りる前に、エミリウスが近くまで来てしまったので、そのままベッドに座り込む格好で話をする。


「あの、いったい何のご用でしょうか?」


 心臓がドキドキしているのを、枕を抱えてどうにか紛らわす。


「はい、瓦礫で足を怪我されていたので」


 治療にきたと言われて、ちゃんと気づかれていたのに少し驚く。


「あまり恒例にはしたくないのですが、同じ質問をさせていただきます。痛みを伴う回復魔法か、それとも医師から薬をもらうか、どちらがいいですか?」


 足の裏だと、さすがに薬での生活は色々と支障がある。


「今回は回復魔法でお願いします」


 ちなみに今までシビラが痛みのある方を選択したことはない。


 すると、エミリウスは困った顔をした。


「駄目ですか?」

「いえ、駄目ではありませんが……」


 エミリウスがためらっていた理由を数分後、シビラは知ることになった。





「──い、痛いです」


 枕を抱えながら半泣きで耐えていると、「すみません、泣かせるつもりはありませんでした」とエミリウスがくすくす楽しそうに答える。


 エミリウスは床に片膝を付いて、ベッドに座っているシビラの足を手に取り、治療していたが、


 程なくして痛みを伴う治療が終わり、力んでいた肩の力が抜ける。


 これでエミリウスは用件を済ませたので、もう部屋を出ていくはずが──何故か帰る気配がない。


 不思議に思っていたら、ふいに腕を掴まれた。


 自らへ引き寄せたエミリウスに抱き止められる形で、ポスッと温かい感触に包まれる。


「閣下?」


 抱き上げられるのは最近特に慣れっこだが、いきなりどうしたのだろう。


 間近で顔を合わせる格好で、話し掛けられる。


「今も人間の世界に戻りたいですか?」


 会いたい人たちがいると、以前にシビラは話した。


「……両親のお墓参りに行きたかったのです」

「お墓参り?」

「はい、亡くなったときに一度行ったきりでしたので。閣下にこれまで育ててもらったことを、閣下のことを、最後にちゃんと両親に話したかったのです」


 だからどうしても、シビラは人間の世界に行きたかった。


「だから人間の領域に行きたかったと?」

「はい。お墓参りが終わったら、必ず戻るつもりでした。でももういいんです。私の居場所はここですから、両親もわかってくれます」


 ふふっと小さく笑って、シビラは答えた。エミリウスが気にかけてくれたのが嬉しかったのだ。


 それから少しの間があって、今度は別の質問をされた。

 

「ところで、もう名前では呼んでくれないのですか?」

「え?」


 言われて思い出した。攫われていたとき、心細さに負けてエミリウス様と名前で呼んでしまったことを。


「あ、あれは……!」


 顔が熱くなる。


 帰ってきたばかりで感情の整理がつかないでいるシビラを気遣って、エミリウスはわざと砕けた調子で話をしているのだろう。


 ちなみにブルーはあの後自力で大魔王の古城に帰宅して、中庭に戻っていたのだが、


 攫われたシビラを助ける為に、デザートローズたちが大魔王の古城を出ていったときに、実は城の出口を探して城内をめちゃくちゃに走り回ったそうで……


 百を超えるデザートローズたちによって、古城はすさまじい状況にあった。また一から掃除のやり直しとなり、契約の延長が決定した。





 寝かしつけるような姿勢でベッドの端に座るエミリウスは、毛布に入ってうとうととしているシビラの頭を撫でる。


 その夜は互いを確認するような、穏やかな時間が流れていたけれど、そろそろ人間のシビラは眠たそうだ。


 攫われて興奮していた頭も疲れを思い出した頃合いだろう。


 こちらからキスされた余韻など忘れたように無防備でいるシビラに、エミリウスはくすりと笑う。

 

「閣下は大魔王様が好きなのですか?」

「好きという感情とは少し違いますね。彼女は数少ない友人の一人でした」

「ご友人? ……良かった」


 ホッとしたように微笑んだシビラから、やがて寝息が聞こえ始める。


「大魔王が亡くなった百年前のあのとき、大魔王は私に言ったのですよ。勇者となった息子への情が捨てきれず、万が一にもとどめを刺せないそのときは、自分の代わりに勇者を殺してほしいと」


 エミリウスは元エルフの長命種ゆえに、物事への執着も薄く、情にも流されにくい。だからエミリウスには人の情というものがわからなかった。


 だが、大魔王の命を実行に移したとき、一つの誤算が生じた。


 あろうことか、勇者を庇ってエミリウスの次元の力による攻撃をまともに受けたのは、大魔王本人だったのだ。


 大魔王を倒したのは勇者ではなかった。


 それからだ。人間に興味を持ち始めたのは。


 大魔王は亡くなる前に、自分の代わりに魔王の役を継げと言っていたが。


 人間と魔族の土地の境界線でエミリウスは一人考えていた。何故大魔王は己の命を投げ出したのか。


 そして百年の間に多くの人間があの花畑を訪れたが、答えは出なかった。


 そんな折、一人の少女に出会ったのだ。


 最初は興味本位で古城に連れてきただけだった。それが──


 人間を愛するのも気分はそう悪くない。


 エミリウスはようやく答えを見つけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

見捨てられた少女は、裏ボスがほだされているのに気づかない 薄影メガネ @manekineko000000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ