世の終わりに

夕方 楽

全1話

 重い木製のドアを開けて、僕は店の中に入った。

 カウンターでバーテンダーや他のお客に話しかけられるのが嫌だったので、僕は隅っこの二人掛けのテーブル席に座った。

 店内はウォールナット調にまとめられていて落ち着いた感じで、時間が早いせいか席はまだガラガラだった。

 ほどなくミニスカートの女の子が、メニューとおしぼりを持って僕の席にやってきた。

 女の子は不愛想にテーブルにそれらを置くと、そのまま無言で去っていった。

 テーブルの上は、ちょうど太い柱の影になっていて薄暗かった。

 僕はメニューを開いて内容を理解しようとしたが、ほとんど頭に入らなかった。

 ページをめくって選んでいるフリをしていると、しばらくしてさっきの女の子が注文を取りに来た。

 どこかのページにピザの写真があったような気がしたので、

「ピザと生ビール」

 と僕は言った。

「ピザはミックスピザでいいですか?」

 と女の子が言った。

「それで」

 と僕は言った。

 先にビールが来たのでそれをちびちび飲みながら、僕は店内に流れる音楽に耳を澄ませた。

 中学校の時に同級生が好きだったロックの曲だった。当時はなんとも思わなかった曲だったが、今はすごくいい曲のように思えた。

 やがてピザを持って女の子がやってきて、

「タバスコは使いますか?」

 と言った。

「いらない」

 と僕は言った。

 僕はカウンターの方に戻っていく女の子の後姿をながめた。ミニスカートの足はなんとも言えないきれいな形をしていて、いつまでも見ていたい感じだった。

 ピザを一切れ切り離してほおばると、腹は減っていなかったはずなのに、ものすごくおいしく思えた。

 僕は続けざまにもう一切れピザを口の中に押し込んだ。

 あきらかに冷凍のピザをレンジアップしたもので、外周のパイ生地の一部は水分が抜けて固くなってしまっていたが、それでも十分においしかった。

 そういえば朝から何も食べていなかったことを思い出した。

 なんだか涙がこぼれそうになったが、どうにかそれを抑えた。

 曲が終わって店内が一瞬静かになったとき、遠くにパトカーのサイレンが鳴っているのが聞こえた。

 パトカーのサイレンはだんだん大きくなってきて、次の曲が始まってもそれは聞こえたままになった。

 僕は食べかけのピザを皿に戻すと、残りのビールを一気に飲み干した。

 ちょっとのあいだ目を閉じて、静かに目を開けると、極限まで大きくなっていたサイレンが不意に止まった。

 店の入り口のドアが開いて、スーツ姿のいかつい男が二人、その後ろから制服の警官が三人ほど、どやどやと中に入ってきた。

 先頭のスーツ姿が店内を鋭い視線で素早く一瞥すると、カウンターの中のバーテンダーに警察手帳をかざしながら真っ直ぐに僕の方に歩いてくる。

 スーツ姿は僕をフルネームで呼ぶと、

「殺人の疑いで、あなたを逮捕する」

 と言った。

 いかつい外見に似合わず、今までに聞いたことがないような清らかな声だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世の終わりに 夕方 楽 @yougotta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説